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煙突掃除のフリック 第一話

この小説は「伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートには血も涙も汗もない」の続きとなります。


https://ncode.syosetu.com/n1130fi/


未読の方はどうか是非、前作からお読みください。m(_ _)m

 十一月が迫っていた。日に日に夜が早くなり、落葉樹の葉が黄色く染まって行く。


 カトラスブルグ郊外にある、オーギュスト・ストーンハート伯爵の屋敷の正門では、筆頭庭師のエドモンが、新聞を広げつつ、正門の番をしていた。

 そこへ、道の向こうから……服も顔も真っ黒な、十歳ぐらいの少年がやって来る。

 それに気づいたエドモンは新聞から目を上げ……眉間をしかめる。


「大将! 煙突掃除の用事は無いかね!」


 少年は歳よりもかなり()()たような口ぶりでエドモンに声を掛けて来る。少年は真っ黒なバケツに真っ黒な雑巾を突っ込んだ物を持ち、真っ黒なデッキブラシを担いでいた。


「最初からそんな格好で来る奴があるか。どこかで一仕事した帰りじゃないのか」

「仕事着が一着しか無いんだ」

「それじゃあ仕事を貰えないだろう、誰だってそんなに真っ黒な奴を家に上げたくないもんだ……第一お前さん、ワイヤーブラシは持ってないのか?」

「おいらはちゃんと潜り込んで磨くのさ、他所のやつよりきれいが長持ちするよ! おいらが汚いのは、煙突を綺麗にしてる証拠さ」


 幼い煙突掃除人だが、営業の腕は悪くない。そう思いエドモンは苦笑いをする。


「去年までやってた奴が、今年はまだ来ないんだよな……よし、試しに俺の長屋の煙突をやってもらおうか、それで上手いようだったら屋敷の煙突も任せよう」



     ◇◇◇◇◇



「お嬢様ー!」


 伯爵屋敷のメイドの一人、サリエル・サルヴェールは女主人を探し回っていた。

 サリエルは女主人の一つ年上で十八歳。黒の短いボブヘアで、170cmの長身だ。

 サリエルは女主人の側仕えを担当しており、なるべくその近くに居て用事を聞くのが仕事なのだが、気まぐれな彼女の女主人は、時々サリエルを置き去りにして姿を消す事がある。


 彼女の女主人は、伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハート。オーギュスト伯爵の一人娘で、留守の多い父に代わりこの屋敷を預かっている。


 エレーヌの居住区は屋敷の二階の一角にあった。広い廊下から、両開きの扉を開けばまずホールがあり、左に曲がって扉を開けば、明るくがらんとした控えの間が。そこを右に進んで扉を開くと、広々とした華麗なリビングルームが現れる。寝室や書斎、浴室などはそこからまた奥にある。


 サリエルは納戸の中まで確認する。寝室や書斎などはとっくに見た。美しい伯爵令嬢には若干の奇行癖があり、サリエルなどはそれを特によく知っていた。

 悪戯用のウシガエルを探しに行ったかの? 地下室で段平刀を振り回しているのか?


「お嬢様、そちらですか?」


 サリエルは半ば冗談のつもりで、納戸の中にあるクロゼットの扉を開ける。



「ぎゃあああああああ!!」

「きゃあああああああ!?」



 伯爵令嬢。エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートは、窓の無い納戸の中の、さらに扉の奥のクロゼットの中に居た。


「申し訳ありません! お嬢様! お許し下さい!」


 メイド姿のサリエルは頭を抑えて納戸から飛び出す。

 その後ろから。狼犬のような薄い青灰色の瞳の、サリエルと同じくらい背の高い少女が、長いストレートのプラチナブロンドをなびかせながら飛び出して来る。

 この乗馬鞭を振りかざし、メイドを追い回しているのが伯爵令嬢、エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートである。


「そこへ直りなさいこのすかぽんたん! 私が見えない時にそこらへんの扉を勝手に開けるなと、申し上げたはずですわ!」


 エレーヌが振り回した乗馬鞭の先が、屋敷の階段の樫の手すりに触れる。その鞭には木片が飛ぶ程の威力があった。


「お許し下さい! お嬢様! お許しを!」

「そこへ直れと申し上げてるでしょう! 待ちなさい!」


 騒ぎを聞きつけ、執事長のディミトリ、ベテランメイドのヘルダなども集まって来る。


「お嬢様、お許し下さい、それに暴力はいけません」

「お嬢様、サリエルが何をしたのですか」


 二階のエレーヌの部屋の納戸のクロゼットから、一階廊下の行き止まりの隅まで追い詰められ、これ以上後ずさり出来ず、涙ぐむサリエル。

 エレーヌは振り上げた乗馬鞭を持つ腕を、ヘルダに押し留められていた。


「ふん。貴方達に写真術の何たるかを説明をしても仕方ありませんわ」


 エレーヌは鼻を鳴らし、鞭を下ろしてそう言った。


「本当に(わたくし)、世界一可哀想な伯爵令嬢ですのね。ゼラチン乾板とかロールフィルムとか申し上げても、世相に疎い田舎者の貴方達には何の事かも解らないのでしょう……とにかく、そこのあんぽんたんが現像室の扉を開けたせいで、私の芸術写真がすべて台無しですのよ」


 そう続けると、エレーヌは肩を落としながら背中を向ける。


「お嬢様……」


 サリエルは小声で呼びかけるが、エレーヌは無言で二階に戻って行った。



 エレーヌが最近、写真を撮り始めた。最新のロールフィルムを使うカメラと、乾板を使う大型カメラを買って来て、屋敷の中やら庭やらを撮って回っている。


 それだけなら良いのだが、室内で写真を撮る時に「フラッシュ」だと言ってマグネシウムか何かの化合物を派手に燃やす。これがまた小火を出しそうで怖い。

 そして今度は、納戸やクロゼットを現像室だと言い出す。これではうっかり下手な扉を開けられない。



     ◇◇◇◇◇



「何故急に、写真術などに傾倒されるようになったのかしら。ついこの前まで窓辺で詩集ばかり読んでらしたのに」


 ヘルダが廊下にモップをかけながら愚痴る。

 サリエルはすっかり落ち込んだ様子で、ヘルダがモップを掛けた後を乾拭きしていた。


「私にもよく解りませんの……お父様の趣味という訳でもありませんのに」

「以前は写真術も知識人の趣味でしたそうですけど、近頃では一職業でしかないのではないかしら。変な臭いはするし……淑女に相応しい趣味とは思えませんわ」



 そんな事件のせいもあり、メイド達は掃除などでエレーヌの区画に入る時は、なるべく余計な所を開けたり覗いたりしないようになった。



     ◇◇◇◇◇



 二日後の、夕方。

 休日に当たるこの日、エレーヌは日中馬車で出掛けていた。普段であれば外出には側仕えのサリエルを伴うのだが、この日サリエルは置き去りにされた。

 そうして、帰って来るなり。



「今夜アンドレイ・アンセルム・ローゼンバーク男爵がお越しになられますわ。正餐の準備をして下さるかしら?」



 エレーヌは、伯爵屋敷のロータリーまで馬車を迎えに来たサリエルに平然とそう言い放ち、何事も無かったかのように屋敷の自分の区画へ向かう。

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