交通違反です、お嬢様!
シュウバイツ宇宙港のロビーを横ぎり、市街地へ向かうバスが出るターミナルを目指して歩く。
ロビーにいるのはそのほとんどがビジネスマン。予想したとおり観光客など誰もいない。
ナムは頭の後ろを掻きむしる。
「やる気出ねぇ~。なんで金持ちの夫婦喧嘩なんかに付き合わなきゃならねぇんだよ、もー。」
「同感ッスねぇ・・・。」
機材が入ったリュックを背負い、ロディもがっくり肩を落とす。
モカが小さく苦笑した。
「ほらしっかり!油断禁物だよ?
気を引き締めていかないと。局長がまだ行方不明なんだし。」
「まだ局長、見つかんないンッスか?」
「うん。あの人の事だからあんまり心配はしてないんだけど・・・。」
そう言いつつも、モカの表情は暗くなる。
面白くない。ナムは地面に投げ捨てられてた空き缶を蹴り上げ、近くのゴミ箱にたたき込んだ。
「アイツならたぶん、地球に居るよ!」
「えっ?」
モカとロディが驚き同時にナムを見た。
「もっとピンポイントに言えば、東南アジア・インド洋のとある島!
ブランドン•エキスプレス社の本拠地があるところだ。」
「何でそんな事、知ってンッスか?
マックスさんもテオさんも、局長がどこ行ったか知らなかったンッスよ?」
ナムは頭の後ろを掻きむしった。
理不尽だとわかっていても、モカがリュイを気にするたびにどうしようもなくイライラする。
子供じみた嫉妬である。そんな自分に嫌気が差すが、まだまだ大人にはなれなかった。
「ふん!あンにゃろーの事なんざお見通しなんだよ!
大方、ミッションの邪魔しねぇよう釘でも刺しとくつもりなんだろ!
また勝手に裏方フォロー始めやがって!ふざけんなっつの!」
「うわー、局長、ジュニアの性悪母ちゃんの実家、襲撃してるンッスかぁ!?」
「やりかねないね。あの人なら。」
ロディは派手に驚くが、モカは比較的落ち着いていた。
慣れているのだ。リュイの破天荒な行いに。
「ドロリス・ナージャは社会的地位の高い血縁者がいるもんね。そんな人たちが出張ってきたら、ミッション大変になっちゃうよ。
でもナム君。なんで局長が襲うのはそっちだって思ったの?ブランドンはドロリス・ナージャの母方家系だけど、父方は?」
「モッズスター?あぁ、あそこはほっといても大丈夫だろ。」
宇宙港のエントランス・ゲートを出ると、内惑星エリア特有の大きすぎる太陽が出迎えてくれた。
惑星型コロニーによく見られる強化ガラスの空が眩しい。そこに映し出される映像でも、青い空が清々しい。
「父方の家は今、性格の悪ぃ姪なんかに構っちゃいられないはずだ。
ほら、跡取りの件で。」
「あ、そっか。」
モカが何かを思い出した。
ウエストポーチから小型のタブレット端末を引っ張りだす。
呼び出したデータは、アイザックが調べたモッズスター財閥の内情。
頂点に君臨していた総裁が数日前に急逝したのだ。
宇宙開拓時代から世界に貢献してきた名だたる名家は今、次期総裁の座を巡る熾烈な派閥争いの真っ只中だった。
ロディがごん太眉毛をつり上げた。
「うわぁ。今時こんなのあるンすね。」
「金持ってる家、限定だけどな。
かなりヤバいらしいぜ? お山の大将になりたい奴らが仕事そっちのけで足引っ張り合ってるってさ。
ジョボレットもそうだけど、金持ちの家族喧嘩は大迷惑だ!」
「あはは、ホントだね。」
モカが宇宙港前のバス・ターミナルを見回す。
立体ホログラフィ表示の時刻表があった。それによると、市街地へ向かうバスの到着まではあと5分。
