男を見せろ!ランニングマン
胸のランニングマンが鳴った。
『リグナム!お前今どこだ!!?』
ランニングマンがカルメンの声で叫ぶ。
「風呂場!!取り込み中!!」
『襲われてんのか!?状況は!!?』
「ナントカなってんよ! チビ共無事か!!?」
『テオさんとサム姐さんが助けた!3人とも無事だ!
キメラ本体は副官とリーチェ姐さんが仕留めに行った!今助けに行くから、踏ん張ってろよ!!!』
通信は切れた。
ナントカなってるとは言ったものの、状況はかなり悪い。強がったのは胸元でがなり立てられてると目前の敵に集中できないから、早く会話を終わらせたかったからだ。
多勢に無勢だし足場も濡れてて滑りやすい。おまけに手元は小型ナイフ1本。攻め込むのにも限界があり、四方八方から襲ってくる鋭い触手の切っ先に追い詰められて今はもう防戦がやっとだった。
息が上がってきた。自分でも身体の動きが鈍ってきているのが解る。
それでも前後から同時に突っ込んできた触手をかわしきれず、頭を掠めた時は激昂した。
「しつっけぇんだよ!!!」
怒りのままにナイフを大きく振り抜いた。目の前まで迫っていた触手がまとめて5,6本ばっさりと切り落ちる。
しかし濡れたタイルに足を滑らせ、体勢を崩してしまった。
(やられる!!)
ナムは串刺しになる自分の姿が脳裏をよぎる中、大きく傾いた視界で一斉に襲いかかってくる触手の群れが一瞬で切り裂かれて散るのを見た。
「ナム君、大丈夫!!?」
凜としたモカの声で我に返り、何とか踏ん張り転倒を回避する。
何が起ったか考える前に入り口付近まで後退した。
「怪我は?!」
「ない。サンキュー、助かった・・・って、えぇ!?」
お礼の言葉は横に並んで身構えるモカの姿を見て吹っ飛んでしまった。
何と、彼女はナムのTシャツを着ていたのだ。
「ゴメン、咄嗟に落ちてたナム君の服、着ちゃったの。洗って返すから・・・」
いえいえ、それは、いいんです、ケド・・・。
ナムが着替用に持ってきたのはごくフツーの白地のTシャツ。小柄なモカにはかなり大きく丈が膝上までありワンピースのようになっている。
しかし身体を拭く余裕がなかったようで、薄い布地が濡れた肌に張付いて体のいろんな曲線を浮き彫りしちゃってるし、白い生足がやたら眩しい。
おまけにビミョーに透けてて・・・いや、そこまで見ちゃダメだ!!
マジメでおとなしく、普段大きなキャスケットで顔まで隠しているモカだけに、その姿は衝撃的だった。
モカが刃渡りの大きいナイフを渡してきた。
「これ使って!」
「なんでこんなモンが風呂場に?」
「テオさんのナイフ。ひげ剃るのに使ってるって聞いた事あったから捜してみたの。あって良かった!」
・・・なんてオッサンだ。
「いろいろ思う所はあると思うけど、今は目の前の敵に集中しよう!」
心中見透かされたようで心中軽く焦った。不謹慎な自分に恥じ入りながら「おう!」とだけ答えておく。
斜め後ろからモカを狙って突っ込んできた触手を払いようにしてたたっ切る。モカの小型ナイフはそこで力尽き、柄の部分から折れてしまった。
「奥の一番太いヤツ、見えるか?」
「最初に私が襲われたヤツ?」
「ずっと動きを見てたけど、ここの触手はアレに全部つながってるっぽい。」
「・・・わかった。フォローする!」
多くを話さなくても通じた。なかなか頼もしい。
キメラ獣に襲われてあんな酷い目にあって、しかも素っ裸を男に見られたのだ。恐怖と羞恥で逃げ出したいのが本音だろう。
でもモカは武器を調達して戻ってきた。気丈に敵と対峙しする姿は普段の彼女とは別人のようだ。
感謝の思いと同時に感動すら覚える。ここでいい所みせなきゃ、男じゃない!
