今日が初めまして(しかも未遂)
ナム達がC棟で珍獣めいた変質者に遭遇している頃。
基地中央にそびえ立つ司令塔の一室では、ある種の攻防戦が勃発していた。
「さぁて、本題に入ろうか。」
エメルヒが革張りのチェアに深々と座り直した。
「モカちゃんはどうした?
カルメン達と一緒じゃなかったぞ?お前達とここに来とるはずだろ?ん?」
またしてもリュイは答えない。マックスが努めて平静を装い代わりに聞いた。
「あの子が、何か?」
「しらばっくれるのは止めとこうぜ、お互いにな。」
エメルヒの表情が変った。
人なつっこいひょうきんな笑顔が消え、現れたのは毒々しい微笑。
ドスを利かせた声色が嫌に神経を逆撫でする。
(本性現しやがったな。禿ネズミめ。)
マックスは嫌悪感を顔に出さないよう勤めた。
この男には「裏」がある。卑劣で冷酷な、「裏」の顔が。
人好きする「表」の顔からは想像もできないほど、この男は腹黒い。どんな時でも自分の私欲を満たす為だけに人を利用し貶める。
身の丈に似合わないチェアでふんぞり返るエメルヒは、貧弱で滑稽に見える。
しかしこの男はその見た目では想像もできない「毒」を吐く。
無言を貫くリュイを見据えるエメルヒの目が爛々と光る。人を小馬鹿にするような嫌らしい笑みが大きくなった。
「今、この太陽系で何が起っているか知らねぇたぁ言わせねぇぞ?
イカれた独裁者の息子がうるせぇうるせぇ!TVもラジオもネット上でもヤツの話で持ちきりよ。『後宮』だの、性奴隷だの、毎日飽きもしねぇでご苦労なこった。
他の奴らも騒がしいぞぉ。
我こそは『後宮』の性奴隷でございっつって名乗り出る奴らが掃いて捨てるほどいやがる。群ぇ成して独裁者の息子ンとこ押し寄せてるってのに、ロクに調べしねぇで全員門前払いだそうだ。
そりゃ、そいつらの大半はうめぇ汁吸いに来たペテン師の類いなんだろうが、解せねぇなぁ。
『後宮』の性奴隷ってなぁ、なんかそれとわかるような目印でもあんのかね???」
エメルヒがゆっくり立ち上がる。
デスクの上に身を乗り出すようにして、グイッとリュイに顔を近づけてきた。
「お前が最後にリーベンゾルに行ったのは6年前。
『7日間の粛正』の時だったなぁ。リュイよぃ!
ガキの頃から人殺ししか知らねぇ、金で釣れねぇ、女にもなびかねぇ。骨の髄まで殺人マシンのお前がよぉ、ちっこい子供連れて帰ってきた時にゃ、天変地異の前触れかと思ったぜ!
あの子ぁ、ワケありなんだろ?人にゃぁ言えねぇモン、抱えてんだろ?ん?」
挑発してくる上官の顔を目の前にしてなお、リュイは何も答えない。
ただ、無言で嘲笑を跳ね返す。
貴様に話す事など、何もない。冷たい侮蔑の目が如実にそれを語っていた。
「覚悟決めろや、リュイよぃ!」
エメルヒが微かに苛立ちを見せた。歪な笑みがさらに醜く歪んで行く。
「リーベンゾルがらみのいろんなモンが動き出してるぞ!
地球連邦だって黙ってねぇ、公安局がどう出るか見物だぜ!
こいつらに太陽系の和平を乱すっつーて睨まれた奴がどうなるかくらい、知ってんだろーがよ!
どいつもこいつも躍起になって『後宮』の生き残りを捜してやがる!いくらお前が強ぇっつっても守り切れるっつー保証はないだろが!
俺ぁ連邦政府に顔が利く!強ぇコネならたくさんある!力になるぜ、なぁ、リュイよぃ!
こういう時こそ、素直に上官、頼ってくれや!
なぁ、あの子なんだろ?あの子がそうなんだろぉ?!
白状しとけや、リュイよぃ!
あの子が、リーベンゾル・タークの野郎が捜してるっつぅ、『後宮』の・・・!!?」
熱に浮れたように激しく詰め寄るエメルヒが、「あれ?」と言う表情になって言葉を切った。
「・・・で、そのモカちゃん、どこ行った?
ロディのヤツがおまいらと一緒だっつっとったぞ?」
「居ましたよ。ついさっきまでここに。」
キョロキョロと辺りを見回すエメルヒに、マックスが答える。
それまで微動だにしなかったリュイが動いた。
組んでいた腕をほどいて、右の親指で背後を示す。
リュイとマックスが立っている後ろには、革張りの豪華なソファと大理石のテーブルがある。
そのテーブルの上に、大きなベージュのキャスケットが置いてあった。
「ついさっきまでちゃーんと居たんですがねぇ。
アレもまだまだ子供なもんで退屈したようですわ。さて、今はどこに居るのやら・・・。」
言い訳するマックスが笑いをかみ殺す。
部隊最高司令官に対していささか無礼だが仕方がない。この失笑にはワケがあった。
実はエメルヒ、モカとまともに会った事が無いのである。
「13支局隊は美人じゃなければ入れない。」
まことしやかにそう噂されるリュイの支局隊は、サマンサやベアトリーチェ、カルメン、ビオラに加えてシンディと、美女・美少女が揃いぶむ。
その中にあって、おとなしいモカは恐ろしいほど目立たない。
目立たないと狙われにくい。仮に狙われても目に付かないからサクッとサラッと逃げられる。
裏の顔がエゲツない人でなしになぞ、お近づきになりたいはずもない。当然モカはエメルヒの目から逃げまくる。
そういうわけで、エメルヒがモカの姿をきちんと目視したのは、この6年間ただの一度も無いのである。
さっきまでの勢いが嘘のように、エメルヒがショボン、と項垂れた。
「・・・俺、モカちゃんに嫌われとんの?」
「さぁ?」
何を今更、と思いつつも、マックスは上品に言葉を濁した。
そしてこっそり自分の上官を盗み見た。
再び腕組みをして佇んでいる。しかし、肩が小刻みに震えている。
・・・笑ってやがった。




