ガチテロ起きちゃう夫婦ゲンカ
意外な事に、三品野郎マイキーはなかなかしぶとい奴だった。
この頑なな態度からしてわかる。彼は間違いなく訓練されたプロの戦士、もしくは諜報員である。
したがって『わかり合うための平和的なお話し合い』は白熱した。
ルーキー達の努力と誠意(?)が報われたのは、たっぷり1時間後の事だった。
「まさか 社長夫人 も絡んでるとはねぇ。イカレてるよ、その女!」
窓辺のカルメンがブツブツこぼすのを聞きながら、ナムは頭の後ろを掻きむしった。
マイキーの前にしゃがみ込み、念押しのため聞いてみる。
「アンタらは ジュニア に雇われた。
でも、手筈を整えたのは社長夫人。アンタらがチェルヴァーリアに入り込めたのも夫人のお陰。彼女が開けた『裏口』から乗込んできたワケだ。
社長を陥れる為に、凶悪犯罪を偽装しろってのが、この2人のご依頼だった。
犯人役のゲオルグさんが宿泊施設で人質取って立て籠る。
社長に酷い目に遭わされましたー、だから報復に来ちゃいましたーって、騒がせといて、警察来る前にサクッと射殺。こうしときゃ、ジョボレットが口封じに抹殺したって思われても仕方ないよな。社長の社会的信用はガタ落ちになる。
・・・ってことで、OK?」
「OK、です・・・。」
「んで?ゲオルグさん撃った後、何をやらかす気だった?
ここから先がアンタらのホントの目的なんだろ?吐いちまえって、悪ぃようにはしないからさ。」
「・・・もう十分最悪じゃないですかぁ~!」
変わり果てた姿のマイキーは、とうとうシクシク泣き出した。
舎弟のクセが移ったようだ。カルメンが髪に手を入れ、グシャグシャ頭を掻きむしった。
「とんでもない夫婦ゲンカもあったもんだよ、まったく!
息子を冷遇するからって、人1人殺してまで自分のダンナ陥れるか?フツー!?
そこのオッサン、ゲオルグとか言ったね!?
アンタ、こんな馬鹿げた茶番で命落とす気たっだのか?!恥を知りな恥を!!!」
「・・・。」
床にキチンと正座するゲオルグが黙って項垂れた。
なるべくマイキーの方を見ないようにしている。見たら笑ってしまうからだろう。
「事前に仕入れた情報では、社長と違って夫人はジュニアを溺愛してるそうですね。
でも、おかしくないですか?確かにジョボレット社内では評判悪いですが、ジュニアは副社長ですよ?
会社の信用が堕ちれば、彼も痛手を被るんじゃないでしょうか?」
窓を開けて暗闇に手を差し伸べていたモカが振り向き聞いた。
外気がとても暖かい。窓の外から引っ込めた手は雨でしっとり濡れていた。
「ふん!あのボンクラ息子とその母親だ。金でもばら撒きゃ取り繕えるとでも考えてんだろーよ!」
カルメンが窓の外へ目を向ける。
「それより、問題はこの雨だ。
社長夫人が引き込みやがった連中が降らせてんだったら・・・。
いったい、なに企んでやがるんだ?」
今、チェルヴァーリアに降っている雨は、ロッジの外に点在する外灯の光を霞んで見せるとても細かい 霧雨 だった。
「・・・例えば、雨が止んだ後で急に気温が下がったとする。」
低く押し殺すような声だった。
その場にいる全員の目が、一斉にナムへと集まった。
マイキーの前にしゃがみこんだまま、そのコッテコテにお化粧された顔をジッと見つめているナムは、なぜか不機嫌そうだった。
「雨と温かい気温で溶けかかった雪がまた凍る。今度は氷みたいにカッチカチに。
その上に、さっきまで降ってたパウダー・スノーをまた降らせちゃったりしたら・・・?」
カルメンの顔から血の気が引いた。
「 雪崩 が起きる!
