生き返った死人とサンドイッチ
裏路地では大混乱が続いていた。
警察とマスコミは群がる野次馬をかき分け熱心に仕事に励んでいたが、消防隊は不真面目千万。
火を噴く建屋の残骸にちょろちょろ水掛けてうろつくだけで、火災に巻き込まれた人がいないか捜索している気配がない。
(まぁ、そうだろうね。)
裏路地チンピラ兄弟の兄貴分・ナム は、密集した建屋の屋根上を軽やかに渡り歩きながらその様子を眺めていた。
(この辺りにはもう誰も住んでないもんな。
マッシモ自治政府が再開発だとか言って、住んでる連中無理矢理立ち退かせた無人の貧民街だ。
被害者なんかいるわけねーよ、だから派手に暴れられたんだから。
・・・だからってロケットランチャーは無ぇよな~。
何が「ハニー♡」、「ダーリン♡」だ!あの夫婦、マジで頭がイカレてるぜ!)
脳内でブツブツこぼしつつ、人目を避けて薄暗い路地に飛び降りた。
その途端、目に飛び込んできたのは大都市の裏路地にありがちな光景。
路上に転がる違法ドラッグの空容器。ナムは露骨に顔をしかめ、容器を乱暴に踏みつぶした。
すぐ近くにはひっそりと建つ平屋がある。
裏路地では余り日が差さない。注意してよく見ないとの見過ごしてしまう小さな建物の裏手に回ると、地下へ降りる階段がある。
降りてすぐの鉄製扉を開けるなり、何かが顔を目がけて勢いよく飛んできた。
咄嗟に片手で受け止めたそれは、某有名製薬会社の消臭スプレー。
ボディには大きな文字で「頑固な悪臭、一毛打陣!!!」と書かれていた。
「匂いますよ、ナムさん!使ってください。」
明るく元気な声がした。
そこは建屋の地下室だった。中はかなり広く、コンクリート打ちっ放しの床の上には機器類がゴチャゴチャとっ散らかっている。
何に使うのかさっぱりわからない機械に囲まれ、ごんぶと眉毛の少年 が陽気に笑いかけていた。
「よぅ死人!もう生き返ったのか?」
「茶化すのは止めてくださいよ。痛かったんスから。」
ロディは電磁スパナを軽く振り、ニヤニヤ笑う兄貴分から手元の機械に目線を戻した。
グレーのつなぎに着替えた彼は、体型が変ってしまっていた。
太り気味だったのが、小柄ながら引き締まった体つきになっている。機械いじりに没頭する彼のすぐ近くには、浮浪者風の汚い衣類と不格好なボディスーツが脱ぎ捨てられていた。
「実弾喰らうのは予定外ッスけど、俺が発明した『肉襦袢式防護服・コブトリーノMAX』ならへっちゃらッス! 」
「お前はもともと早めに退場する予定だったしな。
でも俺はちょっと早かった。もうちょっとあのオッサンにくっ付いときたかったな~。」
消臭スプレーを全身に振りかけながらナムがぼやく。
「何言ってんッスか。
通信機で聞いてたんッスよ。あンだけベラベラ余計な事話しまくって、怪しまれない方がおかしいっしょ。」
「でも俺いい演技してたろ? 弟に死なれて悲しむ悲劇の兄貴役。」
「お涙頂戴モンでした。でもその後が悪ぃッスよ。
『局長』にバレたら鉄拳制裁確定ッス。」
「チクんなよ、ロディ!」
兄貴分の懇願に、ロディは苦笑いして肩をすくめただけだった。
スプレー缶に書かれたキャッチフレーズはどうやら嘘ではないらしい。体中に纏わり付いていた下水の匂いは綺麗さっぱり消えてくれた。
代わりに鼻孔を刺激したのは、何ともステキないい香り。 ナムは地下室中央に据えられた簡易テーブルに目を付けた。
「お、いいもんみっけ♪」
テーブルの上には大きな籐のバスケットが置かれていてる。イソイソ駆け寄り開けてみると、美味しそうなサンドイッチがぎっしり詰め込まれていた。
香ばしく焼いたパンにスパイシーなローストビーフを新鮮なレタス、オニオンスライスと一緒に挟んだ極上品。心が躍る光景に疲れが一気に吹っ飛んだ。
「ベアトリーチェ姐さんのお手製ッス。
全部喰わないでくださいよ!俺もまだ手ぇ付けてないんッスから!」
「怒らすとロケットランチャー振り回すとこさえなきゃ、家庭的でいい女なのにな、あの人。」
早速サンドイッチに手を伸ばすと、顔に目がけて再び何かが飛んできた。
キャッチした手がほどよく冷たい。いい感じに冷えたオレンジジュースの缶だった。
「サンキュー、モカ!」
部屋の隅に設えられた折りたたみ式の小さなデスク。
そこで大きなベージュのキャスケットをかぶった小柄な少女が作業をしている。
モカ と呼ばれたその少女が、軽く手を振りナムに答えた。
態度がなんだか素っ気ない。 振り向く余裕がないらしい。
ノートPC画面と向き合い、キーボード上に置かれた指をひたすら動かす彼女の様子は切羽詰まってて何やら必死。
ナムは小声でロディに聞いた。
「・・・モカ、どした?」
「 アイザックさんからデータの送信があったンッス。
サンダース補佐官のプライベートPCとか、奴と繋がりがある関係各所のサーバーとかの。」
「おー、ハッキング成功か。
下水の洪水に負けずに自分の仕事やり遂げたワケね。さすが天才ハッカー!
