お待ちください、お嬢様!
ごん太ヒールのパンプスは野暮ったくて好きじゃない。とっとと脱ぎ捨て素足になった。
ついでに掛けていた眼鏡を外すと、殺気立っていた男達の目に色情が浮かぶ。もっとも得意とする相手である。男はゲスであればあるほどサクッと手玉に取り易い。
「さぁ、誰がお相手してくれるのかしら?」
女王・ビオラが艶然と笑う。
その傍らでモッズスター財閥ご令嬢・ステイシアが目を丸くする。さっきまでの地味な喪女とはまったく違う、見違えるほど美しくなった秘書の姿に思考が追いついていなかった。
「な・・・?」
言葉を無くして狼狽えるのは、ドロリス・ナージャがステイシアに無理矢理付けた護衛達。
特に年若い者達は、ビオラの美貌に釘付けになった。
「大した上玉だな。なんで醜女に化けていた?
あの変装でよくバカ息子に雇ってもらえたもんだ。」
ナムがよく知る「角刈りの男」が、口を歪めて小さく笑う。
さすがドン・ネーロの護衛をしていた男である。見た目などに惑わされていない。
「ブラジャーのサイズで採用決めたみたいよ?呆れてモノも言えないわ!」
ビオラはシャツの前を少しはだけ、胸の谷間に手を突っ込んだ。
電磁ムチを引っ張り出し、スイッチを入れる。細いワイヤーに強い電流が流れ始めた。
「お前、スパイか?
ジョボレットとモッズスター、どっちに雇われた?」
「言うワケないでしょ?おバカね!」
「・・・そこですっ転がってる役立たず共より手強そうだな。」
角刈りの男が再び笑った。
セキュリティレベルMAXの特殊フロアである地下2階。
その冷たいリノリウムの床には、元々ステイシアを護衛していた男達が無惨に倒れ伏していた。
女王様が本性を現す数分前。
偽の護衛達に促されるまま、ビオラ達は先ず地下1階に連れてこられた。
この中枢支社ビルの地階は立入りが極端に制限された場所であるのは、ビオラも事前に知っている。
しかしエレベータを降りてすぐ行われる生体認証のセキュリティ・チェックは行われなかった。角刈りの男が 非常用のカードキー を持っていたのだ。
これをセキュリティ・ゲート脇のカードリーダーに差し込み、付属しているテンキーに暗証番号を入力すると、ゲートは難なく開放された。
ドロリス・ナージャが与えた「特権」だろう。この男は相当前から出入りしているのに違いない。
中枢支社の資料・資材倉庫になっている地下一階には、人目につきにくい非常用出口があるという。角刈りの男はそこへ向かう理由を「ステイシア嬢のため」と説明した。
ごもっともである。ステイシアはモッズスター財閥お家騒動渦中の人。この騒ぎにいマスコミ連中の目に止まるのは非常に厄介、こっそり脱出した方がいい。
しかし予想外の事が起きた。
ステイシアの正規護衛が、偽護衛達にいきなり襲い掛かったのだ!
怒声をあげて激しく揉み合う男達。
その最中、ステイシアが角刈りの男に突然飛びつきカードキーを奪い取った!
「・・・ちょ!?」
さすがのビオラも驚愕した。
予め示し合わせての行動らしい。
再びエレベータの中に駆け込むステイシアの後を、正規護衛達の内2人が続く。
下の階へ向かうらしい。エレベータの扉が閉まる寸前、ビオラも慌てて飛び乗った。
「まぁ、来てはなりません!
この下の階はジョボレットのトップ・シークレットですのよ?!」
「ですのよ♡じゃないわよ!
アンタ一体何する気?!」
「お教えできません!出てってください!」
「無茶言わないでよ!もう着くわ!」
エレベータは地下2階に到着した。
エレベータの扉が開くとセキュリティ・ゲートではなく、頑丈な鋼鉄製の扉があった。
明らかに他の階とは違う。地下2階がトップ・シークレットというのは本当のようだ。
(それをなんでモッズスターのお嬢様が知ってんの?
