政府公認の暗殺者達
リュイの司令は通常副官・マックスを通してカルメンやナム達に伝えられる。命令系統を明白にし、上下関係をはっきりさせる為だ。
だから希に敬愛するリュイから直接指令を受けた時のカルメンの意気込みは凄まじい。これがまた非常に厄介だった。
「よっしお前ら!なんか1個でもミスりやがったらただじゃおかないからな!!
ロディ!ありったけのスパイ・ビー用意しな!
チンピラってのは逃げ足が速いんだから、見逃したりしたら承知しないよ!!
ビオラ!あんたが引っかけた男だろ、どこに居るかくらいチャンと聞いてないの!?
ったく、使え無いったら!
おい、リグナム!!今度という今度は、勝手なマネしたらぶっ殺すよ・・・?」
げんなりするメンバー相手に司令だか文句だかわからない口上をまくし立てていたカルメンが、急に口をつぐんでしまった。
こんな時一番に、しかも同じテンションで反発してくる弟分の様子が、明らかにおかしい。
深刻な顔でむっつりと押し黙り、壁にもたれて突っ立ったままなのだ。
「リグナム、どした?」
「・・・へ?」
ナムがハッと顔を上げる。
「い、いや、別に・・・」
「あんた、ご飯抜きすぎて低糖症にでもなっちゃった?しっかりしなさいよ。」
「・・・。」
心配するビオラの声かけに返事はなかった。
何があったかはわからないが、こんなナムは見た事ない。普段、陽気でうるさいほど明るいヤツなのに、どうしたんだろう?
はっきり言って不気味である。あれだけ懐いているルーキー達でさえ、気味悪がって近づかない。
カルメンはビオラ、ロディと隅に集まってこそこそ相談し始めた。
彼らが今いるのは中央都市マルスの2番街裏路地。いかがわしい風俗店が並ぶ繁華街である。
バギー2台に分乗して基地を出発したのはキメラ植物獣の襲撃から一夜明けた早朝。最高速度で荒野を突っ走ったが、マルスにたどり着いた時にはもう午後になっていた。
ビオラが仕入れた情報では、連中はこの辺りで小さなマフィア・ファミリーの下っ端で、違法カジノや売春宿を経営しているのだという。これ以上の情報がないので手分けして探す事にした所だった。
ナムにいったい何が起ったのか?
2人の姉貴分と舎弟はしばらくボソボソ話し合うが、誰も理由がわからない。
埒があかない。カルメンは開き直った。
「ま、まぁ何だ。とにかくアクション起こそう。
3手に分かれてターゲットを捜す。ルーキー達は1人ずつ連れて行く。いいね!?
リグナム、通信機は?」
「・・・ある。」
ナムはマヌケ顔般若の腕時計をした手を振って見せた。基地を出る前ロディに大急ぎで通信機に改造してもらった物だ。
「よし。何かあったらすぐ通信よこせよ。フェイ、アタシとおいで!」
カルメンは空振り気味の元気で言い放ち、振り向き歩き出す。
しかしいきなり路地の角で走り込んできた男達とぶつかりそうになった。
「気をつけろ、この野郎!」
先頭を走ってきた男が怒鳴った。
この言葉に自称「その辺の男にはもったいないほどのいい女」が瞬時にキレた。
「誰が『野郎』じゃこの腐れ外道があぁあ!!!!」
「ひぃぃぃぃいぃぃぃいいぃぃ!!!!?」
いい女あるまじき形相で胸ぐら掴んで咆えるカルメンに、男が乙女のような悲鳴を上げた。
「あら、今の悲鳴って・・・?あんた達、昨日のチンピラ!!」
ビオラが目を丸くして叫ぶ。
その場の全員の目が、同じように丸くなった。
「公安局、ですって!?」
ビオラが驚き聞き返す。
「はぃ。ファーザー(親分)達がもうとっ捕まって・・・。」
乙女悲鳴の兄貴分が涙ぐむ。
チンピラ達は地裏の地べたに正座させられ尋問されていた。
彼らがビオラにコテンパンにされたラブホテルの部屋から脱出したのが深夜遅く。
キメラ細胞を奪われた失態をファミリーに知られるとヤバイ。このまま逃げようかと思ったが、現金は小銭に至るまでビオラに巻き上げられて無一文だった。
事がバレる前にファミリーの誰かから金を借りて逃げようと思い立った。
ところがアジトにしている某不動産会社事務所に帰ってみると、会社前に不審な車が3台も止まってる。
嫌な予感にかられた。
会社内に入るが躊躇われしばらく様子を伺っていると、ファーザーとファミリーの仲間達が目立たない色味のスーツを着た男達と連れだって出てきた。
この3人、マヌケだが一応裏社会の人間である。スーツの男達の正体は一目でわかった。
地球連邦政府軍特殊公安局。
表向きは連邦政府加盟国の治安維持のため反社会集団への諜報活動を行うだけの組織だが、実態は大きく違う。
連邦政府に不利益を被る事件や事故、内乱や紛争などを闇に葬る特殊工作員。極秘暗殺のプロでもある。
