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ミッションコード:0Z《ゼロゼット》  作者: くろえ
シャワールームの共闘
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合い言葉の意味

『・・・一昨日武装した窃盗団に押し入られた、マルス郊外工業地帯のバイオテクノロジー研究所で、今日未明、大規模な爆破事故が起りました。

警察は詳しい原因を調べていますが、窃盗団が持ち込んだと思われる爆発物が、事件後の現場検証で発見・回収できずに何らかの原因で爆発したものと思われるとのことです。

これにより研究所施設のほぼ全てが全壊、現在爆発に巻き込まれた被害者の有無を確認中です。

なお、爆発時に巨大なキメラ獣が奇声を上げながら暴れているという目撃情報もあり、警察は因果関係を調べています。』

テーブルの上のモニター内で、昨日のニュースキャスターが傭兵達の「仕事」を伝えている。

リュイは昨日と同じくソファに座り、モニターを眺めていた。

「まさかこれ、俺の事か?」

リュイの横で立ったまま缶ビールをあおっていたマックスが心配そうに聞いた。

十中八九そうだろう。テオヴァルトが仕掛けた爆弾とリーチェの対装甲車用ミサイル3連ランチャーが織りなす爆破音に負けない高笑いで施設を破壊しまくってたのだから。

でかい図体の割に繊細なマックスが落ち込むと正直うっとうしい。

リュイは「気にするな」としか言わなかった。


一昨日一晩の内にバイオテクノロジー研究所は、火星上から消えた。

太陽系最強の傭兵と恐れられる男の腹心達は研究所を襲撃、微塵の容赦もなく施設を破壊した。

この派手な襲撃で怒れる傭兵達から集中砲火を浴びたのは、コンポンが「エゲツねぇ」と感嘆した機材倉庫。瞬時で不洛の要塞化する鉄壁の防御システムも虚しく、建屋はもちろんその地下に潜んでいた軍事用キメラ開発施設まで、完膚なきまでに破壊し尽くされた。

あとは放っておけばいい。アルバーロの口封じでわざわざ起こした偽装が仇になる。

「窃盗団押込事件」でメディアの注目が集まっていたところへの爆破事件、マスコミが喜んで研究所の「闇」を白日に晒してくれるだろう。


しかしこの派手な破壊工作の一方で、もう一つとんでもない事が起きていたのに気づく者はいない。

報道各社が地球連邦政府軍火星駐屯ベース基地の奇襲を知れば、いったいどんな反応をするだろう?

「そっちは報道なし、か。軍の野郎共に隠蔽されたな。」

「野暮用のついでだ。大した事じゃない。」

リュイはマグカップのコーヒーを飲み干した。

(よく言うぜ。この朴念仁!)

マックスは空になったビール缶を握りつぶした。

相手は地球連邦政府軍である。違法の軍事キメラ開発組織と闇取引するような腐った連中でも、叩くとなれば生きて帰れる保証はない。

運良く命あっても、ありとあらゆる手段で身元を洗い出され太陽系中に指名手配される。どのみち、まともには死ねない。

(だから俺らにも黙って1人で「仕事」したんだろうがよ。

まぁ、こいつのこったから証拠残すなんざヘマはしねぇだろうが。)

施設倒壊3棟、戦闘機5台大破、装甲車は全てスクラップとなり、死者はいないが重軽傷者85名。重傷者のほとんどは士官クラスの者達で、基地司令官は全治3ヶ月。

件の研究所との闇取引証拠を押さえ、関係者を1人残らず捕縛。エメルヒに仲介役をやらせて一連の騒動関与の黙殺を条件に、そいつらを軍公安局に引き渡した。

無能さを醸すようなものだ。連邦政府軍もこんな大惨事を世間様に言えるわけがない。

ましてや、たった1人の傭兵にここまでしてやられたなどと・・・。

「モカを呼べ。コーヒー淹れさせる。」

リュイがマグカップを置き、行儀悪くテーブルの上に投げ出していた足で隅に押しやった。


火星の地平線に太陽が沈みつつあった。と言っても、本物の太陽は4億弱Km離れている。今沈みゆく太陽は、火星をテラフォーミングする際に作られた人工太陽だ。

命の営みなどほとんどない赤い荒野がしだいに闇に飲まれていく。後に残るのは不気味に吹きすさぶ風の音のみ。開拓を諦め見捨てられた大地が泣いているようだ、と表現する人もいる。火星の夜は暗く冷たい、どこまでも続く虚無の世界である。

