500エンの負け戦
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火星からエメルヒがいる「エベルナ」へは、宇宙船の特急便を乗り継ぎ5時間かかる。
基地のオンボロ輸送船ではその倍は掛かる。だから午前3時に起床した。
人工太陽が地平線を照らし始める時間に基地を発つ。輸送船のハイパーエンジンの調子が良ければ午後の早い内に到着できるだろう。
身支度を調えた者から基地の食堂に集り、出発の時を待っている。
アイザックは輸送機コクピットで出発のチェックをしているのでここには居ない。
マックスとリュイ、モカの姿もない。
モカはあんな状態で長時間の飛行に耐えられるのだろうか?心配するメンバー達の表情は、寝不足と気疲れでどんよりと暗かった。
ナムは目の下にくっきりとクマができた生気の無い顔で、ぼんやりと椅子に腰掛けていた。
感情が混乱して昨日はまったく眠れなかった。衝撃からも立ち直れてない。
お陰で身なりには気を遣う方なのに、今日はどうでもよくなってテキトーな格好になってしまった。
(本日のナムの出で立ち:カーキ色のありふれたメーカーのフライトジャケットにGパン、黒のスニーカー。まともな服装の兄貴分に驚いたロディがそっと体温計を差し出してきた。)
「こういう時こそメシを喰え!」とリーチェが作ったホットサンドも喉を通らなかった。
食欲どころか元気も気力もまったく沸いてこない。最悪のコンディションだった。
誰も口を開かない思い空気に沈む食堂に、サバイバル・スーツ姿のマックスが入ってきた。
グルリと見回し、努めて強い口調で指示を出す。
「全員、着床ポートへ出ろ!カシラ(リュイ)と、モカが待ってる。」
・・・モカが?
食堂にいるメンバー達は、それぞれの想いで仲間を按じ重い腰を上げた。
地平線の彼方がほんのり明るい。人工太陽が昇ろうとしている。
建屋から出たメンバー達は、基地前の着床ポートの光景に目を見張った。
輸送機のサーチライトが煌々と照らすひび割れた着床ポートに、リュイが佇んでいる。
それに対峙しているのは、モカだ。
メンバー全員が集まったのを確認したリュイが、首を軽く巡らせ合図を送ると、モカがかぶっていたキャスケットを脱ぎ捨てた。
「ちょっと、まさか!?」
「局長と手合わせ?!モカが!?」
カルメンとビオラが声を上げて驚いた。他のメンバー達も驚きを隠せない。
モカはこの部隊ではバックヤード担当、非戦闘員のはずである。
リュイに挑もうとする彼女の姿を見て表情を変えなかったのはマックスと、ナムだけだった。
戸惑いがちにリュイを見据えたモカが、利き手に握りしめたモノを大きく振った。
キュイン!
乾いた金属音が響く。遠い微かな太陽光を受け、煌めく銀糸が空を切る!
瞬殺を狙った一投。鋭いワイヤーがリュイの頸部を的確に狙う!
しかし、一瞬の閃きは標的の右耳下部で髪の毛をパッと散らせただけだった。
モカが外したのではない。標的がほんの僅かに首を動かし避けたのだ。
どちらも見事な攻防だった。傭兵達から感嘆の声が漏れる中、ナムは別の事に気がついた。
モカの目に、火が付いた。
避けられた瞬間、驚きの表情を見せた彼女はすぐにキッと目つきを変えた。シャワー室で見た挑むような、研ぎ澄まされた目だ。
モカが再度リュイに仕掛ける。銀光が閃き標的目がけて乱舞する!
息つく間もない猛攻の全てを、リュイは僅かな動きで避けきった。
ジャケットのポケットに両手を突っ込み、少しも立ち位置を変えないままで!
「アレを見切って避けれるモンなのかよ、フツー・・・。」
テオヴァルトが半ば呆れた様につぶやいた。
カルメン達もざわつき始めた。彼女達はモカが戦う姿を初めて見る。その見事なワイヤーさばきに驚きが隠せない。
「どういう事!?モカがワイヤーソードを使うなんて!」
「しかもワイヤーを飛ばしてる!?局長のやり方だ!半端な訓練じゃあそこまで使えないぞ!?」
(そりゃ驚くわな。俺だって初めて見た時にゃ正直ビビったし。)
動揺する姉貴分2人を横目に、ナムは頭の後ろを掻きむしった。
ワイヤーを繰るモカの動きに疲れが見え始めた。
速度を生かした攻撃はパワーとスタミナがない。迅速に決着を付けない限り勝機は、無い。
リュイが動いた。軽く息を吸い込んで、地面を蹴って走り出す。
かなり開いたモカとの間合いは一瞬で詰まり、リュイの手が避ける間も与えずモカを捕らえた。
そしてグリップを握る細い腕を容赦無くねじり上げ、乱暴に投げ飛ばした!
もんどり打って倒れたモカが、すかさず飛び起きワイヤーを放つ。
乱れ飛ぶワイヤーをかわしながら、リュイが再び間合いを詰める。
荒々しく振り上げた手の甲でモカの頬を張り飛ばした。吹っ飛び肩から地面に落ちるモカに、女達の悲鳴が上がる。
モカはすぐに立ち上がった。リュイもモカへと向き直る。
よろめき苦しそうに喘いでなお、グリップを構えるモカに、リュイが仕掛けようとした時だった。
「・・・ちょっとすんませんけどー!!」
「ぎゃー!!?」
緊迫した空気を破った突然の声に、戦いに見入っていたルーキー達が飛び上がった。
そのルーキー達を押しのけて、ナムが1歩、前へ出た。
「なんか見てたら俺も体動かしたくなっちゃったんだよね。交代して貰ってもいいっすかね?」
カルメンとビオが顔色を変えて固まり、傭兵達は感嘆が混じった苦笑を見せた。
「ちょ、何言ってんッスか、ナムさん!?」
慌ててロディがジャケットの袖を引っ張って止める。
ナムはその手を振り切った。真っ直ぐに、リュイを見据えて歩き出す。
リュイのいつもの仏頂面が、ほんの微かに微笑を含んだ。
マックスは白み始めた地平線にチラリと見て、胸ポケットからコインを出した。
「出発の時間が近い。瞬殺に500エン。」
テオヴァルトが苦笑する。
「ひでぇな副長、5秒くらいは保つでしょう。500エン。」
どっちも酷かった。