・・・誰かが入れ知恵してんのね。ジョボレット社内でも結構なご身分の誰かか。)
推測は当たっているようだ。
ステイシアが扉脇のカードリーダーにキーを差し込み、テンキーに数字を打ち込み始めたのだ。
ビオラは思わず目を剥いた。
非常時ロック解除の暗証番号は、知っている者が極めて限られた超・極秘情報のはずである。
いったい誰が彼女にそれを教えたのかが、大いに気になる。しかし熟考する間はほとんど無かった。
左右に開いた扉の向こうへ駆け込もうとするお嬢様を、ビオラは慌てて捕まえた。
「ちょっと待って!
何の準備もなくいきなり飛び込む気!?」
「止めないでください!あの人達が追いかけてきたら捕まってしまいます!」
「そりゃそーだけど、落ち着いて!
手に入れた情報は生きて持ち帰ってこそ活かされるものなのよ?!
ここに何があるかは知らないけど、殺されちゃったら意味ないの!!!」
「・・・殺される???」
自分の命が危ないなどと少しも思ってもいなかったらしい。
今度はステイシアが目を剥いた。
パシュ!パシュ!
妙に乾いた音がして、護衛2人がぶっ倒れた。
麻酔銃の銃撃だった。
ビオラは喪女を演じている場合ではなくなった。
変装を解いたビオラは伊達眼鏡を投げ捨てた。
虚勢を張ってはみたものの、状況的には最悪に近い。
役に立たずに倒された護衛2人が恨めしい。八つ当たり気味に毒づいた。
「コレだから民間企業の兵隊は!
教科書通りの訓練で人が守れるわけないでしょ!クズね!」
「・・・手厳しいな。しかし同感だ。」
角刈りの男が薄く笑う。
一つ上の階には他の護衛達が同様に転がっているのだろう。
難なく仕留めて来たらしい。対峙する偽護衛達はみんな、息1つ切らしていなかった。
その時。
ピンポーン♪
いつの間にか動いていたらしい。
緊張漲る地下2階に、エレベータが到着した。
扉が開くなり走り出てきた女が、角刈りの男に呼びかける。
「あぁザード!ここに居たのね心配したわ!♡」
喜色満面の中年女はほとんど飛びつく勢いで 角刈りの男=ザード に喜色満面で抱きついた。
「な・・・?!」
この光景にステイシアが絶句する。
棒立ちになった彼女を横目に、中年女がザードの肩にしな垂れかかった。
「ふん!こんな事だろうと思ってたわ。
やっぱり中枢支社を探りに来たのね? 忌々しい娘だ事!
でもむしろ好都合かも知れないわね。
ジョボレット内惑星エリア中枢支社が火災に見舞われた。
その混乱の最中、たまたま訪れていたモッズスターのお嬢様が巻き込まれて 行方不明 。
いっそ 死亡 でもよくってよ?
死人に口無し、とはよく言ったものね!」
小気味よさげに嘲笑う ドロリス・ナージャ は得意絶頂の面持ちだった。
青ざめるステイシアを背中に庇い、ビオラも顔を引き攣らせた。
エレベータからドロリスの後に続くようにして、ターゲットBとDが現れたのだ。
この2人は営業部に潜入している連中である。立入が極端に制限がされた特殊フロアに来ていい身分などではない。
しかし、もっと驚くモノがビオラの目の前に現れた。
今の今まで張り詰めていたその場の空気が激変する。
ビオラはそいつに指を突きつけ、思いっきり怒鳴りつけた!
「はぁあ?!アンタ、なにやってんのよっっっ!!!」
「いやぁスンマセン。寝返らせていただきました♪」
気を失っているジュニアを背負った マイキー が、悪びれもせずヘラヘラ笑った。




