呼んじゃダメです、お嬢様!
そこに居たのは 猛り狂うゴリラもどき だけではなかった。
ここにも特殊溶液が満たされた水槽群がある。多種多様な機器類に囲まれるようにして、整然と並ぶ水槽群はもちろん 異形の胚子 入り。地下2階で最初に見た場所が「培養室」だとすると、ここは差し詰め「研究室」のようだった。
「・・・すげぇ。ガチでここで研究してたんッスね。」
ロディは中に足を踏み入れ、一番手近にあったデスクに歩み寄った。
マグカップのコーヒーはまだ暖かく飲みかけだし、デスクトップ型のPCも立ち上がったまま。ついさっきまで人が居た痕跡がある。オートフォーメーション化されていた「培養室」は無人だったが、この「研究室」には科学者が常駐していたようだ。
「ならなぜ、誰もいないんですの?」
一緒に付いてきたステイシアがつぶやく。
一人残されるのは嫌らしい。不安げに辺りを見回しながら、マイキーも中に入ってきた。
「クライシス・コールが発動したからじゃない?
みんな逃げちゃったんだよ。ゴリラ置いてさ。」
ゴォーーっ!うぼぉ!ゴガァーーーっっっ!
「そ、それもそうですわね。
あら?でもいつの間にか警報が止んでますわ。ビル火災、鎮火したのでしょうか?」
ガオォーーーっ!どぁどぁーーーっっっ!
「あの火事は俺らの偽造っす!
そんなことより、これマジ?マジッスか?!
新種キメラ獣?しかもゴリラ!?シャレにならねぇ、イカれてるッス!」
ホゲっホゲっ!ウガゴぁあーーーっっっ!
「そんなにヤバいの?コレ。」
アンゲぇー!オゴオぁあーーーーっっっ!
「ヤバいなんてモンじゃないッスよ!
都市壊滅型ミサイルの方がまだ可愛げがあるッス!」
ドワラッシャゲぇ!ぐおぉーーーっっっ!
「一番ヤバいのはコイツが 類人猿 て事で・・・。
って、あーもー! や っ か ま し い ッ ス !!!」
バチッッッ!!!
ひたすら喚くゴリラもどきに、温厚なロディもとうとうキレた。
つなぎのポケットから 超強力スタンガン「バチッとオヤスーミX」 を引っ張り出すと、掴みまかろうとするゴリラもどきの腕に押し当て昏倒させた。
類人猿のキメラ獣は、科学者の間でも 禁忌 とされている。
確かに猿は脳の構造や身体の特徴が人間に近い分、有能である。教え込めば銃器も使えるし、意思の疎通もある程度できる。
しかし 自我 が強い。服従の植え付け、つまり洗脳が難しいのだ。
その上、種の性質上共同体を築こうとするので厄介だった。先の「大戦」では逃げたした個体が群を作り、人間を襲う事件が多発した。
それで類人猿キメラ獣は造られなくなり、戦地に投入されたものも一匹残らず駆逐された。
しかし、それには多大な犠牲が伴ったという。
「コイツらが暴徒化した小惑星やコロニーには、 都市破壊型KHミサイル が投入されたんッス。
何もかも消しちまうっきゃ、打つ手がまるでなかったそうッス・・・。」
鉄檻の中でぶっ倒れるゴリラもどきを見下ろしながら、ロディは暗い吐息を付いた。
そんな悲劇があってなお、このキメラ獣を生み出した頭のイカれた奴がいる。
(コイツだって、まともな姿で生まれたかっただろうッスに・・・。)
そう思うと、やりきれなかった。
「よし、全員動くな。
ふざけた追いかけっこはここまでだ!」
突然野太い声が聞こえ、足下の床が小さく爆ぜた!
ロディはステイシアを背後に庇い、2,3歩後ろに後退する。
「ネーロ・ファミリー?!」
思わず漏らした言葉を拾った襲撃者達が苦笑する。
「ほぉ。俺達の素性、知ってるのか。
さすがアントニオの野郎が雇った諜報員、と言いたいトコだが、どう見てもまだ子供じゃないか。」
「見た目ガキでも有能だ。妙な小道具たくさん持ってる。
よくも酷ぇ目に遭わせてくれたな、坊主!お陰で一張羅のスーツがグチャグチャだ!」
現れたのは、発信器付ターゲットのBとE。
ヌトヌトした物体まみれの男達が消音器付の銃を構え、「研究室」に入って来た。
その一人、ターゲットBが用心深く辺りを見回し、忌々しげにつぶやいた。
「あの陰険ババァ!こんな所で 新種 造ってやがったのか!
