キノコと触手と裸のモカと
きのこが生えている。しかも大量に。
どれも傘の部分が毒々しい原色カラーで、迷彩柄だったり水玉だったりタータン・チェックだったり。そんなあり得ないきのこが、何故か自分の体からにょきにょき生えている。
それをリーチェが摘んでフライパンにぶち込み、テキトーに炒めて皿に盛り付け「さぁ、喰いやがれ!」と突きつけてくる。
拒否して逃げ出すと、改造高圧洗浄機を手にしたサムが立ちふさがった。
「あらあらたぁいへん。食べられないんだったら、お仕置きよ♡」
極上の笑顔でノズルの口をこっちへ向けてきて・・・。
ナムは掛布を蹴り飛ばして飛び起きた。
寝ぼけ眼で辺りを見回し、ついでに時計を見ると時刻は地球時間・午前1時過ぎ。しばらく肩で息していたが、あまりの馬鹿馬鹿しさに苦笑した。
シンディの戯言を気にするほど繊細な神経なぞ持ち合わせてないが、夢見が悪い。ナムはきのこがあまり好きじゃなかった。
しかも今日もシャワーを使わず就寝している。シンディにはバレてるだろうし、下手すると朝イチでまた高圧洗浄機の洗礼を受けることになるかも・・・。
(・・・一浴びしてくるか。)
ナムは仕方なくベットを降り、クローゼットから自分のパンツを引っ張り出した。
基地のシャワー室は広く、一度に大人10人は使える造りになっている。
モカは自分の着替えを薄暗い脱衣所の簡易テーブルに置くと、不安げに周りを見回した。
1人で使う時に照明を灯すのは電気の無駄遣いしているようで躊躇われる。明かりを付けずに簡易ライトを持ち込む理由を聞かれた時は、こう答えると決めていた。
盗聴盗撮カウンターを確認し、注意深く人の気配を伺う。
吹きすさぶ風の音以外は物音一つしない。ようやく安堵の息をつき、衣服を脱ぐ。
素肌にバスタオルを巻き付け、洗面道具が入った袋を手に取り振り向いた時、自分の姿が鏡に映った。
脱衣所からシャワー室内へ入る入口の横、壁に取付けられた大きな姿見鏡。
この鏡の前ではカルメンとビオラがナイスバディを競い合い、マックスがポージングして自分の肉体美に浸り、アイザックがヲタ芸に練習に励む。皆んなに愛されている姿見鏡なのだが、モカはどうしてもこの鏡が好きになれない。
むしろ、恐ろしい。モカは顔を強ばらせて背け足早に鏡の前を通り過ぎた。
防水板で簡単に仕切られたシャワーの一番奥の個室に入った。
手元の簡易ライトの乏しい光を頼りに、手早く身体を洗う。
(お湯の出が悪い?この間修理してもらったばっかりなのに・・・?)
モカは備え付けタイプのシャワーを見上げた。
「マックス全裸で吹っ飛び事件」後再改造されたシャワーの水圧はここ数日とても快適だった。
なのに、今日はバルブを全開にしてもまったく勢いがない。
体にお湯を受けながら訝しんでいたモカは、突然ビクッと身体を震わせた。
(何かいる!?)
自分の後に気配を感じ、血が凍る思いを味わった。
男衆が入ってくるなんてあり得ない。脱衣所にモカの衣類があるのに気付いて遠慮してくれるはずだ。
女性陣でも入ってくる時に必ず声を掛けてくれる。無言で近づいて来るなんてあり得ない。
しかも入り口の鍵は掛けたはず。すぐ背後まで間合いを詰められたのにまったく気付かなかった。
(基地の人間じゃ、無い・・・!)
タイルの床に落ちるシャワーの水音に心臓の音がうるさいほど共鳴する。
モカはバルブ横の小さな台に置いた自分の洗面道具袋に手を伸ばした。
手探りで目的の物を探し当て握りしめる。
そして深呼吸一つして自分を落ち着かせると、水飛沫を散らして振り向きその手を閃かした!
小型だが鋭く研ぎ澄まされたナイフが放たれ空を切る!
