バケモノ
「いやあぁーーーーー!!!」
悲鳴をまき散らしながら、モカが闇雲に走り出す。
足場の悪い崖際を必死で逃げる。一歩足を滑らせれば真っ逆さまに落ちるというのに、気にする様子はまるでない。
それは両手に掴んでいた武装兵を、無造作に振り捨てた。
地面に転がり動く気配がまったくない武装兵達に見向きもせずに、それがモカの後を追う。
「あひゃぁははははは!!!」
ギラギラした目がモカの背中を捕らえて光り、だらしなく開いた口から耳障りな哄笑が漏れる。
屈強な男の足がよろばう少女に追い迫る。血にまみれた大きな両手が少女の背中に伸びていく!
・・・ 掴んだ !!!
それはそう思ったに違いない。顔一面に浮かぶおぞましい笑みが色濃くなった。
しかしすぐに失望に変る。
握り合わせた両手の中に、その少女はいなかった。
「ナムさん!!?」
「きゃあぁ!モカさぁん!!!」
ロディとシンディが同時に叫ぶ。
それが欲したその少女は他の男の腕に抱かれ、切り立った崖から飛んでいた。
それがモカの前に現れた瞬間、ナムは岩陰を飛びだし走った。
モカの悲鳴が耳をつんざき、強く心臓を締め付けた。
その悲鳴に彼女が「病気」の発作を起こしたのだと気付く。
土星のベース基地食堂で、初めてモカが錯乱した時に聞いた、悲痛な叫び。
あの時の絶叫と今の悲鳴は同じものだ。
(だとしたら・・・こいつ、まさか!!?)
掴みかかろうとする血塗りの手を際どく掠め、モカの体をかき抱く。
そのまま崖から飛ぶ刹那、ナムはそれの姿を見た。
( リーベンゾル・ターク !!?)
間違いなく、以前TVで帝国の復活を宣言したその男の顔だった。
しかし、今、少女を狙い欲する男の顔は、まるで バケモノ のようだった。
崖下めがけて落ちていく最中、ナムはモカの手からワイヤーソードをもぎ取った。
力任せにそれを振る。放たれた銀線が崖に突き出た岩を捕らえ、先端が岩肌に食い込んだ。
落下が止まり、ワイヤーソードを握る片手に2人の体重と重力が掛かり激痛が走る。
急激な停止が反動を生み、ナムは崖の斜面に体を強く打ち付けた!
「・・・ぐっ・・・!」
飛びそうな意識を辛うじて引き留めた。
歯を食いしばって激痛に耐え、この状況を確認する。
腕の中でぐったりしているモカには怪我は無いようだし、ワイヤーを限界まで伸ばせばなんとか崖底に降りられそうだ。
グリップ側面のスイッチを繰って、ゆっくり下降し始める。
そのほんの僅かな振動が、モカのまだ混乱している心を刺激した。
まだ崖底までかなりあるのに、モカが突然暴れ出した!
「イヤ!嫌だ!いやぁあぁ!!!」
「!? モカ、落ち着いてくれモカ!!!」
「きゃあーーーっ!嫌だ!いやぁーーー!!!」
身をよじってもがくモカを片手で必死に抱き留める。
頭上からパラパラ小石が落ちてくるのを感じ、落下の恐怖に背筋が凍る。
たわむワイヤーを絡めた岩が2人分の体重を支えきれず崩れ始めている。これはヤバい!ナムは焦って狼狽えた。
「ナムさん!!!」
崖の上からロディの声がした。
彼が何かを投げつけたのと、頭上で岩が崩れたのはほとんど同じタイミングだった。
ナム達は再び崖底めがけて真っ逆さまに落下した!
ボン!!!
爆発音と共にモニョッと「どっかんクッション」が広がり、2人はその上に無事に落ちた。
痛みもなければ衝撃もない。この発明は大したものだ。
「いやあぁあ!!!」
モカが起き上がって走り出した。
後を追おうとしたが崖に体を打ち付けたダメージが思いの外大きい。体が言う事を気かなかった。
ここから崖上まで相当高さがある。あのバケモノもすぐには追って来られない。
一先ず、逃げ切ったとみていいだろう。
(モカ・・・。)
すぐには立ち上がれそうにないナムは、逃げていくモカを目で追い見守ることしかできなかった。
もう1人、モカを見ている者がいた。
崖上で、必死で逃げるモカを見つめる、リーベンゾル・タークと呼ばれるそれ。
その目は爛々と異様に光り、口元には禍々しい笑みが浮かぶ。
堪えきれない激情に、それは天を仰いで咆哮した!
