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ミッションコード:0Z《ゼロゼット》  作者: くろえ
衛星都市マッシモの奇跡
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酒と女と殺し屋と

まだけたたましくサイレンが鳴り渡り、消防士や警察官が走り回っている。

普段なら貧民街で何が起ろうと大した騒ぎにはならない。しかしその貧民街で爆破・炎上しているのは官僚御用達の高級車。それが公僕共の日和見がちな労働意欲に火を付けた。

ついでにTV・新聞等報道各社の、多少不謹慎な労働意欲にも火が付いた。

マッシモ裏路地に群がる報道陣は野次馬共をほどよく呼び寄せ、騒ぎは大きくなる一方だった。


(ったく、うるせぇなぁ。)

古びたバイオリンケースを持った小柄な男が騒ぎを尻目に舌打ちした。

人混みを避けて裏路地奥へと向かった彼は、路地突き当たりのみずぼらしい一軒家の戸を押し開ける。

木製の扉がガタピシ軋む耳障りな音に、彼の来訪を歓迎する主の声が共鳴した。


「まだ準備中だよ、もうちょい後で来な!」


バイオリンケースの男が苦笑する。

「そう言うなって。マスター。この騒ぎで商売あがったりだ。

通りで弾いてても誰も聞きゃしねぇ。飲まなきゃやってらんねぇよ。」

タバコの焼け焦げだらけの粗末なバー・カウンター、小さな棚に並ぶ安酒のビン、雑に並べられた壊れかけの椅子やスツール。

古くさい内装の酒場(バー)で、ひび割れたタイルの床をモップがけする女主人が作業の手を止め、ジロリと睨む。

「稼いでないんなら余計お断り。

アンタは先週のツケだって払ってないんだ。とっとと帰んな!」

「やれやれ機嫌悪ぃな。美人台無しだぞ。」

男はケースをカウンターに立てかけ、勝手にスツールに腰掛けた。

帰る気はさらさら無いようだ。


「あー、それ同感。

姐さん、見た目イケてんのに気ィ強すぎんだよなー。」

「またそうやって余計な事言うし~。

この間も口が過ぎて酒瓶でぶん殴られたじゃないっスか~!」

「ホントの事言っただけだろ?

男に振られた回数がついに年齢超えちまったんだぜ? ムリもねぇって、あんなンじゃ。」


マスターはモップを逆手に持つと、投げ槍よろしくカウンターの中にたたき込んだ!


グション!


湿った音がした。獲物にヒットしたらしい。

「何すんじゃい!この野蛮女!」

カウンター裏から顔を出したのは、裏路地チンピラ兄弟の兄貴分。

濡れて一層悪趣味になった、ピンクのシルクハットを被る ナム だった。


店主の女が柳眉を逆立て怒鳴り返す。

「うっさい!まだ20回も振られとらんわ!

・・・じゅ、19回、くらい、だよ!」

バイオリンケースの男が小さな黒い目を丸くした。

「おいおいカルメン。この間の一流企業の営業マンとはもう破局したのか?」

「・・・その肩書き、頭に『自称』がついてたそうッス・・・。」

カウンター裏から恐る恐る、ロディも頭を出してきた。 

 カルメン と呼ばれた女店主は一睨みでロディを黙らせ、額に掛かった前髪をかき上げた。

「ふん!あんなクズに私みたいな いい女 はもったいないって事よ!」

言うだけはある。彼女は決して醜女ではない。

鳶色の瞳、亜麻色のショートヘア。

雑誌モデルのように背が高く、ストライプのシャツとスリムジーンズといったシンプルな服装でも決まって見える。

確か人目を引くほどの「美人」だった。

「なのに、メッチャ気が強くて強情っ張り。

だから男が怖じ気づいて逃げ出しちまう。・・・わかる?」

「うん、わかる。ちょっと怖い・・・。」

「兄貴、それにサンダースのオッサン!マスターに聞こえますって!

・・・って、なんで二人とも仲良くなってんッスか?」

「うぉい!リグナム、ロディ!!!」

コソコソ話すチンピラ兄弟にカルメンが咆えた。

兄貴分が名乗った「ナム」というのは愛称で、本名は「リグナム」というらしい。

「自分達の立場、わかってんのか!?

匿ってくれっつってその極悪面オヤジと転がり込んで来たのは、どこのどいつだと思ってんだ!」

ロディが慌てて頭を引っ込めた。

カウンター裏では毛布にくるまり蹲るサンダースが震え上がり、その隣ではトルーマンが十字架片手に祈っていた。




汚水の大洪水に見舞われた下水管から脱出できたのは、ロディの機転のお陰だった。

恐怖に錯乱しながらも、兄貴分+サンダース一行をなんとか「一番近い出口」まで導いたのだ。

だたし、「無事に」と言うわけには行かなかった。

それが店の主・カルメンの超絶不機嫌の原因だった。

「ったく、冗談じゃないよ!

鼻が曲がりそうに臭いずぶ濡れバカ共のお陰で店の中がメッチャクチャだ!」

カウンター越しに手を伸ばし、ナムからモップを奪い返してカルメンは掃除を再開した。

薄暗い店の奥からは、これまた不機嫌そうな女の声が聞こえてきた。


「まったくよね。アンタ達何してそんな有様になっちゃったワケ?

