人の命は尊いけども
チェルヴァーリア・コロニー中枢センター。
ここで運営にあたっている職員は全員ジョボレットの会社員。
彼らは商品宅配員達のような猛者ではない。ごく一般的なシステム・オペレータばかりだった。
「だから、あっという間にテロリストちゃん達に占拠されちゃった、と。
仕方ないさぁね~。」
施設内にある職員用のリフレッシュ・ルーム。
観葉植物が枝葉を広げ、スタイリッシュなソファやテーブルが並ぶ心地良い空間の一角に陣取るアイザックは、作業の手を止め顔を上げた。
テーブルに置かれたノートPCの画面では、様々な情報が目まぐるしく映し出されては消えていく。その画面の向こうから、コーヒーの紙コップを両手に持ったビオラが歩み寄ってきた。
「そうかしら?ちょっと不甲斐ないんじゃありません?」
「おやま、女王様は手厳しーねぇ。」
紙コップを受取り暖かいコーヒーを口に運ぶ。
ハッキリ言って不味い。火星のベース基地で呑むモカのコーヒーが恋しかった。
「油断するのも無理もない。ここのセキュリティ・システムはとんでもなく強固でね、ホントなら蟻の子一匹入り込めやしないはずだったのさ。『裏口』が開いてさえいなきゃね。」
「ジュニアが白状したわ。その裏口、だぁい好きな ママ が開けたんですって。
クリーンルームのセキュリティ・パスまで教えたんだそうよ。
おバカ丸出しね!頭にきたからリグナムが言うとおりにしてやったわよ!」
女王様はどこまでも手厳しい。アイザックは苦笑した。
隊長・ナムが彼女に出した指示は「金でも情報でも絞り取れるだけ搾り取って、カッスカスにしちまいな!」。
同情してやる義理などないが、さすがに少々哀れだった。
「ま、とにかく。今回は人死にが出なかったのだけが救いだね~。」
「・・・そんなに被害、大きいんですか?」
「 最悪 に近いね。」
アイザックはサラリと恐ろしい事を言ってのけた。
「チェルヴァーリアは水星と一緒に太陽の周りを公転している『惑星型植民コロニー』でしょ?
特殊加工で軽量化した強化コンクリート製の模造物とはいえ、山1個ぶっ潰した衝撃がもの凄くてね。コロニーの公転軌道が太陽寄りに5~6度ほどズレちゃったのさ。
地球だって10km太陽寄りになっただけで、熱すぎて生き物が住めない環境になる。
水星宙域ならなおの事さ。今はまだ平気でもほんの1,2週間でコロニー外壁の耐熱温度限界点を越えちまうよ。
必死こいて公転軌道を修正したって、コロニー内部はぐっちゃぐちゃ。中古マンションじゃあるまいし、そう簡単にゃぁリフォームなんてできないさ。
誰がどう考えたって 廃棄 した方が、時間も手間も掛らない。
近い将来、チェルヴァーリアは太陽の引力に捕りそのまま引き込まれて燃え尽きる。
その方が金が掛らず遙かに安上がりだぁね。」
ビオラの顔色がみるみる悪くなっていく。
彼女は頬を引きつらせ、小さな声でつぶやいた。
「・・・じ・・・。
人命には代えられないわよ、ね???」
「その通りだよ、お嬢さん。」
アイザックは紙コップのコーヒーを飲み干した。
「さてと。俺の仕事はここまで!
天候管理システムは正常に戻したし、他のシステムも見る限りでは特に大きな異常なし。
とっとと撤収したしたいトコだけど、さて? 局長はどこに行ったのかな???」
「え? 局長、いないんですか?!」
「うん、いないよ~。だからテロリストちゃん達に天候いじくられるの、防げなかったんだ~。
敵さんの数が多かったからね。結構な猛者が4,50人は居たかな?