ナム達は基地への帰路の途中、荒野の真ん中で4駆のバギーを止めしばらくこの光景を眺めていた。

「この景色見てるだけで、身体が内側から凍りそう・・・。」

「でもこの夜の世界が本当の火星なのかもしれないわ。人が造った太陽じゃ充分暖まらないのね。」

ビオラは自分が着ていたパーカーを脱いで震えるシンディの肩に掛けた。

「ロディ運転代ってくれ。4輪の運転は面倒くせぇよ~。」

街で買ってきたハンバーガーをかじりながらナムがぼやく。

「ナムさん街行く時はいっつも単車ッスもんね。でも嫌ッス。このバキ-、ギア重いんッスもん。」

「俺!俺運転する!!!」

コンポンが元気に手を上げた。

「却下。お前まだガキンチョだろーが!」

「ロディさんだって15歳だろ!?俺とあんま変んないじゃん!免許だって持ってないし!」

「俺はASだから『ドーロコウツウホウ』なんて関係ないんだよ。この場合関係あるのは、身長!」

「そーそー、130Cmじゃギアまで足届かんの!」

じゃれ合う舎弟達を眺めるカルメンが苦笑した。

(・・・まったく、世話の焼ける「弟」だよ、あいつは。)

別のバギーの運転席、開いたルーフから身を乗り出した姿勢でカルメンはしばし思いふける。

(今回は本当に焦ったわ。

でもあいつを撃たずに済んで本当に良かった。そうなっていたら()()()がどんなに悲しむか・・・。)

カルメンには、それが少し、ほんの少しだけ悔しい。

基地まであと小一時間も走れば到着する。夜の火星は危険だ。そろそろ出発しないと。

そう思って運転席に腰を下ろした時、耳のピアスが鳴った。


Call(伝令)

遅くなってごめんなさい。ミッションコンプリート、コングラチュレーション!』

モカだ。カルメンは返礼した。

「コングラチュレーション、モカ。どういうことか説明してもらえる?」

『バイオテクノロジー研究所は、もうありません。』

「・・・素敵ね。」

『傭兵部隊の「仕事」です。

現地で回収した諸々の情報をエメルヒ経由で連邦政府に売却、それでミッションコードが付きました。

コンプリートが遅れたのは、報酬の交渉で手間取ったからです。スミマセン。』

「なんで今、コンプリートなの?ミッション、完了したのはずっと前だったよね?

フェイが運転席の窓をのぞき込んできた。

「ミッションコードの付いた作戦が本当に完了するのは、無事に報酬を手にいれてからなのよ。」

ビオラが助手席に乗り込みながら説明する。

「つまりあの禿ネズミが、こっちの言い値をセコく値切ってきたのね。サイテー!」

『でも、結局言い値は通りました。今回の報酬、大きいですよ!』

「やったぁ!」

これはコンポンの喜びの声。シンディも嬉しそうにロディと顔を見合わせ、ニッコリとした。

一方、フェイはまだ何か聞きたそうだった。


「ねぇ、じゃあ何で、『おめでとう』なの?

何でいつも作戦が終わったら、コングラチュレーション、なの?」


はしゃいでいたコンポンとシンディが「ん?」とフェイを振り返る。

カルメンもビオラもお互いの顔を見合わせて困惑した。ロディもごんぶとの眉根を寄せて考えこむ。

・・・そういえば、なんでだ?

これはミッション終了後の合い言葉のようなもので、深く考えた事なんか一度もない。

全員が押し黙ってしまう中、子供の疑問に答えたのは通信機の向こうにいる、モカだった。


『局長がずっと昔から言ってた言葉だよ。いろんな意味があるそうです。

「作戦終了おめでとう」「無事完了おめでとう」「やり遂げておめでとう」あと・・・。

「生き残っておめでとう」。』


最後の一言に、全員がギョッと自分の通信機を見た。


『私たちが請負う「仕事」には危険がつきものです。

それを忘れず決して命を軽んじないようにって、「仕事」の最後の合い言葉にしたって聞きました。

でも最初に言い出したのは、私、なんだそうです。

局長のマネして「仕事」から帰ってきた傭兵部隊の皆さんに言ったって。

よく・・・覚えてないんですけど・・・。』


カルメンが運転席に乗るバギーの周りに集まった仲間から離れ、ナムは1人自分のバギーにもたれたまま通信を聞いていた。

モカの声で「局長」の言葉を聞くと何となく胸がモヤモヤする。どうしてもシャワー室でモカの痕跡を隠蔽したリュイの姿が頭をよぎる。

何でモヤモヤするのかは、よく分からないのだけども。

『改めまして、ミッションコンプリート、コングラチュレーション!

皆さん、気をつけて帰ってきてください。』

「コングラチュレーション!」

仲間達が笑顔で合い言葉を言い合い始める。

「・・・コングラチュレーション」

ナムもマヌケ般若の通信機につぶやいてみた。

返事は、ない。少しだけ胸が痛かった。

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