鋼鉄の処女も無事か?」
「それ、サム姐さんの前で絶対に言わないでくださいよ。殺されたって知らないッスからね?
・・・で、送られたデータがロックされてて、それを解除するためのパスワードが・・・。」
「パスワードが?」
「キューティーボンバーの女の子達のスリーサイズ合計 × ヨハンナって子の靴のサイズ(真実)ッス・・・。」
「いや、知らんわそんなモン!
しゃーねぇな、あのオタク兄ちゃんは!遊んでる場合じゃないってのに。」
とはいえ、送られてきた必要データが見られないのではお話にならない。
それでモカはノートPCにかじりつき、必死で情報収集してるのである。
JKアイドルのスリーサイズも足のデカさも、ファンじゃなければどーでもよすぎるクズ情報。
アイドルオタクのお茶目に付き合うモカが少々、哀れだった。
ナムはテーブル前の椅子に腰掛け、大きなサンドイッチにかぶりついた。
シャキシャキした新鮮野菜の食感と一緒に ローストビーフの濃厚な旨みが口の中で炸裂した。震えが来るほどメチャクチャ美味い。
「今回の仕事、結構大がかりになってきたじゃん。
プロの武装組織に襲撃されたし、あの極悪面オヤジも誰かに拉致られたっぽいぞ。」
「そッスね。酒場で襲われた時はマジヤバかったッスよ。
リーチェ姐さんが機転聞かせて助けにきてくれなきゃ、俺達も危なかったッス。」
「ロケットランチャーぶっ放すのが機転かよ!
・・・って、しっかし襲ってきたヤツら何モンだ?オヤジ拉致ってったのアイツらかな?」
「それはどうッスかね。」
二つ目のサンドイッチに手を伸ばすナムに、ロディはキラキラ光るものを投げてよこした。
「十字架?」
「トルーマンって秘書野郎のッス。
サンダースのオッサン連れてったのそいつッスよ。俺、見てましたから。」
「これ、よく盗ってこれたな。」
「あの野郎、酒場で狙撃された時、俺を盾にしやがったんッスよ!
お陰でテオさんのフェイク銃か、マックスさんの手加減した指弾で死んで『退場』の予定だったのに、実弾喰らっちまった。『コブトリーノMAX』着てなかったらホントに死んでたところッスよ!」
「・・・突っ込んでいい?
お前が発明するモンって大抵スゲぇけどな。ナニ?そのネーミングセンス・・・。」
兄貴分のささやかな突っ込みは、キレイさっぱり無視された。
「んで、その仕返しのつもりで盗ってきたんスけどね。
何が『神よ~』だっつの、笑っちゃうッスよ。 通信機 じゃないッスか、それ。」
「ほー、やっぱしあいつもどっかの スパイ だったってことか。」
「俺らの 同業者 かもッスね。
あ、中身はモカさんに渡してあるンッス。今調べてもらってるトコッスよ。」
ちぎれた鎖をぶら下げた小さな金の十字架は、頭の部分がぽっかり空いて中身が空洞になっていた。
「俺らみたいなンがお仕事がんばれちゃうこのご時世、荒んどりますなぁ~。」
怪しい十字架を肩越しに投げ捨て、ナムは三つ目のサンドイッチに手を伸ばした。