性悪女のコネとツテ
内惑星エリア金星・地球間宙域。
数多くの惑星型コロニーが太陽を周回するその宙域において、「シュウバイツ」は極めて異質である。
独立した都市国家でありながら、コロニー自体は民間企業の「所有物」。そんなコロニー都市は太陽系広しと言えど数えるほどしか存在しない。
「都市民の約80%が ジョボレット社員とその家族 なんッスよね。
一企業が国創っちまうとか、あり得ないッス!」
「あり得ちゃうんだから仕方ねぇだろ?ほんっと金持ってンなぁジョボレット!」
宇宙港の入国手続きを済ませたナムは、発着ロビーのガラス壁から見える景色にうんざりした。
ロディも同じ気持ちのようだ。何だか少しぐったりしている。
モカもいる。2人の様子に苦笑しつつ、観光客向けのリーフフレットに目を通している。
「ジョボレットはこのコロニー1基で内惑星エリア全域カバーしてるんだね。
自社ブランドのメーカー子会社、製造工場や商品倉庫、全部ここにあるんだもの。
配送センターなんて、地球連邦政府軍の月面基地並の規模だよ?
総人口の8割がジョボレット関係者になっちゃうのも当然かもね。」
「それ、リーフレットに全部書いてあるの?」
「うん。ってゆうか、それ以外は特に何も・・・。」
「誰がンなトコ、金払ってまで観光しに来るかっつーの!」
ナムは頭の後ろを掻きむしった。
シュウバイツの発着ロビーは宇宙側ではなく、コロニー内部の都市側に面している。
特殊アクリルガラスの壁を通して見えるのは、高層ビルと工場・倉庫がごっちゃに建ってる景観無視した雑多な街並み。その中央にドドーンとそびえ立つのが ジョボレット内惑星エリア中枢支社。
副社長イーサン・ブランドン 事 ジュニア がいる支社ビルである。
今度はあそこへの潜入を目指す。それがMC:3Dのスタート地点だった。
「内惑星エリアの中枢支社を調べてもらいたい。」
ジョボレット社長・アントニオは神妙な面持ちでこう告げた。
チェルヴァーリアの別荘で散々スウィーツを食い散らかした後の事。
リビングから場所を変え、小洒落た客間で口直しのお茶をいただいている時だった。
「あそこは副社長の愚息が仕切っている。その愚か者が地位や権威を利用して何か企んでいるフシがあるのだ。その確たる証拠を掴んで欲しい。
ただでさえ奴は社内の評判が悪くてね、地位や権威を利用して支社を私物化しつつある。」
3人掛けの革張りソファに座るナムは、右隣で紅茶のカップに唇をよせるビオラを盗み見た。
彼女は小さくうなづいた。ジュニアに張り付き「カッスカスにしちまった」ハニートラップの女王様には、すでにご存知の話だった。
「もちろん聞いてるわよ、いろいろと。聞きもしないのに勝手にしゃべってくれたくらいだわ。
自分のオフィスがある支社内で相当好き勝手やらかしてる。全部 ママ のご指示でね。
『ママの言うとおりにしてたら万事OK♡』だって!頭、どーかしてんじゃないの?」
こき下ろす相手の父親の前でも女王様は容赦無い。アントニオは苦笑した。
「息子は愚かでもそれを可愛がる母親が一筋縄ではいかない女でね。非常に手を焼いている。
今回、ここで起きたテロもその一環だろう。私を陥れようとして頼るべき相手を間違えたのだろうね。
危険思想のならず者に依頼するなど、呆れてものも言えない!」
ナムはモバイル端末を取り出し、事前に入手したデータを呼び出した。
ドロリス・ナージャ・ブランドン(56歳)
母は小惑星帯エリアで勢力を持つ大財閥・モッズスター家当主・キリグ氏の妹、
父は輸送会社ブランドン・エキスプレスの代表取締役社長。
立場は一応ジョボレット「社長夫人」だが、アントニオとは 事実婚 。
2人の間に実子はジュニア1人だけ。
彼が生まれた当初から、夫婦仲は冷え切っていたという・・・。
「なぁなぁ、ジジツコンって、なんだ?」
客間の隅にはスタイリッシュなバーカウンターがある。
そこで背の高いスツールに座り、酒ではなくミルクティーを飲むコンポンが「ハイ!」と手を上げ聞いてきた。
「バカね、役所に婚姻届出してないご夫婦の事よ!・・・って、あら?
