カレーの日の告白
「ピアーズの父娘、夜逃げしたらしいぞ。」顔を合わせるなり、エメルヒは言った。
「あの父親、叩きゃ叩いただけ埃が出る悪党でな。馬鹿娘がマスコミの関心集めやがったお陰で自分の悪事まですっかり暴かれちまいやがんの。
とっ捕まって極悪人の墓場へ送られるよりゃマシって考えだろな、有り金もってトンズラだ。
軍の公安局から逃げ切れると思ってんのもマヌケだが、地球連邦非加盟国か・・・それこそリーベンゾル辺りにでも行きゃぁ、何とかなるかもな。」
元・スパイアイドルのハルモニアが最後に目撃されたのは、莫大な保釈金を払った父親が軍公安局基地へ迎えに行った時である。
「アタシが何したっていうのよぉ!!」そう叫んだ娘を鬼の形相でひっぱたいた父親の姿が報道され、太陽系中の人々は怒りと呆れ、ごく僅かに憐れみを覚えたという。
「トーキョー大学医学部のシャトルは無事に地球へ帰還したそうだ。
ただ手当したテロリスト共は地球に着くなり全員逃げちまったんだとよ。基地にいた残党共で生きてるヤツは公安局に引き渡した。ったく胸くそ悪ぃ、自決すんのは勝手だが他でやって欲しいもんだぜ!」
「生きてる奴らは何も知らんでしょうな。」
今回も仏頂面のリュイではなく、マックスが受け答えする。
「その通り!土星の労働力くらいにしかなりゃしねぇよ。・・・そういえば、テオヴァルトは生きてんのか?」
「えぇ。先に火星に帰って治療中です。死にゃしませんよ。」
「そうかい、何よりだ。今回はよくやってくれたな。土星行きになる雑魚はともかく、あのサムソンとかいうのが連れてた連中は筋金入のプロだ。おまいらが居てくれなかったら、どうなってたか・・・。
って、俺が任せたぶっ込みミッション、アイザックに送らせたサマンサだけで片ぁ付けさせたんだって?酷ぇ事するなぁ。可哀想だろぉ?アイアン・メイデン襲われる敵さんがよぉ。」
エメルヒは禿げ上がった力無く頭を振った。
タークに破壊された統括司令室の代わりとなったのは、比較的被害が少なかったC棟の会議室。予備のノートPCを置いただけの折りたたみ式簡易机を挟んでリュイ達と対峙するエメルヒは、疲れ果てていて生気が無い。今のこの基地の惨状を考えれば無理もないが。
「それはそうと今回の報酬だがな。」
エメルヒは机の上にマネーカードをばらまいた。その数、たったの3枚。
「2,30枚は出してやろうと思ったんだが、基地がこんな事になって修理修繕に大枚が飛ぶ。悪ぃがコレで勘弁してくれや。」
リュイは答えない。その代わり踵を返すと足早に出入り口へと向かった。
「・・・いらんそうです。」マックスもすぐに後を追う。彼はリュイのように上手く心情を隠せない。態度と顔には最大級の嫌悪が漲っていた。
「そうか。悪ぃな。」そんなことはお構いなしにイソイソとマネーカードを撤収する上官に、側で控えていた副官・シャーロットが僅かに眉を潜めた。
「ところで、モカちゃんなんだがよぉ。」
出入り口の扉前まで着ていたリュイが足を止める。肩越しに冷たい目がエメルヒの歪んだ笑みを捕らえた。
「今回は火星に連れて帰ってゆっくり労ってやってくれや。あの娘も危ねぇ目に遭って相当ショックだったろうぜ。
・・・おまいが付いて守ってやりゃぁ、あのイカれたバケモンも簡単にゃあの娘に近づけねぇだろうしよぉ。なぁ、リュイよぃ?」
いつでも手に入れられる。その時まで預けとく。ギラつく禿ネズミの目はそう語っていた。
リュイは無言を貫いたまま、扉を蹴り開けて出て行った。
みんな今回は頑張ったそうだから、何でも好きなもの作ってあ・げ・る♡ 何がいい?
