闇に消えた少女
やった・・・・・・!!
モカに覆い被さるようにして伏せていたナムは、勝利を確信して起き上がった。
安堵感と疲労感が半端ない。両足はガクガク笑いっぱなしだし、肺が酸素を要求して心臓が苦しい。
しばらくの間、床にへたり込んだまま枯れゆく触手の群れを眺めていた。
「・・・あの・・・。」
胸元からの微かな声に我に返った。
「ん?・・・ぉうわぁあ!!?」
慌てて今自分がホールドしている物から両手をはがす。
ついでにそっちへ行きがちな目線も無理矢理引っぺがした。
ついさっきまで腕の中にいたモカが、自分の体を抱くようにして俯いていた。
一瞬で頭に血が上り、心拍数が跳ね上がる。
得体の知れないキメラ植物から助けるためとは言え女の子の浴室に乱入し、あられもない姿をガン見したうえしっかりハグまでしちゃってる!?
ナムは未だかつてないほど混乱した!!
「ごごごごごごごごめん俺別にそんなつもりじゃなくてついってゆーか勢いってゆーか!!!」
我ながら見苦しく、あたふた両手を振り回して言い訳を口走る。
しかし、反応はない。
モカは俯いたまま震えていた。半裸の自分を恥じらって、というより、何かに怯えているような様子が混乱した頭を少し落ち着かせた。
敵前であれだけ気丈だった彼女の、この豹変ぶりは何だろう?
ピンチは乗り越えた。なのにいったい何を恐れているんだろう・・・?
「ど、どした?もしかして、怪我とかした?」
なるべく見ないように努めながら、恐る恐る聞いてみる。
モカが頭を小さく横に振る。僅かな沈黙の後、青ざめた唇から声が漏れた。
「・・・わないで・・・。」
小さなささやきは掠れていて聞き取れない。
「え?なんて?」
ナムは思わず聞き返した。
「・・・言わないで・・・お願い・・・。」
モカはそう言うと自分の身体をより強く抱きしめた。
・・・何の事を言っているのか解らない。
どうしていいかわからず、ナムは途方に暮れた。
「リグナム!生きてるか!?返事しろー!!」
「ちょっとぉ、死んでんじゃないでしょうね!?」
廊下からけたたましい足音とカルメン達の切羽詰まった声が聞こえてきた。通信機に仕込んだ爆弾を使ったので、連絡が取れず焦っているらしい。
膠着した空気が和らいだ、というより騒然となった。
ホッと安堵しつつ、何もかも片付いてから着た姉貴分達にちょっと苛つき、戸口に向かって怒鳴り返す。
「今頃来やがって遅ぇし!・・・勝手に殺すな!生きてるよ!!」
一瞬モカから目を離した、その時だった。
「・・・誰にも言わないで、お願い・・・!!」
耳元で聞こえた小さなささやき。
聞く方が胸を締め付けられる哀しそうな声に、驚いてモカへ向き直る。
モカは消えていた。
脱衣所の簡易テーブルの横には換気用の窓がある。いつの間にかそこが全開になっていた。
(窓から・・・逃げた?!何で???)
呆然と窓を眺めるナムの頭に平手打ちが飛んで来た。
スパーン!
今回も首がゴキッと前に折れるほど強烈だった。
「このどアホ、普段滅多にシャワーなんか浴びないくせに!
こんな時間になんでシャワー室なんかに居るんだよ!!捜したんだぞ!!!」
「もぉ!あんたはほんっとに・・・!!」
ビオラも駆け寄り泣きそうな顔でナムの頭を抱きしめる。
しかし様子がおかしいのに気付き、顔をのぞき込んできた。
「アンタ、どうしたの?」
ナムはぼんやりと焦点の合わない目でビオラを見た。
「姐さん、エラい格好だな・・・。」
「格好の事ならもう局長から罰則もらったわよ!明日からアンタと私でこの騒ぎの後片付け!」
ロディが遅れて脱衣所に飛び込んできた。
「ナムさん、よかった無事だったんッスね!でも、モカさんがいないんッス!!」
カルメンとビオラが弾かれたように振り向いた。
「部屋にいないの!?どうして・・・!?」
「まさか、どこかでやられて・・・!?」
ナムは今までここに居た、と言おうしたが、何も話せず口をつぐんだ。
「言わないで」。その言葉が口を閉ざさせる。喚く姉貴分2人に詰め寄られたじろぐロディを、押し黙ったまま眺めていた。
リュイが傭兵達を従えて脱衣所に入ってきた。
マックスとリーチェはいない。まだ本体捜索中のようだ。
脱衣所からシャワー室内の惨状を確認したリュイは、直立不動の姿勢で迎えたカルメン達に言う。
「落ち着け。アレならずっと俺の部屋だ。徹夜で仕事させてる。」
「!?」
ナムが思わず目を剥いてリュイを見た時、カルメン達の通信機が鳴った。
『スミマセン、皆さん・・・。』
通信機からモカの消え入りそうな声がする。
『騒ぎに、気付かなくって・・・。お役に、立てませんでした・・・。』
「いいよモカ、無事で良かった。」
カルメンが安堵の笑顔で返答した。
モカの通信に全員が耳を傾ける中、ナムだけが通信を聞いていなかった。
通信機だったランニングマンが華々しく玉砕してしまった所為でもあるが、さっきまでここに居たモカを「俺の部屋にいる」と言ったリュイに愕然と見つめていた所為でもある。
だから、目撃した。
ナム以外の全員が通信に気を取られている隙に、リュイが簡易テーブルの上にあったモカの着替えを床に払い落とて隠すのを・・・。
リュイがガン見しているナムに気付いた。
「当分基地中掃除してろ、クソガキ!」
まだ床にへたり込んでいるナムを見下ろし冷酷に言い放つと、一切を拒絶するように背を向けた。
「カルメン!」
「は、はいっ!!」
カルメンが慌てて直立不動の姿勢を取る。
「こいつら連れて前のミッションでターゲットと接触したチンピラ共、ひっ捕まえてこい。
・・・行くぞ。」
最後に一言は傭兵達への号令だ。
「はいっっ!!!」
弾けるような笑顔で直角の礼を取るカルメンにも背を向けて、リュイは出て行った。
3人の傭兵達も無言で指揮官の後に続く。
「見つけたぞこのクソ雑草があああぁぁぁぁ!!!!」
「はっはっはハニー、キミは素晴らしいぃぃぃ!!!」
遠くでロケットランチャーの轟音と高笑いが聞こえる。
キメラ植物の本体はバカップルの傭兵夫婦に見つけ出され、今駆除されたようだった。