やっと見つけたぜ。手間掛けさせやがって!」
「知ってたんッスか?新種のキメラ獣造ってる事?」
「頭の足りねぇボンクラ息子がベラベラ喋って教えてくれたよ!」
驚くロディの疑問に答えたのはターゲットEの方だった。
彼はゲンナリした顔付で、呆れた様にブツブツこぼす。
「新種に自分が名前付けるんだって、ドヤ顔で自慢しやがってよ!
度し難いアホだなアイツ。いったいどういう育てられ方したんだ?」
「・・・。」
まったくもって同感だった。
「まぁいい。礼を言っとくぜ、坊主。
派手に爆発起こしてくれたお陰でここがわかった。
散々探した新種ともようやくお目にかかれたぜ。ボンクラ息子はともかく、母親はとこんとん喰えない女でね。どんなに探ってもサッパリ尻尾を出しゃしねぇ。ほとほと困り果ててた所だ。
しかも、モッズスターのお嬢様までご一緒とは好都合だ。全員まとめて始末できる。」
「・・・。」
爆発の原因は「ロックオフぺったん」。ステイシアが奪ったシールである。
狙われている本人が襲撃者達を呼び寄せたのだ。
ロディはガックリ項垂れた。
「さて、お前達にゃここで死んでもらう。」
ターゲットBが銃を突きつけ、口を歪めてニヤリと笑う。
「だが、その前に仲間の事を話してもらおう。
坊主、お前どこの諜報員だ?
素直に話せば苦しまねぇよう、頭を撃って死なせてやるぞ?」
「そんな事したって無駄ッスよ?
MC:3Dの作戦はもう完了してるッスから、一連の事はもう、ウチのバックヤードがアントニオ社長に報告してるはずッス!」
「問題ない。新種の売買を押さえればなんとでもなる。」
「キメラ獣の新種、奪う気ッスか?! ドロリス・ナージャが黙ってねぇッスよ!?」
「いいから吐け!そっちの仲間から殺してやろうか?!」
ロディを狙っていた銃口が、スィッと反れた。
全身汗だくで両手を上げるマイキーが「ひぃ!」と縮こまる!
しかし・・・。
「あ、その人赤の他人なんで、ご自由に。」
「え? あ、そうなの???」
「(ガーン!)ちょ、兄ちゃん、酷ぇ!!!」
殺伐とした空気が、妙な感じに和らいだ。
ほんの僅かなその隙に、必死で打開策を思案する。
(マズイ ヤバい エグいッス!
どーしよう!? 俺、いったいどーしたらいいんッスか!!?)
あり得ないほど早く心臓が脈打ち、呼吸が苦しい。
実際、非常に息がしづらいのだが。
怯えるステイシアが首に絡みつき、両手でギリギリ締め付けている。
お陰でこの危機的状況を前にして、意識がぶっ飛びそうだった。
「まぁティシー、いいご身分ね。
素性も知れない男を4人もくわえ込むなんて!」
毒々しい声が耳朶を打つ。
驚く前に嫌悪感がこみ上げ、全員一様に身震いした。
そのくらい冷酷な声だった。発信器付ターゲット達が舌打ちし、忌々しげに銃を下ろす。
ドロリス・ナージャである。
彼女が破壊された入口から「研究室」に足を踏み入れるなり、室内にパッと明かりが付いた。
煌々とした明かりが暗闇に慣れた目に突き刺さり、ロディは思わず顔を伏せた。
「あら失礼。バーチャル・アシスタント・システムが作動したのよ。
この隠し部屋はなんでも私の意のままに動くの。」
ドロリス・ナージャが昂然と笑う。
「爆発音がしたから来てみれば・・・。まったく、薄汚い害虫共ね!
駆除が必要だけど、ここは一応クリーンルームなの。
そうね、この先に大型貨物の搬送口があるわ。全員そこへ移動してちょうだい。
そこなら多少汚れても構わないから。
さぁ、何してるの貴方達!とっととそいつらを連れ出して!」
「・・・チッ!」
さっきの強気はどこへやら。ターゲットBが再び小さく舌打ちした。
傍らで悔しそうに歯噛みしているターゲットEの脇を小突き、言われたとおりの行動を促す。
「搬送口が死に場所だとよ。出ろ!」
「ひいぃ・・・!」
マイキーが情けない悲鳴を漏らす。
ステイシアは無言だった。ロディにしがみついたまま、厳しい表情でドロリスを睨む。
一方、ロディは・・・。
必死で 笑い を堪えていた!
少しでも気を抜けば頬が緩んで口角が上がる。ロディは口元を押さえて肩を落とし、意気消沈した様子を装った。
「へっへ~ん!がっかりしてやんのぉ!
ザマー見やがれ、バカ社長のスパイめー!!♪」
ドロリス・ナージャの後ろから、「頭の足りねぇボンクラ息子」が面白そうに囃し立てる。
ボンクラ息子は、笑っていた。
ふてぶてしく、狡猾に!!!




