敵襲!夜の装いは戦闘服で
異様な気配を察したカルメンは、ベットから身を起こした。
枕下から引っ張り出したのは、41口径のリボルバー。パステルブルーの可愛い部屋着には不似合いな銃をセーフティを解除した状態で構え、部屋のドア横にピタリと背中を付けて立つ。
何かが床を這う音がする。カルメンはドアを蹴り破って廊下へ躍り出た。
「っ!!?」
一瞬で不利な状況を悟った。
廊下一面埋め尽くす不気味な触手の群れ。鋭く尖った先端がカルメンに突きつけられる。
銃で勝てる相手ではない。触手が一斉に襲いかかる!
「きゃあ!?って、え!?」
思わず身を固くするカルメンの視界に高級シルクのレースが飛び込んできた。
黒のレースと共に舞う電磁ナイフの赤い刃が触手をズタズタに切り裂いていく。細かく切断された触手はしばらくビクビクとうごめいていたが、すぐにしおれて茶色く変色して動かなくなった。
絶体絶命の窮地を救ったのは、あまり有り難くないヤツだった。
セクシーなキャミソール姿のビオラが電磁ナイフのスイッチを切って昂然と笑う。
「貸しにしとくわよ♡」
「うっさい、エロがっぱ!」
ドヤ顔のビオラと苦り切った物調面のカルメンの応酬は、少女の悲鳴で即座に終了した。
「シンディ!!!」
二人は弾かれたように振り向いたが這い寄ってきた触手に隙を突かれ、足を絡め取られて転倒した。
再び鎌首をもたげた触手がその先端を突きつける!
思わずギュッと閉じたまぶたの裏を、鋭く強烈な銀光が閃いた。
「素敵なランジェリーね、ビオラ。どこで買ったの?」
床に伏せた頭の上から振ってきた落ち着いた声に、恐る恐る目を開ける。
ピンクのネグリジェ姿で泣きじゃくるシンディを胸に抱いたサマンサが、短刀を片手に立っていた。
「『ミラージュ』ってお店よ。マルスの32番街にあるわ。」
伏せたまま、苦笑のビオラが答える。何故かバツが悪そうに声が引きつっている。
「そう。私も行ってみようかしら?
この子よろしくね。寝込み襲われちゃったの。仕方ないわね、可愛いと狙われやすいのよ。」
カルメンが起き上がり、シンディを抱き寄せる。そして小声でビオラにささやいた。
「これ、褒められたんじゃないわよ、反省しな!!」
「解ってるわよ、エラそーに!!」
ビオラは頬を膨らませてそっぽを向いた。
サマンサは身体にぴったりしたタンクトップとスリムパンツの出で立ち。だが太ももに刃渡りの大きいナイフをぶち込んだ鞘つきのベルトが巻かれている。
ゆっくりとした動きで彼女はそれを抜いた。
右手に短刀、左手にアサシン・ナイフの二刀流。冷酷な微笑が美しい顔一面に広がった・・・。
後にシンディは心底怯えながらこう語る。
『キメラの触手に寝込みを襲われたのより、サム姐さんの方が怖かった』と。
枕に頭ではなく足をのせて大の字になったコンポンの目を覚まさせたのは、シンディの悲鳴だった。
といっても飛び起きるでもなく、ぼんやりと起き上がっただけ。完全に寝ぼけていた。
軽い尿意を覚えた。トイレは部屋から出て左の突き当たりにある。
尻をボリボリかきながらベットを出てドアへと向かう。
ドアを開けた。そこにはあり得ない物を見た。
うん、きっと夢だ。
コンポンは静かにドアを閉めた。
寝直すために回れ右をした彼は、いきなり襲撃された。
廊下を埋め尽くしていた触手が閉めたドアを刺し貫いて、コンポンに襲いかかった!
大きすぎるブカブカの部屋着を着ていたのが幸いした。背後で聞こえた破壊音に驚きズボンの裾を踏んづけ、前のめりに転んだお陰で串刺しにはならなかった。
しかしドアを貫通した触手は対面の壁まで伸びて突き刺さり、鉄筋コンクリートの壁を大きくえぐった。
なおも触手の群れはぬらぬらと蠢きながら迫ってくる。コンポンは悲鳴をまき散らしながら這うようにして部屋の奥へ逃げ、少しでも距離を取ろうと背中をぴったりと壁に付けた。
その途端。
ドン!
大きな音がして、突然頭の横に大きな穴が開いた。
ドン!ドン!ドン!!
立て続けに壁に穴が穿たれ、少し間があってからコンポンが立つすぐ横の壁の一部が吹っ飛んだ!
ドコォン!!!
瓦礫が飛び散り粉塵が舞う。
咄嗟に頭を抱えて蹲ったコンポンは、いきなり襟首を掴まれて引きずり立たされた。
恐怖に駆られてめちゃくちゃに暴れ、自分を掴む何かを思いっきり殴りまくった。
手応えはあるのに相手はびくともしない。それが怖くて泣き喚いた。
いったい何が起きているのかわからない。コンポンは混乱して必死でもがき続けた。
「落ち着け!」
その一言で、コンポンは我に返った。威圧的で逆らい難い、それでいて力強く冷静な声だった。
声の方を見上げる前にいきなり頭を強く抱きかかえられた。
不思議と安心できた。なぜかモカの言葉を思い出した。
『ここに居たら、局長が絶対に守ってくれるよ・・・。』
ドン!!
改造銃が火を噴いた。鉄筋コンクリートを撃ち抜く威力にキメラの触手が数本まとめて千切れ飛ぶ。
続けざまに鳴り響く大砲のような銃声に、コンポンはこのヘッドロックが自分の耳を庇うものだと気付いた。
「こぉんな威力のピストル片手撃ちだもんね~。壁も蹴り1発でぶち破っちゃうしぃ。
ウチの局長様って凄すぎぃ~。」
ぽっかり空いた壁の穴からアイザックがのっそり入ってきた。ふざけた口調に呆れと畏怖がこもっている。
改造銃の連射が止み、頭を締め付けていた腕の力が緩んだ。
そぉっと顔を上げてみて、コンポンは絶句した。
部屋の壁は穴だらけ、自分が寝ていたベットは原形留めないほど破壊され、床一面埋め尽くすズタズタに千切れた触手の残骸・・・。
「コンポン!大丈夫!!?」
「こりゃ派手にやりましたね。ここの掃除は誰の懲罰です?」
電磁ナイフ片手のテオと、彼に助けてもらったらしいパジャマ姿のフェイが触手の残骸を踏み越えて駆け寄ってきた。
「本体捜索の助太刀行きましょうか?」
「いらん。」
局長・リュイはコンポンを放し、フェイの方へ乱暴に押しやった。
「ここの掃除はリグナムだ。ちゃんと教えてない。」
テオは苦笑した。電磁ナイフの電源を切って懐に収め、怯える2人の頭を撫でる。
「いいかお前ら、これからは寝る時はいつでも臨戦できる服で寝ろ。
俺達みたいなのが生きていくのに安全な場所なんか無い。自分の身は自分で守れるようになるんだ。
ここに居る間に、な。」
壁の穴から出て行くリュイはアイザックに一言命じた。
「後やっとけ。」
「イエッサ!」
アイザックが大げさに敬礼する。
「おっとヤベぇ!」
テオが慌てて2人の子供を小脇に抱えて壁の穴から飛び出した。
ナパーム弾が炸裂した。
僅かに生き残ったキメラの触手は全滅したが、コンポンの部屋は非常に掃除しがいがある状態になった。