なのに、こっちはマッ君とテオっちと俺だけだもんね。人手不足もいいとこさぁ。」
「・・・3人???」
何かに気付いたビオラが小首を傾げた。
ベアトリーチェはナム達の助太刀(?)、局長・リュイは行方不明。
アイザックの話だと サマンサ もここにはいない と言う事になる。
彼女もどこに行ったのかは、まるで見当も付かなかった。
一方、ジュニアのママがセキュリティ・パスを教えたというクリーンルームでは、テオヴァルトがアクリルガラスのはめ込み窓から外の様子を眺めていた。
クリーンルームを占拠したテロリスト共の討伐に掛った時間は3時間強。倒した敵はセンター内の備品倉庫に全員まとめて押し込めてある。そこそこ手の掛る仕事だった。
アイザック達と同じく自動販売機で買った紙コップのコーヒーを口にする。やっぱりマズい。彼は顔をしかめた。
「ショボいモン呑んでるじゃねぇか。どうした、禁酒か?」
機関銃を肩に担いだマックスがノシノシ歩み寄ってきた。
彼があおるのは携帯ボトルに入った琥珀色の液体。濃厚なアルコールの匂いが鼻を突く。
「真面目な性分なんでね。勤務中はなるべく呑まないよう心がけてる。」
「よく言うぜ、アホ!」
2人が肩を並べて外を眺める。その景色は壮絶極まるものだった。
「・・・アンタのヨメ、えげつねぇな。今に始まった事っちゃねぇけど。」
「いい女だろう?はっはっは♡」
ポツリとつぶやくテオヴァルトの言葉を「狂犬」の夫が笑い飛ばす。
しかし笑顔は少々引きつっていた。さすがに恐怖を感じているのだろう。
すっかり夜が明け、晴れ渡るスクリーンシールドの空の下には崩壊した山々の無惨な姿。
むしろ清々しささえ感じるほどの徹底した破壊っぷりだった。
「まぁ、今回は仕方ねぇな。人命にゃ代えられねぇってヤツだ。
リグナムが考えてた様にゲレンデに穴ぁ穿ったくらいじゃ雪崩は防げていなかっただろう。なんたって規模が大きすぎる。」
「そういう事だな。あの新米隊長、やらかす事ぁデケぇがまだまだ読みが甘ぇ。」
ふと、テオヴァルトが隣でボトルをあおる巨人を見上げた。
「そう言やぁ、大将はどこに?」
「さぁな。」
マックスは空になったボトルを近くのダストシュートに放り込んだ。
「何かミッションとは別の目的があるんだろう。じゃねぇと、あの気狂いサイボーグの依頼なんぞ引受けやしねぇよ!
サマンサが無理矢理くっついて行きやがったが、どうしてやがるかな?
・・・おい、酒はねぇか? 自販機のコーヒーはどうしても呑む気がしねぇ!」
マックスが振り向き尋ねた相手は、クリーンルームでせっせと働く職員達。
テロリスト達の支配から無事解放された彼らは、コロニー内環境を必死で建て直そうと奮闘している。
しかし泣く子ももっと泣き叫んじゃう「義腕の巨人」の一声は、クリーンルームを大混乱に陥れた。
壮絶な悲鳴が飛び交い、職員達が転がるように逃げ回る。
マックスは見る影もなく、落ち込んだ。
ちょうどその頃、ロッジでは。
凄まじいチェルヴァーリアの惨状に恐れ戦くナム達は、意外な来訪者を前にして困惑していた。
「貴方がたですね?機関砲乱射して山々を崩壊させたのは?」
惨憺たる有様のロッジに現れた、金髪碧眼の色男。
ビシッと着こなした高級スーツの出で立ちや毅然とした物腰からしてただ者ではない事がうかがえる。
まだぬとべちょしているロビーで彼と遭遇したナム達は、全員その場で固まった。
この大惨事の責任を追及される前に、こっそり逃走するつもりだったのだ。大慌てで荷物をまとめてバックヤードにしていた部屋を飛び出してきたのに、どうやら逃げられそうもない。
絶体絶命のピンチを前に、ただ立ち尽くす事しかできなかった。
「貴方がた、なのですね?!」
「ひぃ?!」
詰め寄る男にナムは狼狽え、ガバッと頭を深く下げた。
「スンマセン!ここは一つ、ウチの 局長が弁償する って事でご勘弁を・・・!」
ところが!?
ガシッッッ!!!
いきなり、右手を強く掴まれた。
驚き顔を上げた先には喜色満面の色男。
彼はナムの右手を激しく上下にブンブン振ると、元気に声を張り上げた!
「有り難うございます!貴方がたは我々の 恩人 です!!!」
「・・・はぃ???」
呆気にとられるナムに、色男は抱きつかんばかりにして話し出す。
「貴方がたのお陰で、多くの尊い人命が救われました!是非何かお礼をさせてください!!!」
「イヤ、でも山が吹っ飛んじゃって、その衝撃でコロニーは廃棄・・・。」
「それはまったく問題ありません。
こんなコロニーの一基や二基、スクラップになったってどうって事ない。
人の命は何物にも代えられないのですから。
あ、申し遅れました。私、こういう者です。」
色男はナムの手を丁重に放し、ジャケットの内ポケットから名刺入れを取り出した。
中身を一枚抜き取ると、優雅な手つきで差し出してきた。
株式会社JOBO-LET
代表取締役社長付 秘書
ルドガー・ラント
「・・・。」
受取った名刺に書かれた身分に思わず目を剥き絶句する。
そんなナムに色男=ジョボレット社長・アントニオの秘書は、ニッコリ微笑み言い添えた。
「我が社の社長も是非、皆さんに謝意をお伝えしたいと申しております。
つきましては、大変恐縮なのですが アントニオの別荘 までご足労いただけないでしょうか?」
(・・・ なに?この展開。)
ナム達はお互いの顔を見合わせた。