「お"お"お"ぉぉおぉーーーーー!!!」
ビリビリと空気を震わす絶叫が採掘場にこだまする。
鼓膜を直撃する凄まじい声量。それ以上におぞましさで身の毛がよだつ。ロディ達は耳を押さえてうずくまった。
「ひぃぃ!?何やねんアレは!?人間やない、人間やあらへんで!」
「あれが、リーベンゾル・ターク・・・マジッスか・・・?」
「!? アンタら、ちょっと見て!」
呆然とするロディとスレヴィの頭を、マルギーが乱暴に掴んでゴキッと捻った。
「何すんねん!」
「いいから、アレ!」
マルギーが示したのは、さっきまで交戦していた武装兵達だ。
何人かがバスーカ砲を抱えている。
砲口が狙っているのは、狂ったように雄叫びを上げる一頭のバケモノ。
武装兵達の「主」であるはずの、それだった。
「撃て!」
サムソンが冷酷に号令を放つ。
バスーカ砲が、一斉に火を噴いた。
ドドドン!!!
発射と同時に捕獲網が大きく広がり、それに被さり絡め取る。
「大型キメラ獣を捕える為に開発された強化鋼鉄網だ!そう簡単に逃れられん!
ライフル隊は手足の関節を狙え!時間が無い、仕損じるな!」
サムソンの鋭い指示が飛ぶ。
バスーカ砲の武装兵達が後方へ下がり、今度はライフルを構えた武装兵達が前に出た。
スコープを覗くライフル隊がトリガーに指を掛けそれを狙う。
その時、それの血まみれの手が捕獲網を握りしめた。
強化鋼鉄網が耳障りな音を立てて激しく軋む。
「がああぁぁぁっ!!!」
それが再び咆哮した!
バキーーーン!!!
捕獲網はいとも容易く引き裂かれた!
武装兵達の目の前で、強化鋼鉄網がまるで紙でも破り散らかすかのように、ズタズタに千切られ四散した!
「なんだと!?」
サムソンが驚愕に叫ぶ。
「うぉおあぁああ!!!」
リーベンゾル・タークと呼ばれるそれは、雄叫びと共に地を蹴った。
萎える足に檄を入れ、ナムはやっとの思いで立ち上がった。
モカはまだ錯乱したままだ。砕けたクズ鉱石が崖底一面埋め尽くす中を必死になって逃げていく。
その姿に胸が詰まる。激しく鋭く心が痛み、やるせない思いで苦しくなった。
(あの娘がいったい何をした?!
どうしてモカがこんなに苦しまなきゃならないんだ・・・!!?)
形振り構わず叫び出したい衝動を堪えてグッと奥歯を食いしばる。
(モカ・・・!!!)
ふらつく足を、モカの方へと踏み出した。
恐怖に苛まれ混乱する彼女に、もう大丈夫だと伝えたかった。
あんなバケモノのようなヤツでも、さすがにここまで追っては来ない。
逃れられたのだ、もう安全なのだ、と・・・?
スガァーーーン!!!
突然の轟音と、一気に砂塵が舞い上がった!
ナムは咄嗟に頭を庇って伏せた。
砂塵が遮る視界の中に必死でモカの姿を捜す。
「きゃあぁーーーーーっ!!!」
少女の悲鳴が轟いた!
弾かれたように飛び起きたナムは、信じがたい光景が驚愕した!
モカの目の前に、それが居る!?
思わず上を振り仰いだ。
(・・・まさか、飛び降りたのか!!?)
ビル5階分ある崖の高さが、ゾッと背筋を凍らせた。
人間にできることではない。いや、これはもう、人間なんかじゃあり得ない!!!
「・・・はは!
はははふははははひゃははははーーーーー!!!」
リーベンゾル・タークと呼ばれるそれは、少女を見下ろし哄笑した。
もう逃がさない。
異様に光る双眸は、明らかにそう告げていた。




