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ミッションコード:0Z《ゼロゼット》  作者: くろえ
衛星都市マッシモの奇跡
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歪な微笑 狡猾な笑み

遠くからまだ微かに消防車やパトカーのサイレンが聞こえてくる。

裏路地に乗り捨てられてるサビだらけの車。そのボディにもたれかかり、フラットは荒ぶる息を整えた。

立て続けに起った修羅場のお陰で疲労が激しい。倒壊するカルメンの酒場(バー)から全速力で逃げてきた彼はフラフラだった。

生きているのが不思議な気分で、ゆっくり辺りを見回した。

ここは裏路地のゴミ捨て場のようだ。 不法投棄と思われる大型家電製品やボロボロの車が幾つもうち捨てられている。

積み上げられた廃棄物が周囲に高い壁を造り、夕暮れ時の太陽の光を遮り薄暗い。

消防・警察・マスコミ共の騒ぎが収まる気配のない裏路地にあって、異様なほどの静かである。

捨てられた物達の終焉の地は、神秘的な雰囲気に包まれていた。


「・・・何で・・・こんな事に・・・?」


足下で聞こえた悲しいつぶやきに胸が痛んだ。

呆然と地べたに座り込むショッキングピンクの少年。彼の隣に弟分の姿は、無い。

掛ける言葉が見つからない。

フラットは力無く項垂れるナムからそっと目を背けた。




手榴弾が破裂し倒壊するカルメンの酒場(バー)

その混乱を極める中で、フラットが助け出せたのはナムだけだった。

助けた、という表現はおかしいかもしれない。気が付けばナムと一緒に外にいて、崩れる建屋を眺めていたのだ。

その時の記憶は曖昧だった。咄嗟に身体が無意識に動き、一番近くにいたナムを助けて脱出したにだろうが、正直ほとんど覚えていない。

しかし、後が大変だった。ナムが倒壊する建屋に戻ろうとしたのだ。

狂ったように舎弟の名を呼び半狂乱で泣き叫ぶナムを、力づくで引き留める。

得体の知れない襲撃者の追撃もあった。新たな事件に群がってくる野次馬共も厄介だった。

それら全てを何とかかわし、ようやく安全な所まで逃げ延びた。

一生分の体力と気力を使い果たした思いだった。


(サンダース補佐官はどうなっただろうか・・・?)


本来、自分が守るべきだった男を思い、フラットの心は重く沈んだ。

あの倒壊する酒場(バー)に残してきてしまった。生死すらわからない。瓦礫の下敷きになっただろうか?それとも彼を狙った謎の男達の手に掛かって・・・?

「・・・くそっ!!!」

身を焼くような焦燥感に、車のボディを拳で叩く。

車体が凹む大きな音にナムがビクッと身を震わせた。彼はうつろな目をしてフラットを見上げ、ふらつきながら立ち上がった。

「・・・どこへ行く?」

舎弟(おとうと)・・・ロディ・・・捜しに・・・。」

「諦めろ。」

フラットはなるべく平静を装って言い放った。

「生きては、いまい・・・。」

言葉がもたらす衝撃に少年の顔が大きく歪む。

青ざめた唇が微かに開き、戦慄くものの言葉は出ない。

やがてがっくりと膝を付き、再び俯いて動かなくなった。

フラットは痛ましそうにナムの姿を見守った。

その時、電子音が聞こえた。

ジャケットの内ポケットにあるモバイル電話の着信音だ。


軍組織が使用する完全防水の携帯電話。

そのお陰で助かった。下水に浸かっても使用出来る状態なのが有難い。

取り出電話電話の画面に表示されているのは主の名前。

(生きて、いたか・・・。)

思わず安堵の吐息が漏れた。目下、行方不明になっているサンダースからの電話である。

哀しみに沈むナムに背を向け、電話に出る。

「補佐官、ご無事ですか?」

応答は間髪入れずに返ってきた。

電話の向こうは確かにサンダース本人だった。


『フ、フラット・・・よく聞け!

今から私の私邸に行って、隠し金庫の中の『例のモノ』を取ってこい。

・・・あ、暗唱番号は、25383963、だ・・・!』


声が露骨にうわずっている。明らかに様子がおかしかった。

「どこへ持って行くのです?」

『そ、それは、また後で指示する!早く行ってこい!』

一方的に、電話は切れた。


フラットはモバイル電話を見つめ立ち尽くした。

サンダースが無事だったのは喜ばしいが、酒場(バー)倒壊の爆発の最中、何者かに拉致されたらしい。

おそらくどこかに監禁されている。電話口の様子からして脅されていると考えられた。

しかし、今のフラットとってそれは、もはやどうでもいい事だった。

モバイル電話を握る手が、ワナワナ小刻みに震え出す。

顔には歪な笑みが浮かぶ。抑えきれない激情に醜く歪んだ笑みだった。

激しい疲労も傷ついた腕の痛みも、なにも感じられなくなった。

彼は非常に興奮していた。

迫り来る危機もまったく意に介さない。

そんな危険な興奮だった。


「用が出来た。行かなければならない。」


フラットは足下で項垂れるナムに告げた。

「お前は帰れ。後日、改めて今日の詫びをしよう。

悪いが今は 金 を持ち合わせてないんでな。」

「!? なんだよそれ!」

ナムがガバッと立ち上がった。

「勝手に人巻き込んで酷い目に遭わせといて、今更帰れって!?

しかも今なんつった?! 金!?

