美しき暗殺者
JKアイドルユニットを巡る騒ぎに乱入してきた謎の不審者。
彼が小部屋の扉を開け放ったお陰で、室内の様子がよく見えた。
いったい何の作業に勤しんでいたのかは不明だが、錆びた鉄製テーブルの上にノートPCが幾つも置かれている。
入口から煌々と光るモニター画面が丸見えである。その画面の一つに電子メールの内容とおぼしき文章が映し出されていた。
『明日早朝4時までに、マネーカード300枚と、『例のモノ』を持参せよ。
さもなくば、このマッシモに未来はないと思え。
同志はすでに武器を手に取り出発した。
貴様の愚行のせいで、地球連邦の歴史あるこのコロニーは宇宙の藻屑となりはてるのだ!』
「うわぁ・・・。」
ロディがごんぶと眉毛を潜めた。
表情を曇らせる弟分とは対照的に、兄貴分は吹き出した。
「 あっははは! ヤッベーよコレ、テロの脅迫だぜ! ♪」
「いやコレ、笑えないッスよ。明日の朝って書いてあるし。」
「マジなわけねーじゃん、マンガやドラマじゃあるまいし。
わはははは!♪今時こんなンする奴いるんだな!アホらしすぎてマジウケる!」
タチの悪い冗談だと思ったらしい。ナムはPCモニター画面を指さし笑う。
しかし。
彼のすぐ隣で喉を鳴らして悲鳴を上げる男の顔は蒼白だった!
「ひぃ?!そのメール文は!!?」
アイドル狂の不審者の異常な語りがピタリと止った。
「あ~ぁ。見ちゃったんだ。 命、無駄にしたねぇ。」
不審者はガラリと表情を変えていた。
猫背気味だった背筋も伸ばし、身振り手振りの熱弁でズレた眼鏡をかけ直す。
声色までが別人のように渋みと深みを増している。
「へ?なに、どゆこと?」
ここまで変ると不穏で不吉。サンダースと一緒に小部屋をのぞき込んでいたチンピラ兄弟が狼狽えた。
その時だった。
異常事態を傍観していたフラットは、何かを察して振り向いた!
(・・・!? 誰か来る?!)
首筋がひりつくような威圧感と強烈な殺気!
考えるよりも身体が動いた。銃のセーフティを外すと同時に、その銃口を闇の彼方に突きつけた!
「あら、優しいのね。
その銃、坊やに向けてた時はロックしたままだったの?」
女の声が聞こえた。
闇の中から近づいてくる「敵」の気配に背筋が凍る。
やがて簡易ライトの乏しい光が「敵」を捕らえ、その姿を露わにした。
肩口まである艶やかな黒髪、知性を感じる青い瞳。
真っ黒なバトルスーツを纏った肢体は優美な曲線を描き、息を飲むほど艶めかしい。
滅多にお目にかかれないような、すこぶる付きの 美女 だった。
しかしその口元には美貌にそぐわぬ笑みが浮かぶ。
妖艶にして、残忍。
歪んだ美を持つ女の姿に男達の目が釘付けになった。
「 !!? アイアン・メイデン ・・・!?」
愕然となるフラットが思わず漏らした小さなつぶやき。
女の目付きが険しくなり、端正な顔から微笑が消えた。
「『あいあん・めいでん』って、なんだ?」
ナムが弟分に聞いた。
「大昔の拷問処刑器具だよ。『鋼鉄の処女』って意味だ。」
首を傾げるロディの代わりに答えたのはトルーマン。
十字架を口元に構えている。なるほど、今は「理不尽で不可解な状況」だ。
「そのおネェさんの『通り名』だよン。
それ言った奴は大抵二度と言えなくなっちゃうんだけどね~。
・・・君たち、ホントに命、無駄にしたねぇ。」
どうやら女は仲間のようだ。不審者がのんびりつぶやいた。
そして着ているジャケットの前をはだける。
ショルダーフォルスター収まった拳銃のグリップが垣間見え、チンピラ兄弟2人の顔から血の気が引いた。
(・・・見なかった事にしよう。)
2人がぎこちなく目をそらす。
すると今度は 鋼鉄の処女 と対峙するフラットの逞しい背中が見えた。
連邦政府補佐官のボディーガードを勤める男の肩が震えている。女が手に持つアサシン・ナイフの所為だろう。
簡易ライトの乏しい明かりにギラギラ光るナイフの刃は、20cmを有に越えてる危険極まるものだった。
「マジっスか・・・?」
ロディが絶望的な声でつぶやいた。
「 逃げろ !!!」
フラットが叫び、女が地を蹴り走り出し、不審者がフォルスターから銃を抜き構える。
それらはほぼ同時だった。
「わあぁぁあ!」
ロディが悲鳴を上げてナムの腰にしがみついた。
その勢いでバランスを崩し、ナムは通路の固い床に尻をしたたか打ち付ける。
バァン!
不審者の銃が火を噴いた!
