私情まみれだ、コマンダー!
もともと、チェルヴァーリアの夜は暗い。
ロッジやホテルなどの宿泊施設付近ならともかく、建屋の外は明かりが乏しい。これは夜間、人がゲレンデに侵入するのを防ぐ狙いがある。
新しい雪が降る最中や積雪直後、誰もいない暗闇のゲレンデを滑走したがる輩が遭難しては騒ぎを起こす。そのため外灯類は極端に少なくしているのだ。
ゆえに、ロッジで停電が起きるととんでもない事になる。
一筋の光も見えない深淵の闇。いきなり黒一色に塗りつぶされた視界に、ロッジの宿泊客達は恐れ戦き混乱した。
「非常灯が点かない。・・・やられたな。」
悲鳴が飛び交う暗闇の中、カルメンがポツリとつぶやいた。
停電時に点灯するはずの照明等がまったく点かない。何者かに自家発電設備を押さえられているのだ。
どうやらこの停電は意図的に、よろしからざる目的を持った連中によって起った人災らしい。
モカが手探りでウェストポーチから小型ライトを取り出し点ける。
朧な明かりが周囲をぼんやり照らしだした。
ピピッ!
電子音が鳴り響いた。
モカが再びウェストポーチの中に手を入れ、小さくたたまれていたキャスケットを取り出し被る。
インカムマイクを引き出し回線を開くと、どこかの浴室で勢いよく迸るシャワーの音が聞こえてきた。
『はぁ~い♡ ア・タ・シ♡
今ね、お風呂に入ってるトコロなの♡
さすが高級ホテルのスィートルームね!浴槽も広くてゴージャスだし、サイコーの気分よ♡』
「ビ、ビオラさん?!」
『ジュニアから情報、たんまり仕入れたわよ♪アイツ、正真正銘のクズだわね。
オマケにとんでもない マザコン よ。話しててもママの事ばっかり。うんざりしちゃったわ!
この『ママ』って奴がどうも曲者っぽいわね。その辺りも探ってみるつもり。
だから帰りは明日になるわ。ヨロシクね♡」
「は、はぁ・・・。」
脳天気なビオラと戸惑うモカ。2人の会話にナムはピンバッチの通信機から割り込んだ。
「ご機嫌ヨロシクご入浴中って事は、そっちじゃ停電になってないんだな?」
『停電って何よ?コッチじゃそんなの起きてないわよ?』
「やっぱこの辺りだけか。奴らの狙いはこのロッジにある、と。」
『奴ら?狙い? さっきからなんの話してんのよ?ちゃんとわかるよーに説明して!』
苛立ち始めたビオラにモカが現状を説明する間、ナムはカルメンに向き直った。
呑気にシャワーを浴びてる姉貴分とは違い、もう1人の姉貴分の表情は厳しい。憮然とした面持ちで腕を組み、窓辺にもたれて佇んでいた。
「姐さん。そろそろ白状しろよ。
言われてんだろ?『指示出すな』って!
じゃなきゃ、諜報部隊リーダー自負するアンタがこの事態に黙ってるいられるわけがない。
命令されてんだろーがよ!あの冷血暴君に!
ロッジで何かが起った事にゃ、 俺 に指揮取らせろってさ!!!」
「ふん!アタシだってメチャクチャ不本意だ!」
カルメンは露骨に顔をしかめ、忌々しげにそっぽを向いた。
道理でさっきから機嫌が悪いワケである。局長・リュイの命令とは言え、この非常事態をまだ半人前だと思っている舎弟に任せるのが心配なのだ。
『・・・なるほどね。状況はだいたい把握したわ。』
こっちの姉貴分はサッパリしている。モカの説明を聞き終えたビオラの声は、すっかり落ち着きを取り戻していた。
『かなりヤバい状況ね。早く何か手を打たないと!
リグナム、指示よこしなさい!』
「アンタも言われてんのかよ?!俺に面倒押しつけろって!?」
『グダグダぬかしてんじゃないわよ、この非常時に!さっさと働けって言ってんの!』
「・・・。」
情け容赦ない姉貴分の言葉。それを隣で聞いていたロディが肩をすくめて苦笑する。
「そッスね。急いだ方がいいッスよ、ミッションからは外れちゃうッスけど。」
「・・・。」
ふと、首を巡らせてみる。
さっきから不気味に静かでおとなしいルーキー達が、そこにいた。
彼らはある種の期待を込めて、熱心にナムを見上げている。
(いいから、早くなんかしよーよー!)
キラキラした目で訴え掛ける。この危険な状況を楽しみ始めているらしい。
ほんの数ヶ月前までただのガキンチョだった彼らも、すっかり成長したようだ。
「・・・。」
ナムは無言で目線を移し、静かに佇むモカを見た。
彼女は困ったような微笑を浮かべ、首を小さく横に振る。
「私は何も言われてない。
でも局長からはいつも、何かあった時には ナム君 を立てるよう言われてるよ。」
「・・・。」
ナムは頭の後ろを掻きむしり、何百回とつぶやいてきた呪いの言葉を心中でぼやく。
(覚えてろよ、冷血暴君!いつか絶対、ぶん殴ってやる!!!)