火星の基地に帰り着き、エプロン姿のリーチェがルーキー達にそう聞くと、満場一致で「カレーライス!!」と返事が返ってきた。
マヌケ般若の目くらましなんて知らないリーチェは目を丸くしたが、すぐに了承した。
リーチェのカレーは、食すと他ではカレーが食べられなくなるほどの超絶品。ただし、ドラム缶のようなどでかい鍋に溢れんばかりのカレールーが、1俵60kgの米俵分一度に炊ける巨大な炊飯器たっぷりの白米と共に提供される。
「残したら命は無いと思え!!」との脅迫を合図に夕食は始まった。
控えめによそったご飯にルーを掛けたカレー皿を手にしたモカがお鍋の前で固まっている。
目の前には決死の突撃かます特攻兵の形相したナム。瞬きもせずモカの顔をガン睨む目には鬼気迫るものがあった。
「・・・・・・・・・直球、だね・・・。」
長い沈黙の後、呆気にとられたモカがようやく口にした言葉は、たった今聞いた「告白」への感想だった。
「おぅ!ゴチャゴチャ言うのは性に合わねぇ!!」
ナムはまん丸になったモカの目をひたすら凝視してそう答えたが、やっぱり簡潔すぎたか?と内心はビクビクしていた。
A・J達と別れ火星への帰路に着いてから、ずっと気の利いた言葉を考えまくったがさっっっぱり思い浮かばなかった。
それでまぁ、いいやそのまんま言っちまえ!となってしまったのだが、マズかっただろうか?
「・・・いやお前、言葉っつーよりもな?」
膠着状態に陥った2人に助け船を出したのは、体中を簡易ギプスで固定した痛々しい姿のテオだった。
突然始まった求愛劇に、目を剥いたのはモカだけじゃない。それまであちこちのテーブルでガチャガチャけたたましい音を立てながら、怒濤の勢いで皿から口へと回転していたスプーンの動きがフリーズしている。
夕食時。一心不乱にカレーをむさぼるメンバー全員居合わす食堂内。
しかも隅のテーブルには本を読みながらカレー食す、恐怖の上官・リュイまでいるってのに。
「なんで 『今』、なんだよ。」
テオのその一言は、まさにその場全員のツッコミを代弁したものだった。
「あああぁぁぁ!!おまいはもぉぉぉ!!!!」 突然カルメンがいきり立った。「女の子に告白するのまでセンスないのかアホンダラ-!!!」
「最っっっ低!あり得ないわこんなシチュエーション!!アンタ頭沸いてんの!?全然キュンキュン♡しないじゃない!!!」ビオラも席を蹴って喚き出す。
女2人の罵詈雑言を肩をふるわせ背中で聞いていたナムもとうとうぶち切れ反撃する。
「うっさいわ!こうなったの誰の所為だと思ってんだ!!
盗聴機や盗撮機は大量に取っつけられてるし、スパイ・ビーは10機くらい飛び回ってるし、告白するチャンスが来るたびどっからともなく湧いてきて陰からコソコソ動画撮影とかしやがって!
ふざけんなよお前ら、人の告白イベント諜報するとか悪趣味過ぎだろ!?覗かれるくらいだったら自分から『公開処刑』した方がよっぽどマシだー!!!!」
そのままいつもの喧しい大ケンカに突入した姉弟達をポカーンと眺めていたコンポンが、我に返ってロディを見上げる。
「なぁなぁ。モカさんもう居ないんだけど。」
「・・・さっきカレー持って逃げてったよ。」ロディが呆れ気味に答える。
「さすがの逃げ足!僕・・・イヤ俺、ホントにモカさんに弟子入しようかなー?」
フェイはそう言ってカレー皿に残った最後の一口をほおばった。
マックスは隣に座るリュイをチラ見し、遠慮がちに聞いた。
「・・・いいのか?」
「・・・何が?」
リュイはそう言ったきり、空になったカレー皿を押しやりその手で本のページをめくった。
離れた席からその様子を横目で眺めるサマンサが、静かに美しい目を伏せた。