ファーザー達は、車に押し込められて連れて行かれた。
強制連行である。もう二度と会う事は、ない。
「早っや!さすがね、もう動いてるんだわ!!」
ビオラが半ば呆れた様につぶやいた。
「た、助けてくださぁい!!殺される、殺されちまうよぉ!!」
乙女悲鳴の兄貴分がボロボロ泣きながらビオラ足下にすがりついた。
手下2人も怯えてシクシク泣き出した。公安局はどんな極悪人でも形振り構わず取り乱すほど恐ろしい連中なのだ。
昨日終了したミッションで、ビオラはこのチンピラ達をハニートラップで陥れ証拠の細胞を入手した。
しかしチンピラ達から取引先が「軍関係」と聞いた時、すぐに以上深入りするのは危険と判断した。
あのバイオテクノロジー会社の闇は深い。暴けば間違いなく公安局が動く。
彼らは連邦政府に害なすものに容赦無い。このチンピラ達も捕まれば命はないだろう。
(局長は、こいつらを連れてこい、と言った。助ける為だったのね・・・。)
ビオラは優しく微笑んだ。
「大丈夫よ、私達といらっしゃい。心配しないで、助けに来たの。」
「ほ、ホントですか!!?」
「いや、ダメだ!」
チンピラ達の喜びに水を差したのは、カルメンだ。
「・・・囲まれてる。」
ヒッとチンピラ達が息を飲んで縮こまり、ルーキー達はきょとん、と渋面のカルメンを眺めた。
訓練を積んでいるビオラとロディは努めて平静を装い、周囲に意識を向ける。
渋めのスーツを着た男達の姿が数名確認できた。それぞれ開店し始めた酒場や風俗店を物色する風を装いながら、一般人をさりげなく遠ざけつつ包囲網を狭めてきている。
「ロディ、リグナムとルーキー達連れてここから放れろ。基地へ帰れ!」
「このチンピラ達はどうするんッスか?」
「仕方ないが引き渡すしかない。もうアタシらじゃ助けられない。」
カルメンの顔に悲痛な色が浮かんだ。彼女が諜報部隊の指揮官である理由は、こういう非情な判断ができるからだ。
ざっと数えて公安局員の数は全部で5人ほど。諜報機器を隠し持つロディが捕まれば、言い逃れは出来なくなるだろう。
いらぬ腹を探られる前に、可哀想だがミッションを諦めチンピラ達を引き渡すしかなかった。
カルメンは決して冷酷ではない。しかし指揮官は時として残酷な司令を出さなければならない。
ビオラは悪党には厳しいが、弱者や年少者に優しすぎるところがあり、それが出来ない。
局長・リュイはカルメンに諜報部隊指揮官を任せるにあたって、二つの事を厳命した。
一つは「部下を守る為ならミッションを捨てろ」。
ミッション完遂の為なら自分や部下の命を削るのが傭兵や諜報員達の定めだが、リュイはその真逆を行えと言い渡した。
プロあるまじき行為だが、リュイの真意を思えばつまらないプライドは捨てられるし、弱者を見捨てる罪悪感にも耐えられる。カルメンにとって、リュイの存在は絶対だった。
しかしもう一つの「厳命は」・・・。
それを実行に移さねばならない事態だけは、避けなければならない!
カルメンは唇を噛みしめた。
突然、ロディが声を張り上げてカルメンに礼を言う。
「・・・どうも、ありがとうございました!いや~助かったッスよ。」
わざとらしい笑顔でキョトンとしているルーキー達に振り返り、正座しているチンピラ達を指さした。
「こら、勝手にうろちょろするからこういうチンピラ達に絡まれるんだぞ!
お前らみたいな子供は狙われやすいから気をつけろって言っただろ!」
演技である。ルーキー達がチンピラにさらわれそうになった、という設定らしい。
シンディとコンポンは困惑してお互いの顔を見合わせたが、緊迫した空気を読んだフェイが辛うじて合わせてきた。
「だって・・・そだ、ご飯!ご飯奢ってくれるって言うんだもん。」
「ったく。ま、無事で良かった。さ、兄貴!(と、ナムの方を向いて)早く行きましょう。ここにはもう用はないッスよ。じゃ、ありがとうございました~!」
3人を連れたロディがそそくさと表通りの方へ足を向けた時。
しかも、ほんの一瞬の事だった。
「・・・リグナム!!!」
「だめ!!!」
カルメンとビオラが同時に放った絶叫。男達のどよめきと激しい打撃音。
ロディの目の前でショボい酒場の吊り看板に穴が穿たれ煙が燻る。
驚いたロディ達が振り向いた。
棍棒を振りかざしたナムがスーツの男達に立ちはだかっている。
足下に顔が大きく歪めた男が倒れ、カルメンとビオラはナムを止めようと手を伸ばした姿勢で固まり、正座したままのチンピラ共は恐怖で身を寄せ合って震えている。
「・・・てめぇ、俺の舎弟に何しようとしてくれてんだ!!!」
ナムが咆えた。張り詰めた空気がビリビリと震え、チンピラ達が「ひぃ!」と悲鳴を上げた。