刃は狙った高さに見事にヒットした。
侵入者は基地周辺に張り巡らされた対キメラ用のトラップや、防衛システムをかいくぐって来た。
ただ者ではない。急所を狙っても防御する実力はあると判断し、成人男性の喉の高さを狙った。
相手が思わぬ迎撃にひるんだ隙に逃げ切るつもりだった。
しかし侵入者はモカが放った一撃をまったく防御しなかった。
相手は死ななかった。なぜなら「人」ではなかったから。
シャワー室の床一面を埋め尽くす、濁った緑色の太い触手。
ナイフが突き刺さったままの一番太い触手の周りをやや細い触手が不気味な軟体動物のように蠢いている。触手は鋭利に尖った先端をもたげ、モカを狙ってゾワゾワと揺れた。
あまりの光景に一瞬、我を失った。
それがいけなかった。触手はいつの間にか足元を這い、背後に回り込んでいた。
モカは手足を絡め取られてしまった。
素人が耳にしたら、ただの気のせいで済ますレベルだろう。
ホンの微かなその物音が悲鳴と判断できたのは、日頃の訓練の賜物だ。
盛大にアクビしながらシャワー室脱衣所の前まで来ていたナムは、自分の着替えを投げ捨てた。
鍵がかかっていた扉を蹴り倒して中へ突入し、脱衣所を駆け抜けシャワー室入口横の照明スイッチに拳を叩きつける。
薄暗かった室内が光で満たされた。
目に飛び込んできたのは、眠気どころか意識が吹っ飛ぶトンデモない光景だった。
だだっ広い殺風景なシャワー室いっぱいにグロテスクな触手が這い回り、一糸まとわぬびしょ濡れの少女が拘束されている!?
両手両足を絡め取られて個室から引きずり出され、為す術なく宙吊りにされてるモカの姿。
それを真正面から見る形になってしまったのである。
「・・・・・・な・・・?」
状況が飲み込めない。
ナムはしばらく呆然と立ち尽くし、目の前の光景に目を奪われた・・・。
「・・・後ろ!」
モカの叫びで我に返った。
とっさに身をかがめ背後からの敵襲をかわす。触手がいつの間にかナムの背後まで這い寄り、尖った先端で狙っていたのだ。
触手はナムの頭を掠めタイルの床を破壊した。
(なに見入ってんだ俺!!!)
自分で自分を叱責し、床を蹴って走った。
襲ってくる触手を交わしながらモカへ接近を試みる。
正面で邪魔するひときわ太っとい触手に刺さっていたナイフを見つけ、すり抜け様に抜きとり繰ると触手は嫌な手応えで容易く切断できた。
(よっしゃ、イケる!)
勢いのまま間合いを詰めてモカのすぐ側までたどり着き、ナイフを閃かせて手早く彼女を解放する。
自由を回復したモカがナムの足下に落ちてきた。
助け起こそうと手を伸ばす前に、モカはあっという間に身を翻して視界から消えた。
その素早さに舌を巻きつつ、ナムも一旦触手から距離を取った。
この触手は植物と軟体動物を合体加工したキメラの一部に違いない。本体は別のところに有るはず。排水溝やシャワー口からズルズルと這い出てくる触手を止めるには、そいつを叩かなければダメだ。
(さぁて、どうすっか?)
ナムはナイフを逆手に構えて蠢く触手を牽制しながら、ジリジリと壁際に後退した。
壁に背をつける前に何か柔らかい物がぶつかった。
驚いて振り向きかけたが、もっと驚いて即座に首を前に戻す。
モカが苦しそうに喘いでいた。立っているのも辛いらしく、震える手でTシャツの袖口を握りもたれかかってきた。
薄い生地一枚をとおして体温と震えが伝わってくる。裸の女の子が自分の背中にすがっているこの状況は、健康優良な17歳のナムには刺激が強すぎた。
「だ、だだ、だいじょぶ?」
気遣ってみたが、動揺が声に出て情けない。
モカは話せる状態ではないようで、返事の代わりに小さく頷いた(気配がした。)。
とても大丈夫とは思えない。かといって、どうしてもあげられない。
これ以上見ちゃうわけにはいかないし、得体の知れない触手は迫ってくる。
前にキメラ獣、後ろに全裸の少女。いや、これマジでどうしよう???
テンパってると背中のモカがか細い声でささやいた。
「ゴメン、何か着てくるから、時間稼いで・・・。少しだけ一人で頑張ってくれる・・・?」
了解した。一呼吸置いて、二人は同時に動き出す。
ナムはナイフを閃かせて攻撃へ転じ、視界の端でモカの白い体が水飛沫を上げて入り口へと走るのを見届けた。