すっ転んでしまわなければ頭に風穴が空くところだった。ナムを狙った凶弾はピンクのシルクハットに穴を穿ち、あさっての方向へ飛んでいく。
ギィン、ギィン、と金属を弾く不快な音が、配管内にこだました。
「アイザック、銃は止めなさい!この下水道はセラミック配管なのよ、跳弾するわ!」
「ごめんね~、サムちゃん。避けられちゃうとはと思わなかったんで~。」
鋼鉄の処女の叱責に、不審者改め アイザック の銃が再び兄弟に狙いを定めた。
ナムはロディを背後に庇い、へたり込んだまま後退る。
「あ、あちらの美人は拳銃ご使用を控えろとおっしゃってますが?!」
「そだね~、でも俺ナイフとか苦手なんだ~。あんな風にはとても立ち回れないよ~。」
アイザックが軽く顎をしゃくる。
簡易ライトの明かりが照らす、女とボディガードの攻防戦。
兄弟達の背後では、壮絶な修羅場が繰り広げられていた。
髪を振り乱した女がフラットに襲いかかる光景は、凄まじいの一言だった。
ナイフが鋭く空を切り、フラットの銃がそれを受ける。白刃が銃身に激突する都度、派手に飛び散る刹那の火花が女の美貌を妖しく照らす。
女は笑っていた。とても楽しげに、残虐に。
息つく間もなく切り込んでくる猛攻に、フラットは防戦を強いられ続ける。
まるで美しくも獰猛なネコが、か弱い獲物をいたぶっているかのようだった。
「跳弾するって言われても、困っちゃうんだよね~。
若い子達は元気に避けちゃうから、こっちから始末しようかな~。」
間延びした口調からは想像も出来ない素早い動きだった。
アイザックが身を翻し、呆けた顔でへたり込むサンダースへと襲い掛かる!
「ひぇえ!?」
あっという間にサンダースは捕まった。
腕を背後に捻り回され、下水道管の汚れた地面にねじ伏せられる。
「ひいぃ!い、いくらだ!? いくらで助けてくれる?!」
サンダースがヒステリックに喚き散らす。
「お前達が どっちの者 かは知らんが、金ならいくらでもやる!
頼む、殺さないでくれ助けてくれ!!!」
必死の訴えは無視された。
アイザックの指が再び銃のトリガーに掛かる。
汗でぎらつく禿げ上がった頭に冷たい銃口が押し当てられた。
「・・・補佐官!?」
視界の端でそれを捕らえたフラットが肩越しに振り返る。
一瞬の隙が危機を招いた。利き腕に鋭い痛みが走る。
ガツン、と重い音がした。思わず放してしまった銃が闇のどこかに落ちたのだ。
「あら残念。腕を切り落としてあげたかったのに、ちょっと切り込みが甘かったわね。
利き手がなければ銃は使えない。あんな間抜けのボディガードなんて、金輪際しなくて済むわ!」
女が一層楽しげに笑う。フラットは唇を噛みしめた。
この女は、強い。
自分ごときが勝てる相手ではなかったのだ。
(くそ!殺り合うから解っていたが、ここまで差があるとは!?)
鮮血滴る腕を押さえ、戦う術を失ったボディーガードは女を見据えて立ち尽くした。
絶体絶命のボディーガード。一方、その主たる男は見苦しいにもほどがあった。
媚びる、へつらう、泣き喚く。形振り構わぬ命乞いは、むしろ滑稽でもあった。
「や、止めろ助けてくれ!
私が悪いんじゃないんだ!あいつらが急に値を上げてきて・・・!」
「はいはい、もういいから黙んなさい。
そいじゃ、お休みなさ~い♪ ・・・って、うわ!」
急にアイザックが体勢を崩した。
ナムが飛びつき、アイザックの腕にしがみついたのだ!
「止めろ!こんなオッサンでも殺しちゃ後味悪ぃだろ?!
しかも化けて出たらどーすんだ!?気色悪ぃだろマジで!!!」
「同感だけど、ちょ、アブナイ!危険だから放しなさいって!」
バァン!
もみ合う内に銃が暴発、サンダースの頭を際どく掠めた弾丸が、ナイフを繰り出す女を襲う!
ギィン!
凶弾はナイフの刃に命中した。その衝撃と飛び散る火花に、不敵だった女が一瞬ひるむ。
その瞬間を見逃さなかった。
フラットは女の腹部に狙いを定め、身体ごと肩から突っ込んだ!
女の身体は他愛なく吹っ飛び、下水道の側壁に激突した。
「サム?! ちょっとアンタ、何してくれてんの!?
後で俺が八つ当たりでもされたらどうしてくれんのさ?!」
「知るかそンなモン!勝手に八つ当たられとけオタク野郎!」
ナムとアイザックはまだ激しくもみ合っている。
その足下では白目を剥いて気絶したサンダースが転がっていた。
弟分のロディは蹲って怯えているし、トルーマンは隅に座り込み十字架握って祈っている。
状況は確認した。
フラットはロディとトルーマンを引きずり立たせた。
「トルーマン、補佐官を頼む! おい小僧!一番近い出口はどこだ!?」
急き立てられたトルーマンが慌てて上司を助け起こす。
ナムに掴まれ振り回されるアイザックの銃が、再び派手に暴発したのはその時だった!
バァン!バンバンバン!!!
ギギギギィィン!!!
無数の弾丸が配管内を跳弾する。
「だあぁ!アブねぇ!!」
「わぁぁ!兄貴ぃ!」
「全員伏せろ!」
「神よ!神よぉぉ!」
「アイザック!銃はやめろって言ったでしょ!」
「サムちゃん、ごめぇ~ん!」
悲鳴が入り乱れる中、ボン!と、何かが爆発した。
強烈な光が熱を帯びて暗闇に慣れた目に飛び込んでくる。
小部屋の扉が蝶番ごと千切れて吹っ飛び、中が真っ赤に燃え出していた。
ほとんど使われてないとは言え、機械室。被弾して何かがショートしたらしい。
遠くから地鳴りのような音が聞こえて来る中、サンダースを背負うトルーマンの足下に何かが転がり落ちてきた。
小部屋の扉に付いていた、錆びて古ぼけたドア・プレート。
『B-45地区水量調整管理室』。
なるほど、次第に大きくなっていくこの轟音の正体は・・・。
ザブーーーーーン!!!
下水管内の不審火は、押し寄せた大量の 汚水 で消し止められた。