どうやらやるしかないようだ。
大きく息を吸い込むと同時に、心と気持ちを引き締めた!
「・・・ロディ!」
「うぃッス!」
「蜂は何匹だ?使えるカメラ搭載蜂型ロボ何機ある?!」
「5機ッス!内2機は発信器付ッス!」
「よし、全機飛ばせ!
モカ!ロッジ周辺の監視地点を選定して蜂を誘導、映像入手!」
「はい!所要時間は、約2分!」
「了解、ヨロシク!
カルメン姐さんはロッジの支配人とっ捕まえて、今すぐ宿泊客を地下に避難させるよう指示してくれ!
地下のショッピングモールなら雪崩が起きても生存できる可能性が高い。」
「わかった。その後は?」
「モカと一緒に地下で宿泊客を守ってくれ!
銃の使用は無制限、テロリスト共が一般人に銃向けた時は、殺さない程度にぶっ殺せ!」
「! よし、任せとけ!♪」
『ちょっと、アタシは!?早く指示よこしなさいよ!』
「ビオラ姐さんは引き続きジュニアのお相手、ヨロシク!
金でも情報でも絞り取れるだけ搾り取って、カッスカスにしちまいな!
その後、先に動き出してる傭兵部隊の連中探して、こっちに応援よこすよう伝えてくれ。
たぶん奴らはコロニーの中枢センターにいる!
応援に来るのは1人でいい、できれば リーチェ姐さん だ。」
『OK!何考えてるか知らないけどね、無茶すんじゃないわよ!』
「へいへい、お互いグッドラック!」
ビオラからの通信は、切れた。
「隊長、映像です!」
部屋の備え付けデスクにノートPCを設置したモカが、キビキビした声で報告してきた。
「また敬語になっちゃうの?つれねぇな~。」
「いえあの、今はそれどころじゃなくって。
とにかく、見て下さい!もうすっかり囲まれています!」
モカの言うとおりだった。
PC画面は放たれた蜂の数だけ分断され、余すところなく現状を映す。正面の玄関口や裏手の従業員通用口、地下のショッピングモールへ向かう外部の階段等、どの映像でも凶暴な闘志を漲らせた襲撃者達が銃を構えて潜んでいた。
「雪崩が来りゃ自分達もオダブツだってのに、玉砕覚悟って雰囲気じゃないな。
殺しを楽しもうって連中の顔だ。コイツら、いったい何が目的なんだ?」
「ま、それもその内わかるだろ。って、姐さん、ドコの戦場行っちゃう気?!」
「無制限っつったのお前だろーが!安心しろ、マグナム弾は使わないから。」
「・・・。」
両手拳銃は当たり前、両肩にライフルとマシンガンを一丁ずつ下げ背中にごっついショットガンを担ぎ、腰や太ももにビッシリ弾倉をぶら下げたカルメンの姿に言葉を失い立ち尽くす。
「なぁなぁ、俺達は?俺達は!?」
「俺達、何すんの?何すればいいの?」
「早く指示ちょうだい!留守番なんて絶対イヤよ!!!」
ルーキー達が喚きだした。スーリャまでもが目を輝かせ、傍らでナムを見上げている。
「っっったりめーだ!お前らに留守番させたら勝手に何しやがるかわかったモンじゃない。
準備しろ、コイツら全員仕留めるぞ!」
テロリスト達の姿が映るモニター画面をのぞき込みながら、ナムは語気を荒げて言い切った。
この窮地を切り抜けるべく立ち上る、隊長の頼もしい号令!
・・・しかし。
「カノジョとのチュー、邪魔しやがったツケは100倍にして返したらぁ!
滅多に来ねぇチャンスをサクッと潰してくれやがって、ただですむとは思うなよ!?
1人残らず顔の見分けが付かないくらい、フルぼっこにしてやるぁーーーっっっ!!!」
「・・・。」
私情丸出しの馬鹿げた雄叫び!
その剣幕に激しくドン引くルーキー達から熱意と期待が消え失せた。
スーリャも頬を引きつらせ、呆気にとられて固まっている。
一方、カノジョは頭を抱え、その場にしゃがんで蹲る。
首筋やうなじが茹だったように真っ赤っか。その有様にカルメンが笑いを堪えてつぶやいた。
「モカぁ?後でその時の状況報告、ヨロシク♡♪」
「・・・やめてくださいぃ~・・・。」
(ナム君のバカー!)
モカは初めて心の中で、恋人の事を罵った。
窓の外では、降りしきっていた雨が止んでいた。
気温が急激に下がってきている。
急がなければ、マズい。




