帝国を継ぐ者
モニターの画像が切り替わった。
安っぽい壁紙のどこか地方のニューススタジオを思わせる背景の前に、簡素なデスクが設置され旧式のマイクが一つ置かれている。
少し離れた所で誰かが会話しているのが聞こえる。打ち合わせでもしているようだ。
やがて品のいいスーツを着た男が画面左から現れ、デスクに座ってマイクと向き合った。
『・・・先ず以てお断りしておきましょう。』
低いがよく通る声で男が言った。
『これは宣戦布告ではない。我々は戦争など決して望んでいない。ご理解頂きたい。』
男は意を決したように俯き加減だった顔を上げた。
年齢は30代後半と思われる。政見放送のように上半身しか映し出されていない画像からは詳しく判断出来ないが、大柄で立派な体格のようだ。
黒々とした髪をすっきりと刈った、精悍な顔つき。小さめの目だがいわゆる「目力」があり、強靱な意志と決意を感じさせた。
『私の名は、ターク。性はありません。リーベンゾルで生まれました。』
男は真っ直ぐ前を見つめながら語り出した。
『私の父は(ここで少し言いよどんで)、ゴルジェイ。
リーベンゾル・ゴルジェイです。
彼が私の実父であると言う事は紛れもない事実です。6年前の地球連邦による我が国への攻撃で、出生証明もDNA鑑定結果も燃えて無くなり証明できる物は何もありませんが・・・。
強いて証明するとすれば、父に似てしまった容姿、と言った所でしょうか?』
タークと名乗った男は悲しそうに微笑んだ。
「そんなに似てるの?」
フェイが小声でリーチェに聞いた。
リーチェは小さく首を横に振る。
「わからないわ。ゴルジェイは滅多に公の場に現れない男だったから・・・。」
タークはそういった視聴者側の戸惑いと疑念に答えるように、言葉を繋ぐ。
『もちろん似ているだけでは証明にはならない。整形で意図的に顔を似せることだってできる。
もし連邦政府側が調査と鑑定を求めるのなら私は逃げも隠れもしない。
彼らからの要請はいつでもお受けしよう。DNA情報の提供も辞すつもりはない。』
男らしい、毅然とした態度だった。
カルメンとビオラがポッと顔を赤らめる。いい男に敵味方無しだなんて、まったく悪い病癖だ。
『今日、私が名乗りを上げたのはここに「リーベンゾル帝国」の復興を宣言する為です。
我が祖国リーベンゾルは、私を元首として今、蘇ります!
そして先の大戦のにおける我が国の愚行を謝罪し、リーベンゾルの民と太陽系全ての人々への贖罪を宣誓いたします!』
ダークは高らかに宣言した。
太陽系中を揺るがす大事件である。
「リーベンゾル」の名を口にするのも憚られるご時世、この映像が連邦政府の許可を得て放送されているとは思えない。政府も軍も今頃対応に追われ大混乱になってはずだ。
(面倒な事になったなぁ・・・。)
ナムは暗い予感に気落ちした。
「大戦」終結当時、ナムはまだ7歳だった。
ナムが生まれた地球は比較的安全で戦災が少なかったため、「大戦」の事は「人類総人口が半数以下になった」くらいにしか認識がない。今なお太陽系中に生々しく残る「大戦」の傷跡を目にしたのは、諜報員見習いになってからだ。
だからリーベンゾル帝国にもゴルジェイにもそれほど畏怖する気持ちがイマイチ持てない。
(世界情勢ってヤツが荒れると厄介なミッションが増えるんだよな。また忙しくなっちまう。)
ナムがこの「大戦再来の危機」といえる事態に抱いた思いは、まだその程度でしかなかった。
モニター画面ではタークの演説はまだ続いている。
『元・元首の間違った思想が太陽系中にもたらした被害は甚大です。
その罪を継承し、可能な限り贖罪をさせていただく事こそ我が国の再建に必要不可欠と考えます。
特に「後宮」と呼ばれていた施設で被害に遭われた方々への償いは最大の誠意をお見せする所存です!』
タークの顔が激しい怒りと沈痛な苦悩に歪む。
しばしの沈黙の後、彼は強く声を張り上げた。
『どうか、被害者の方は是非名乗り出て頂きたい!
今更「後宮」での辛い体験を思い起こさせることは非常に心苦しく思います。
しかしその想像を絶する惨苦に酬い、今後幸多き人生が送れるよう国を挙げて保証・援助させて頂くことをお約束いたします!』
タークの表情は悲壮な決意で引き締まっていた。
ドサ!!