おまけにこんなケガ人連れて来て。ここは病院なんかじゃないのよ!」


出口から一番遠いテーブル席。そこで別の女が負傷したフラットの手当をしている。

鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)に切り裂かれた腕に包帯を巻く。その手つきは決して雑なものではなく、むしろ優しく丁寧だったが処置した後が悪かった。

「はい、お終い!」

包帯の上から傷口をポン、とはたいて席を立つ。

これには屈強なボディガードも苦悶の表情を隠せなかった。

バイオリンケースの男が陽気に声を掛ける。

「よう、ビオラ。今日もベッピンだな」

「あら、ありがと♡ テオさん、また来てくれてたのね?」

この酒場(バー)のウェイトレス・ ビオラ はニッコリ微笑んだ。

緩やかなウェーブを描くストロベリーブロンドの長い髪。雪のように白い肌に魅惑的な薄紫の瞳。

タンクトップの胸は谷間を覗かせ豊かに弾み、ホットパンツの腰は歩みに合わせて妖しく揺れる。

ボーイッシュなカルメンとは対照的。ビオラは微笑に甘い色気を纏うすこぶる付の美女だった。


「ごめんなさいね。今日はおバカなガキンチョ共が押しかけてきてゴタゴタしてるの♡」

「だから、俺たちも被害者だって言ってんだろ!?」

シナを作ってテオに媚びるビオラにナムがもの申す。

「この極悪面オヤジ共のせいで、得体の知れねぇ連中に殺され掛けたんだぞ!?」

「「お黙りっっっ!」」

カルメン・ビオラが同時に叫ぶ。

怯えるサンダースを指さし喚くナムの主張は、情け容赦無く一蹴された。


「ナニが被害者だ、このチンピラ!

殺され掛けた?日頃からロクなことしないからそんな目に遭うんだろーが、アホンダラ!」

「働きもせず遊んでばっかの盆暗アンポンタンが生意気な!

大きな口叩いてんじゃないわよガキのくせに!」

「脳みそ空っぽだし甲斐性は無いし着てるモンの趣味ときたら最悪だし!

何なのいったい?!恥ずかしい!」

「そのジャケット!靴!帽子!アンタ、頭にカビでも沸いてんの?!理解不能だわ、最悪よ!」

「あ~も~、迷惑だったら!とっとと出てけ疫病神!」

「ほんっと最低!営業妨害にもほどがあるわ! 」


・・・情け容赦ない罵詈雑言。

般若の形相でなじり飛ばす女2人の攻撃に、ナムは気圧され後ずさる。

カウンター裏ではロディがビビって硬直し、サンダースが毛布をかぶって半ベソかいた。

「あの、すみません・・・。」

聞くに堪えなくなったのか、トルーマンが恐る恐る立ち上がる。

彼は十字架を握りしめ、カウンター裏から歩み出た。

「この度は、その、ご迷惑をおかけして・・・。

状況が落ち着きましたら、すぐにでも退散しますので・・・。」

女達の罵声がピタリと止んだ。


「いいんですのよ、お気になさらないでっっっ!♪♡」


2人の声もさっきよりかは高くて可憐で甘ったるい。

鬼の形相も一変した。トルーマンに向けられたのは眩しいほどの輝く笑顔。しかし両目はロック・オンした獲物を見据る肉食獣を思わせた。

トルーマンは 男前 である。

下水管での修羅場で神に祈って現実逃避する不甲斐なさを醸しはしたが、見た目はなかなかのいい男。

しかも本日着ているスーツは結構お高いブランド物。

見目良し、趣味良し、金も有り♡

そう判断した女達は見事なくらい豹変した!


「聞き分けのない近所のガキを、ちょ~っと叱ってただけなんですのよ♡」

「お困りなんでしょ?

あ~ん、可哀想♡ お力になりますわぁ♡」

「危ない目に遭ったんですって?

大変でしたわね、おいたわしい♡♡♡」

「いつまででもここにいらしていいんですのよ、オホホホホ♡♡♡」


ここまで露骨に差をつけられるとエゲツないのを通り越す。

むしろわかりやすくて清々しい。ナムは足下で蹲ってるサンダースを見おろした。

「オッサン、コイツらに『ナントカボンバー』ちゃんの爪の垢でも飲ませてやってくれよ・・・。」

「無理。俺、怖い・・・。あと、『キューティーボンバー』な・・・?」

「いや、だからなんで仲良くなってんッスか?」

ロディが小声で突っ込んだ。

肉食系美女2人が繰り広げる、熾烈な色男争奪戦。

その凄まじさは傍観者達に奇妙な仲間意識を芽生えさせていた。


バイオリンケースの男・テオが苦笑した。

彼は棚から勝手に酒瓶を取り、栓を開けてぐいっとあおる。

「ここのおネェちゃん達が男取り合って騒ぐのはいつもの(こっ)た。

ま、ゆっくりしてけ。安酒しかねぇシケた酒場だ、隠れるにゃぁ丁度いいだろ。

何しでかしたかは知らねぇが、少なくともここに居りゃぁ安全だからよ。」


「いや、出て行く。

ここは安全な場所ではない。むしろ危険だ!」


返事をしたのはフラットだった。

奥のテーブルから立ち上がった彼は、テオを見据えて身構える。


「お前・・・ プロ だな?」

「へぇ、やっぱり解るのかい?

そういうアンタも同業者らしいけどな。」


テオはニンマリと笑った。

飲みかけの酒瓶をカウンターの上に置き、バイオリンのケースを持ち上げ開く。

入っていたのは、優雅な音を奏で聞かせる弦楽器などではない。

銀光りする大型の 自動繰銃 だった。

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