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伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートの平凡な日々  作者: 堂道形人
煙突掃除のフリック

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煙突掃除のフリック 第十話

 アンドレイとサリエルはエレーヌのリビングに飛び込む。ここはメイド達の掃除や片付けの手が行き届いていて、秩序に満たされている。


「やはり全く争った跡がありません。エレーヌ殿は怪人に遭っていないのだと思います。怪人のズボンがあそこに落ちて居たのは……何か別の謎でしょう」


 サリエルは深く深呼吸をする。あんなに嫌いだったアンドレイの言葉にこんなにも救われるとは。


「サリエル嬢。ここはエレーヌ殿の部屋なのですね?」

「は、はい、お嬢様専用の区画ですわ、御家族用の区画は別にあるのですが、旦那様が御不在の時は、お嬢様はこちらを使われるのです」

「乙女の部屋を私のような者が嗅ぎ回る訳には行かない。私は部屋の外で待ちましょう」

「アンドレイ様! 今はそのような事をおっしゃっている時ではありませんわ、どうかお力をお貸し下さい、御願い致します!」


 広いリビングには、今出て来たドレスルームの他にいくつもの扉や入り口があった。


「仕方ありません……エレーヌ殿、失礼いたします」


 アンドレイは手袋をつけた手で一際立派な扉の一つの前に立ち、ノックしようとするが、それはやめにして一気に扉を開き、中に入る。


「そちらが寝室ですわ!」


 サリエルも後に続く。




 無人になったリビングの隅の天板が、音もなくずれて行く。そこから結び目のついたロープが、続いてナッシュの服に頬かむり姿の伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートが降りて来る。


「あの二人、いつから仲良くなったのよ……」




 寝室ではアンドレイが震える口元をハンカチで抑えていた。


「ここが……エレーヌ殿の寝室……」


 サリエルは辺りを見回す。どこも異常はない。シーツは朝セットした状態を保っている。

 以前壁じゅうに貼られていたサリエルの男装写真は、全部自分が捨てた。サイドテーブルの上の写真立ては残っていたが、中身はオーギュスト伯爵と八歳のエレーヌの親子写真に変わっている。


「ここは問題無いでしょう、次の部屋へ……」

「お待ち下さい!」


 退出しようとするアンドレイを押し留め、サリエルは寝室の両開きのワードローブを思いきり開く。

 そこにはガウンやバスローブ、寝間着などが入っていた。サリエルはさらにそれらの服をどけ、中に誰か隠れていないかを確認する。


「こちらは大丈夫そうですわ、次に参りましょう!」

「それは……良かった」



 サリエルとアンドレイはエレーヌの寝室を出て行く。



 扉の影に隠れるだけの古典的な方法で、エレーヌは二人と入れ違いに、自分の寝室に駆け込んで来た。


 エレーヌは床に飛びつくように、ベッドの下を覗き込む。そこにあったオーバン・オーブリーのスタンド写真は無事だった。

 しかし、周囲には見られてはいけない物がまだ沢山ある。これではいたずら小僧を追いかけるどころではない。



 普段は冷静沈着なエレーヌにも弱点があった。不意に追い込まれると、判断力が極端に低下するのだ。



 堂々とリビングに駆け戻るエレーヌ。アンドレイとサリエルは案の定、エレーヌのリビングの納戸の扉を開けようとしていた。先日エレーヌが篭っていたクロゼットはその奥にある。


 突然の足音に、サリエルもアンドレイも振り返る。



「きゃあああ! 怪人! 怪人ですわ!」



 今日はかつらも付け髭も帽子もないが、唐草模様のスカーフで頬被りをして顔と髪を隠し、体型を隠す茶色の大きな上着を着て、さっきドレスルームに脱ぎ散らかしてあったはずのズボンを履いたエレーヌの姿を、サリエルはそう認識し、悲鳴をあげた。


 アンドレイは紳士らしく、たまたま納戸の扉の近くの壁に掛けてあった、エレーヌの乗馬鞭を掴み、サリエルの前に出る。


「お下がりなさい、サリエル嬢。この男は私が始末する」



 リビングの扉から飛び出すエレーヌ。


「皆気をつけろ! 怪人が出た! 女性は自分の身を守れ!」


 アンドレイもそう叫びながら後を追って飛び出す。サリエルも続く。



 エレーヌは同じ二階のオーギュストの区画の方へ直進する。オーギュスト伯爵はここにはほとんど居ないが、屋敷の空気がよどまないよう、リビングへの扉はいつも開けたままにしておくようにと使用人に伝えていた。

 父のリビングに入ったエレーヌはまっすぐ暖炉の方に駆け込む。そこには既にほとんどの使用人が知る事となった、地下の水道施設跡への隠し扉がある。


「そこか!」


 エレーヌがそこに潜り込んで行く様は、駆けつけたアンドレイにも目撃された。やがてサリエルも追いつく。


「ここにも隠し通路が……」

「そうですわ! 怪人は以前にもこの先の地下室で目撃された事があるのです!」

「何という事だ……警察には連絡されなかったのですか」

「お嬢様が、屋敷の恥になるからやめろと仰せられて……それで私、巨大なネズミ捕りを作って仕掛けて置いたのですが」



 仕掛け階段を駆け下り、別の隠し通路に入ろうとしていたエレーヌは、そこで腰を抜かしていた。たった今目の前で作動した全長二メートルのネズミ捕りは、バネが強力過ぎてそれが叩きつけられた石畳を木っ端微塵に破壊していた。

 すんでのところで気がついて回避できたが、こんな物に挟まれたら人間の胴も真っ二つになりそうだ。



「ともかくサリエル嬢、私が怪人を追うので、ランプを貸して下さい。貴女は一階の皆さんに状況をお伝えして下さい」

「は、はい! アンドレイ様、どうかお気をつけて、怪人はしぶとくずる賢い男なのです」



 エレーヌはどうにか立ち上がり、隠し通路の中の隠し通路を探す。勝手知ったる場所ではあったが、明かりがほとんど無いのでなかなか見つからない。


 そこへ、揺らめくランプの明かりが次第に近づいて来る……エレーヌは焦るが、おかげで壁の隠し通路の入り口は見つかった。

 エレーヌは肩ぐらいの高さの所にあるその小さな格子戸を開け、その中に潜り込んで行く。



 慎重にやって来たアンドレイは、怪人ことエレーヌの姿を見る事は出来なかったが、その格子戸がパタンと閉じる所を見てしまった。


「罠か、真実か……いや、ここで行かぬようでは男ではない」


 アンドレイもその格子戸を開け、先にランプをそこに入れ、自身もその狭い通気口のような隠し通路に潜り込む。




 エレーヌは目標は達成されたと思っていた。

 とにかく、アンドレイとサリエルをエレーヌの区画から引き剥がす事には成功したと。あとはあの悪戯小僧を見つけるだけだと。


 だけど後ろから追って来るアンドレイはどうするのか。エレーヌがアンドレイを招いたのはあくまで親睦を深める為であり、こんな所で罠に掛ける為ではない。

 そして。


――怪人です! 怪人が出たのです、私はっきり見ましたわ!


――なんだって! 大事なお客様が来ている時に……


――そのアンドレイ様が怪人を追い掛けているのです! 男の人達は早く加勢を


――ディミトリ、銃を出してくれ!


 通気口の向こうから、伝声管のように、一階の声が伝わって来る。エレーヌはようやく、自分が事を大きくしてしまった事を理解した。

更新が遅くて申し訳ありません。

それでも見に来て下さる皆様には本当に感謝しかありません。

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