突然、何かが床に落ちた音がした。
半ば呆然とモニターを凝視していたメンバー達がハッと我に返る。
食堂の入口にモカが佇んでいた。
彼女の足下には宇宙通販「ジョボレット」の段ボール箱。落ちた拍子に箱から飛び出したビニール梱包されたままの衣類が散乱している。
「あら、どうしたの?」
モカの後ろから同じ段ボール箱を抱えたサマンサ入ってきた。
2人はさっき届いた宇宙通販の荷物を開封・仕分けしていたようだ。臨時ニュースの内容は、まだ何も知らない。
「モカ?」
サマンサが入口に立ち尽くしたまま動こうとしないモカの顔をのぞき込む。
そして、その異常さに顔色を変えた。
モカは石のように固まっていた。
両手はまだ段ボール箱を抱えているように掲げたまま、顔色は真っ青で唇まで紫色になっている。
食堂内にいるメンバー達全員の訝しげな目線にまったく気付かない。それどころか、すぐ側に居るナムの存在も心配するサマンサの声も認識してないようだった。
目を割れんばかりに見開いて、壁に掛かったモニター画面、映し出されている男を凝視する。
びっしょりと冷や汗かいたか細い身体がガタガタ震え痙攣した。
「モカ!あなたどうしたの!?」
サマンサが肩に掛けようとした手は、引きつった悲鳴があがるのと同時に乱暴に振り払われた。
驚いたサマンサの腕から段ボール箱が飛び、中身が床に散乱した。
大きく腕を振った弾みで体勢を崩したモカが、ナムの足下に倒れこむ。
「モカ!?」
慌てて助け起こそうと、ナムが右手を差し伸べた時・・・。
「いやあああぁぁーーーーー!!!!」
絶叫が迸る!
モカは髪を振り乱して錯乱し、ナムの手から逃げ出した!
悲鳴をまき散らし這うように壁際に逃げ、壁に背中が当たってもまだ遠ざかろうと足をバタつかせてもがき、声を枯らして泣き叫ぶ。
まるで恐ろしいバケモノでも見たかのような錯乱状態。あまりひどいモカの有様にどうしていいかわからず、メンバー達はただ呆然と立ち尽くす。
やがてモカは震えてこわばる自分の身体を抱きしめうずくまった。
どうやら軍か政府の横やりが入ったらしい。食堂壁のモニター画面はいつの間にかブラックアウトしていた。
静まり返った食堂内に、モカの浅く苦しげな息使いだけが重たく響いていた。
「どけ!」
呆然とモカの姿を眺めていたナムは、肩を掴まれ乱暴に押しのけられた。
リュイが来ていた。
彼は入口からグルリと食道内を見回した後、隅でうずくまるモカに目をとめる。
そして無言でつかつかと歩み寄ると、モカの腕を掴み無理矢理引っ張り立たせた。
「飯はいらん。後は好きにしろ。」
そう言い捨てて、リュイはそのままモカを引きずり食堂を出て行ってしまった。
メンバー達は言えず、ただ呆然と2人が出て行った食堂の入口を眺めるばかりだった。
『次の曲行っくよー!最後まで楽しもうねー!』
「ぎゃー!!!」
突然聞こえた脳天気な少女の大声にルーキー達が悲鳴を上げて飛び上がる。
モニター画面が再び「カタストロフィP」のライブ放送に切り替わっていた。
満面の笑顔でリリアンちゃんが手を振っている。ステージで躍る少女達は舞台衣装が変ってより生足露出度の高い衣装になっていたが、アイザックはもう彼女達を見ようとしなかった。
マックスが緩慢な動きで手近にあったリモコンを取り、モニター画面をOFFにする。
「飯にしてくれ、ハニー」
リーチェがハッと我に返ってキッチンへ足を向け、他のメンバー達も表情を固くしたまま、それぞれ近くのテーブルに着いた。
ナムだけが入口近くで呆然と佇んだままだった。
状況がまったく理解できず、差し伸べ拒まれた自分の右手を見つめて途方に暮れた。
目の前に倒れたモカを助けようとした時、彼女が見せた激しい拒絶。
錯乱したモカが叫んだ瞬間、胸に激しい痛みが走った。
それは締め付けるようにいつまでも痛み続けている。
ナムは自分の右手を握りしめた。