ナムはテオのナイフに持ち替えた。
疲労で笑い始めた足に渇を入れ、ナムは身体を低くして走った。
小型ナイフとは比べものにならない切れ味で触手が切り裂かれていく。
怒濤の猛攻に触手はひるんだ様子を見せたが相手が目指す標的を悟ったらしく、進行方向正面の防御と攻撃が激しくなった。こうなると全てをかわすのは不可能だ。
しかしもう後ろには引けない。引けば後ろのモカにも敵方の注意がいく。
モカの為にもそろそろ決着を付けたい。多少の怪我は覚悟の上だ。ナムはそのまま触手の群れへ切り込んだ。
キュイン!
耳を掠めて乾いた金属の音がした。
その瞬間、パパパッと微かな銀光が閃いた。
ナムの周囲で蠢く触手が一気に細かく切り裂かれて飛び散り、大きく道が開かれた。
(これは・・・ワイヤーソード!?)
負けじとナイフを繰りながら、記憶の隅にあったその武器の名前を思い出した。
まだ火星に来て間もない頃、局長・リュイが使って見せた、鋭いワイヤーを繰る武器だ。
手元のグリップから巻き尺のように収納されたワイヤーを引出して相手の腕や首を切り落とすもので、基本は接近戦で使う。しかしリュイはそれを「飛ばして」見せた。
しなやかなワイヤーを波立たせながら遠くへ飛ばし遠距離の相手を襲う。標的を切断するほどの力はないが、大きな血管や腱を狙えばそれなりの効果が期待できる。
高い技術とコントロールが必要な、極めて修得が困難な武器の一つだった。
リュイは教えるつもりだったようだが、結局ナムには修得出来なかった。
とにかく繰るのが難しく、2,3回試しただけで体中切り傷だらけになってしまい「ド下手くそ!」と罵られて終了。それが悔しくて何度も教えを乞うが、それ以来ワイヤーソードに触らせてもくれなかった。
そんな武器をバックヤード担当で非戦闘員であるモカが使っているのが信じがたい。
後ろをチラ見してみると、細い身体を大きくしならせてワイヤーを飛ばすモカが見えた。
遠くへ飛ばすための腕のリーチやパワーがない分、身体全体で大きく動いて補っているのだろう。濡れた髪から水滴を散らしながらワイヤーを繰る姿は、まるで華麗に舞っているようだ。
しかしその目は厳しく鋭い。切り込むナムを襲う触手を狙い仕留める事に集中して研ぎ澄まされている。
美しい、と思った。
彼女に驚かされるのは、これで何度目だろう・・・?
「危ない!!!」
「っとぉ!!」
慌てて真正面から迫っていた触手を八つ裂いた。
(モカの声に助けられるのも何度目だ!? しっかりしろ俺!!!)
標的は迫っていた。ワイヤーソードの銀光は左右背後からの攻撃を確実に防ぎ、テオのナイフはひげ剃りに使うのが惜しいほど鋭利な切れ味で道を開く。
最後は濡れたタイルを利用して、足からスライディングした。
滑走する速度を生かして排水溝から生えたひときわ太い触手を根元からたたっ切る。
体液か樹液か見当も付かない液体がほとばしった。
「こいつ、気に入ってたんだけどな。しゃぁねぇか!」
ナムは胸のランニングマンを鎖ごと引きちぎり、骸骨の頭を折り取った。
頭のないランニングマンは、カボチャを抱えたままシャカシャカと足を動かし始める。そいつを思いっきり触手の切り口にたたき込んだ!
触手達の動きが止まった。
すぐさま体勢を整えてモカの元へ戻る。
「伏せろ!!!」
入口付近で目を丸くしていたモカを抱きかかえると、肩から脱衣所へ転がり込んだ。
ズズズズン!!!
地を這うような爆破音が響き、床が揺れた。
首のないランニングマンは、駆け足で触手の中を掘り進みながら自爆した。
排水溝が基地の外にある浄水装置までの管ごと吹き飛ぶと、触手の群れはみるみる茶色く枯れ落ちていった。