雪の斜面にちょっと衝撃を加えただけで!!!」
表層雪崩である。
積って押し固められた雪の斜面に大量の新雪が降ると起きやすい。新しく積もった新雪部分が剥がれ崩れて雪崩になる。山の高みでそれが起れば、麓に流れ込む雪の波は想像を絶する破壊力を持つ。
窓辺に立ってるカルメンとモカが弾かれたように外を見た。
今が昼間で明るければ、広大なゲレンデが見えるはず。そんな場所に大量の雪が、時速100Km~200Kmの速さで押し寄せたなら・・・!?
バックヤードの室内が騒然となった!
「冗談じゃないわ!人がたくさん死んじゃうじゃない!」
「ゲレンデにいる人達だけじゃないよ!
ロッジの中にいたって助からない、建物ごと雪に押しつぶされてペシャンコだよ!?」
「これもうガチテロじゃないッスか!シャレにならないッスよ!?」
「テロを目論んでた武装組織が社長夫人の依頼を利用してチェルヴァーリアに侵入したんだわ。
まだハッキリした事は言えないけど・・・。」
シンディとフェイが露骨に狼狽え、モカとロディも眉を顰める。
騒然となるバックヤードの部屋の中で、なぜかナムだけが妙に落ち着いていた。
「・・・ダイジョブじゃね?そんなに焦んなくても。」
「えっ?なぁなぁ、なんで?」
コンポンがナムのつぶやきを耳にして、首を傾げて聞いてきた。
難しい話が嫌いな彼はこの危機的状況を把握しきれてない。
そんな子供に答えるナムの口調は少々乱暴なものだった。
「居なくなってたろーがよ! あの野郎 が、ロビーから。
アイツの事った、ロビーの客に同業者が混じってんの見つけて、さっさと先に動いたんだろーよ!!!」
「・・・あ。」
張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
今回のミッションは5E。一桁目の数字が大きい以上、傭兵部隊もチェルヴァーリアにいる。
そういえば、ミッションが始動してから傭兵部隊の連中を誰も見かけていない。リュイ達がもう動いているのなら心配無用。カルメンやロディ、ルーキー達が安堵し小さく微笑を漏らす。
そんな中、ナムだけが1人不機嫌だった。
「くっそー、どぉりて先刻ロビーで修羅場になった時、助けに来なかったはずだぜ!
あンのヤロー!居なくなるなら先に一言、言えっつの!」
ナムはリュイが話に絡むと途端に機嫌が悪くなる。
窓辺に佇むモカがクスッと笑った。
ナムはもっと不機嫌になった。
コンコン。
ごく控えめなノックが聞こえた。
「スーリャちゃんだ!ようこそー♡」
即座にフェイが反応した。喜色満面で飛び上がり、部屋の入口へと突進する。
「イヤお前、なんでノックだけでわかるんだ?」
「可愛い子のノック音は他の人とはひと味違うからね♡聞いただけですぐわかるよ♡♡♡」
「キモいし、意味わかんねぇよ。」
開いたドアから本当にスーリャが入ってきた。
本気で気味が悪かった。
「急にお邪魔してごめんなさい。私、とても不安で・・・。
パパが帰って来ないの。電話も使えなくて連絡も付かないし。
そんなはずないのに。この携帯、今日の昼間はちゃんと使えたのよ?」
スーリャが両手で握りしめてる携帯モバイルに目を落とす。
画面に表示されてる電波の受信状況は、なぜか『圏外』になっていた。行き届いたサービスで知られる高級リゾート地・チェルヴァーリアで、こんな事はあり得ない。
「スーリャちゃん、お父さんどうした?」
「パパ、急に会社から呼び出しがあって行っちゃったの。
休暇中でも断れない用件なんだって。すぐ帰るって言ってたのに。」
「それで、あんな騒ぎがあったってのにジラルモさんが駆け付けてこなかったのか。
だとしてもおかしいな。娘が危ない目に遭ったってのにまだ帰って来ないなんて。」
「確かに妙ッス。どういう事なんッスかね?」
不吉な予感がする。
ジョボレット配達員歴8年の猛者の不在を訝しがるナムとロディが眉をひそめた時だった。
バチッッッ!!!
突然、室内の電気が消えた。
暗闇に包みこまれたロッジのあちこちから、宿泊客達の悲鳴が聞こえてきた。