なんでご夫婦にならなかったの?」
「よしなよシンディ。きっとお子様には関係ない大人の事情だよ!」
カウンターのスツールに並んで座るシンディ・フェイの口を挟む。
「 自由 でいたかったからだよ。」
子供の無遠慮な質問にも大企業社長は怒らなかった。
「私は無戸籍者、心無い者達から『AS』と呼ばれる存在だ。
ドロリス・ナージャと籍を入れば彼女の故郷の戸籍が得られるが、それはできない。
国や法律に縛られてしまうからね。
社長である私が戸籍を持つと、その国の決定に従わなければならない。
国交の有無や政治情勢に左右され、ジョボレット通販をご利用出来ない国や地域が生じてしまう。
承服できない事だ。ジョボレットはどの企業よりも自由でなければ!
例え世間からなんと言われようとも、相手がどこの誰であろうと、お客様に商品をお届けする。
それが創業以来ずっと貫いてきた理念であり、我々の 使命 なんだよ。」
「・・・。」
ルーキー達は飲みかけのお茶を手にしたまま固まった。
穏やかだが並々ならぬ決意と覚悟を秘めた口調だった。それが「お子様」達にも伝わったらしい。
少しでも場を和ませようとしたのか、カルメンが小さく咳払いした。
「ご依頼の内容はわかりました。
お請けするかはお約束しかねますが・・・よろしいのですか?
我々諜報員は、調べるとなれば全てを暴き出します。
例えば奥様やご子息が犯罪に手を染めていた場合、彼女達は籍がある国の法律によって裁かれる。
場合によっては土星強制収容所行きになる可能性だってあります。」
チェルヴァーリアに破壊行為を目論む武装集団を引き込んだだけでも充分大罪である。
今回の依頼を遂行すれば、その証拠と共に動機や目的といった醜い事実も明るみになるのだ。
「構いません。大いに結構!」
驚いた事に、アントニオはニヤリと笑って見せた。
「問題は愚妻・愚息の企てで一番被害を被るのは、巻き込まれる社員達だと言う事です。
それだけは阻止しなければ!中枢支社に勤務する彼らに何かあれば、担当宙域で商品を待つお客様に迷惑が掛ってしまう!」
「い、いやあの。それより先に心配する事、他にあるでしょ?
身内の方が逮捕されちゃったら、会社のイメージとか信頼とかが・・・。」
「我が社の事ならお気遣いなく。
そんな 些細な事 で揺らぐ脆弱な基盤など気付いておりません!」
グッと拳を握りしめ、アントニオがいきり立つ!
「どのような事になってもご安心を!
ジョボレットは必要として下さるお客様がいらっしゃる以上、
必ず!
何としても!!
何が何でも!!!
商品をお届けするのですからっっっ!!!(白い歯キラーン☆)」
「・・・ソウ、デスカ・・・。」
カルメンが気圧された。
出会う男のほとんど全てを女性不信にしてしまう。
そんな猛女が気迫で負けるなど、滅多に無い事だった。
とにかく、上官・リュイを無視して話を進めるわけにはいかない。
一旦返事を保留にしたまま、ナム達は別荘を後にした。
その去り際、アントニオが不穏な事を言っていた。
「あぁ、言い忘れていました。
チェルヴァーリアの1件、警察は手を引きました。
我が社内でも 不問に付される 事になりましたよ。」
「えっ?!」
「捕まったテロリスト達はそれなりに罰せられるでしょう。
しかし愚息に捜査の手は及びません。これが我が妻の 手腕 でしてね。
豪華絢爛な血筋お陰でコネやツテならいくらでもある。裏取引はお手の物だ。」
「・・・。」
潜入だけでも非常に手強いジョボレット。
事実婚とはいえ、その社長夫人はもっと手強そうだった。
「・・・一つ、聞いてもいいっすかね?」
玄関先で和やかに見送るアントニオに、ナムはふと聞いてみた。
「ジョボレットは、注文があれば
リーベンゾル にも、商品お届けしちゃうんっすか?」
アントニオが一瞬、目を剥いた。
しかしすぐにニヤリと笑う。
「もちろんだとも!
ジョボレットはお客様を一切差別しないのだから。」
この時、「キラーン☆」と輝いたのは、白い歯ではなく双眸だった。
( R-フォース だな。間違いない!)
ナムはその笑顔で確信した。