バスに乗れば市街地中心部までは10分程度。ジョボレット内惑星エリア中枢支社は、まさにこのコロニーの中央にそびえ立っているのだ。
「そう考えると、チェルヴァーリアの件、もみ消したのってブランドン・エクスプレス社の関係者なのかな?あの会社、地球連邦政府との癒着が強いから。
それに、今はジョボレットの方が会社の規模が大きいけど、創業時は奥さんの実家って事もあって随分助けてもらってる。
主に資金面でね。だからなかなか強く出られないみたい。
今回のミッション、社長さんは社員やお客様のためって言ってたけど、もしかしたらブランドンとの関係を絶つって目的もあるのかもね。」
「それ、あり得る。うわ、やっぱこのミッション、面倒くせ~。
でもまぁ、もし邪魔しに来るんならモッズスターよりブランドンの方があしらいやすいかもな。」
時刻表を見ていたナムはモカ達方へ振り向いた。
「片やは小惑星帯でブイブイ言わせてる大財閥。
片や地球連邦政府にしがみついてる狡っ辛い一企業だ。比べたりしたらモッズスターに失礼だな♪
とにかく!ジュニアの性悪ママさんには悪いケド、仕事はキッチリやらせてもらう!
チェルヴァーリアみたいに責任逃れできると思ってもらっちゃ困るってヤツだ!♪」
「なんだナムさん。結局やる気マンマンじゃないッスか。」
からかい半分の軽い気持ちで突っ込んだロディは、すぐに言った事を後悔した。
「どーせやるならド派手に、徹底的に!だ。
教わっただろ? チェルヴァーリアで リーチェ姐さん に♪」
(ひいぃい!?)
モカとロディは戦慄した。
ナムが笑ったのである。
ふてぶてしく、狡猾に!!!
波乱必至のMC:3D。
リーベンゾル・タークから請負ったMC:5Eをコンプリートさせるために、仕方なく請負ったこのミッション。
悪い予感しかしなかった。
しかもその裏付けでもするかのように、バス・ターミナルに 一台の車 が現れた!
「えっ?ここ、バスしか入れないんじゃねぇの?」
「そのはず、なんッスけどねぇ?」
ナム達は顔を見合わせ訝しがった。
ターミナル入口には一般車侵入禁止の標識がある。それを無視して乗り込んできたのは、黒塗りする高級車。
送迎用の一般車が一時停車するロータリーは宇宙港はずれにある。だから少し歩かなければならないのだが、この高級車はお値段に見合う高貴な客を乗せるため交通ルールを無視したようだ。
「ったく、金持ちって奴は・・・。って、えぇ?!」
この世の理不尽にぼやいたナムは、驚き思わず目を見張る。
モカとロディも同様だった。目を丸くして立ち尽くす。
宇宙港のエントランスにピタリと横付けしたその高級車に、1人の娘が乗り込んだのだ。
背が高くて色白の、ミルクティー色の長い髪を優雅になびかせる女性。
歳はナムと同じくらいで強そうな護衛を3人も引き連れている。
バス・ターミナルを行き交う人々が物珍しげに見守る中、彼女達を乗せた高級車は市街地へと走り去っていった。
「・・・」
モカがタブレット端末をタップして、ある情報を呼び出した。
さっきの女性がニッコリ微笑む画像付きのその資料には、とんでもない事が記されていた。
ステイシア・モッズスター(18歳)
モッズスター・グループ総裁、キリグ氏の長女。
キリグ氏の急逝を受け、叔父のザファルクト氏(56歳)と
グループ内の利権をめぐって抗争中。
その裁判では本人が成人したばかりである事から、
後見人を立てて争うものと思われる。
「・・・出張って来ちゃいましたねぇ。モッズスター・・・。」
苦笑交じりにモカがつぶやく。
ますますもって面倒くさい。
ナムはがっくり項垂れた。