金で俺の舎弟が生き返るのかよ?!ふざけんな!!!」

顔に目がけて少年の拳が飛んできた。

おとなしく殴られてやるべきだった。しかし咄嗟に体が避けてしまい、ナムはつんのめって倒れてしまった。

心は痛むが時間が惜しい。

逸る気持ちに急かされてフラットはナムに背を向けた。

「待てよ、おい!」

歩き始めた彼の背中を、悲痛な声が引き留める。


「・・・一人に、すんなよぉ・・・。」


思わず振り向いた。

裏路地の地面に這いつくばり、必死で涙を堪えるナムはひどくはかなく、幼く見えた。




貧民街で子供が生きて行く事は過酷である。

この少年も舎弟を抱えて、随分無理していたのだろう。それは容易に想像できた。

たった1人の家族を失い、今またフラットに去られようとしている。孤独に怯える少年の姿が、遠い日の記憶を呼び起こした。

(・・・兄さん・・・。)

フラットは強い哀しみに捕らわれた。


(兄さんもこいつと同じくらいの年齢だった。

まだガキだった俺を守るために強がって・・・。)


頭を軽く横に振り、哀しい追憶を振り払う。


(いや、今はそれどころじゃない。

この機会を逃すわけにはいかない。自分の為にも、兄の為にも!!!)


フラットは顔を背け、少年のすがりつくような目を避けた。

「すまないが連れてはいけない。これから行く所は危険だ!」

「今までだってそうだったろぉがよ!」

「今までよりも危険を伴う。お前も命を落とすかもしれん。帰れ!」

「い、命落とすって・・・。アンタ、まさか死ぬ気なのか!?」

「お前には関係ない。付いて来るな!」

「なんだってんだよ、今の電話の所為なのか?!

あの極悪面オヤジからだったんだろ?!

・・・っておい、どこ行くんだよ!?」

再び歩き始めたフラットに、ナムが必死で追いすがる。

先を急ごうとするフラットの足は次第に速く、忙しくなった。


「何があったか知らねぇけど、ヤベぇって!

アンタさっき、あのオヤジに利き手ケガしたからって見捨てられてたじゃんよ! 

あんな人でなし、もう放っときゃいいだろ!?」

「・・・付いて来るなと言っている!!!」

「わかんねぇな!なんだってそんなにあのオヤジに尽くすんだよ!?

人を使い捨てるような奴なんだぜ?!

いくら政府のお役人でもさ、やっていい事と悪いあるだろーがよ!!!」

「・・・。」

「だいたい、連邦政府の役人がボディガードに無戸籍の人間雇うってトコからおかしーんだ!

あのオヤジ、最初っから何かあった時捨て駒にするつもりだったんじゃねぇのか!?

ンな奴の為にこれ以上、身体張る意味あるのかよ!?」


フラットは立ち止まった。

何かがおかしい。

胸がざわつく違和感に、フラットはしばし呆然となる。


『いくら 政府のお役人 でもさ、やっていい事と悪いあるだろーがよ!!!』

『だいたい、 連邦政府の役人 がボディガードに 無戸籍 の人間雇うってトコからおかしーんだ!』・・・。


間違ってはいない。

どんな身分の人間だろうと非道が許されるはずはないし、サンダースは何かの折に自分を捨て駒にするつもりだった。

奴はそういう男である。しかし・・・。


(なぜ、サンダースが 連邦政府の役人 だと知っている?

確かに俺は奴を「補佐官」と呼んではいたが、それだけで学のない貧民街のチンピラが、地球連邦政府官僚だと気付けるとは思えない!

なぜ俺が 無戸籍 だと知っている?

サンダースの役職はともかく、俺自身の私的な事は一度たりとも言って無い!!!)


全身が総毛立った。

同時に、今まで起った数々の修羅場が脳裏をよぎる。

裏路地での車の襲撃、地下下水道水路での攻防、女店主の酒場で起った乱闘、そして奇襲。

全てはこの少年(ナム)と出会い、導いた場所で遭遇している・・・!!!

その事実に気付いた時。

フラットは振り向き、静かに問うた。


「・・・お前・・・ 何者だ ・・・?」


突然問いかけられたナムは、驚きピタリと固まった。

両目を見開き訝しむ。ごく自然な態度だった。怪しい素振りはまるでない。

しかし、その一瞬後。

今まで悲嘆に暮れてたナムの様子はガラリと一変した!



「・・・ここでバレるのは、ちょっと早い。」



彼はニンマリ笑って見せた。

ふてぶてしく、狡猾に!!!



「ま、でも・・・ 想定内 !!♪」



シルクハットに指を添え、ナムがおどけて一礼する。

そして地を蹴り真っ直に、フラット目がけて突っ込んで来た!


「!!?」


目視ができない早さだった。

咄嗟に身構えたフラットの肩にズシリと強い力が掛かる。

ショルダーフォルスターが重たくなった。慌ててジャケットをはだけて見ると、空だったフォルスターに下水道の乱闘で無くした銃が入っていた。

「それ、返しとくな?」

呆然となるフラットに、頭上から陽気な声が掛かる。


「俺さ、アンタの事、本気で心配してんだぜ。

・・・あんま無茶すんなよな!」


高く積まれた廃材の上でショッキングピンクの影が手を振った。

その言葉を残して闇へと消える。実に見事な「退場」だった。

フラットの肩を踏み台にして廃材の山に飛び移ったのだ。

素人技では、あり得ない。

玄人(プロ)の退場の仕方だった。


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