乙女の誓いは500エン
足の治療を終え、シャワーを浴びてさっぱりしたカルメンは、すぐさま命の恩人を探した。
建屋屋上に彼を見つけた瞬間、胸が高鳴り締め付けられる。
「・・・あの、ノーランド、さん?」
躊躇いがちに掛ける声は、微かに震えていた。
人工太陽の光を受けて振り向くノーランドの姿がいろんな意味で眩しい。
カルメンは怖じ気づく心に檄を入れ、足を引きずり歩み寄った。
「ごめんなさい、お邪魔、ですか?」
何か言おうと焦るあまりに口から出たのは気弱な言葉。それが何とも情けない。
(どぉして? 私、こんな弱い女じゃなかったのに!)
カルメンは思わず自問した。
答えはとっくにわかっている。
好き だから。
今、目の前にいる男性に、本気で 恋 してしまったから・・・。
だから、エリア6で「知らない」と言われてどうしようもなく落ち込んだ。
密林で窮地を救われ、覚えてもらっていないのは名前だけだとわかった時には、我を忘れて号泣した。
こんな思いになった男は今まで1人もいなかった。だから歳の数だけフラれ倒しても全然平気でいられたし、後腐れなく次の男を狩りに行けた。
でも、今は・・・。
好きだから、嫌われたくない。
好きだけど、傷つきたくない。
カルメンは怯えていた。
初めて知った本当の恋に、戸惑い途方に暮れていた。
「いや、問題ない。」
ノーランドが微かに微笑んだ。それがまた一層眩しく、カルメンはつい目を伏せる。
「足の具合は?無理に歩かない方がいいのではないか?」
「あ、いえ、大丈夫。出血の割には軽傷だし・・・。」
心配の気持ちが伝わってきて、泣きたいくらい嬉しい。
彼は密林でもカルメンの事を、度を超すくらいに心配してくれていた。
『大丈夫か カーリィ !
怪我は無いか カーリィ !
いや、足を負傷しているな カーリィ !
コレは重傷だ カーリィ ! ・・・』
少しは大事に思ってくれてるのかも知れない。
そんな期待に勇気をもらい、カルメンもぎこちなく微笑んだ。
「貴方にはお世話になってばっかりね。
エベルナでは義弟達が救われたし、ナジャでは私まで危ないところを助けてもらった。
正直私の事、あんなに必死で心配してくれるなんて思わなかったわ。
本当に、本当にありがとうございました。」
頬を朱に染め、カルメンは深々と頭を下げる。
ノーランドの返礼は・・・。
「いや、それはまったく構わない。
尊敬する人物のご息女に、敬意 を表して手助けしたまでの事なのだから。」
「・・・。」
カルメンは固まり絶句した。
父・マーカスは、差別と偏見が根強く残る 人工惑星型コロニー・ティリッヒ共和国 で、人権問題に取り組む活動家だった。
彼は地球連邦政府軍の民間人虐殺事件、「ティリッヒの悲劇」によって亡くなった。しかし彼の博愛と信念は当時少年だったノーランドの心に深く刻まれ息づいている。
尊敬する人の、娘さん。
だから必死で救出した? 父親の偉業に敬意を表して?
あ、そーゆー、事、ですか???
(・・・ま、まぁ、すっかり忘れられちゃってるよりゃ、随分マシよね。うん・・・。)
カルメンは気を取り直そうと、懸命に自分を奮い立たせた。
「ところで、コレを返しておこう。」
ノーランドが軍服ジャケットの内ポケットから何かを取り出した。
掌サイズの小さな拳銃。密林で落とした護身用の銃だった。
「いい銃だ。品質に定評があるメーカーの正規品で、セーフティもしっかりしている。」
「あ、ソレはその・・・貴方が改造銃は止めた方がいいって言ったから・・・。」
思わず胸元を気にしてそっと押さえた。
ちゃんと着替えたからもうブラなんて見えていない。
駐屯基地からお情けでもらい受けたシャツは男性用。だからどうしても襟元が大きく開くが、谷間が少し垣間見えるくらいではしたなくはないはずだ。
それでも気になってしまうのは、ティリッヒでの事があるからだった。
ノーランドと出会ったティリッヒでのミッションで、特殊公安局の非道さに激昂したカルメンは、思わず胸の谷間に隠し持っていた銃を抜いた。
しかし実際に撃ったのは、それ以上に激怒したノーランド。彼はカルメンから銃を奪い、特殊公安局に向かって数発撃った。
使用後、ちゃんと返してくれたのだが・・・。
その際「改造銃は暴発の危険性が高く致死率が下がる。」と言われたので、護身用の銃にはメーカー正規品を使用している。
いろいろあったが、それに気付いてもらえた事がとても嬉しい。カルメンははにかみ、微笑した。
しかし・・・!
「これならソコに入れておいても暴発などの心配は無い。
致死率もさほど心配しなくとも良いだろう。だが使用後は常にセーフティを確認するように。
銃の扱いには最新の注意が必要だ。気を付けなさい。」
ぽ す っ !!?
(え?! えええぇぇぇーーーっ!!?)
あまりの衝撃に声が出ない。カルメンは心の中で絶叫した!
なんと、ノーランドがカルメンの銃を、手ずから胸に戻した のだ!!!
谷間に収まる銃の重みと金属特有の冷たい感触。それが今の暴挙が現実なのだと告げている。
あり得ない。目の前で起こった事が信じられず、身体がビシッと硬化した。
しかしセクハラ加害者ノーランドは冷静な態度を崩さない。
罪の意識まるで無し。それどころかまったくもって平常心で、ふと耳に装着した通信機に指を添える。
「・・・私だ。よし、準備が整ったのだな?エリア指令は今、どちらに?
・・・了解した。私もすぐそちらへ向かう。メビウス艦に帰艦の旨を伝えてくれ。」
通信を切ると、彼はカルメンに向き直る。
「では、これで失礼する。また会おう、カーリィ。」
それだけ言うと、返事も待たず、ノーランドはスタスタ歩いて行ってしまった。
(・・・そー言えば、密林で会った時もアタシの胸、丸無視だったわよねぇ。
シャツがボロボロで、ブラまで見えてたのに・・・。)
カルメンは胸の谷間に銃を突っ込んだまま、マヒした頭で考えた。
温かいはずの熱帯の風が、何だかひどく冷たく感じた。
ところで。
実はこの基地建屋の屋上には マックス達傭兵部隊 も一緒に居た。
堅苦しい軍基地の雰囲気になじめず、屋上の隅でまったりくつろいでいたところに遭遇しちゃったこの場面。全員、銃器整備の手をとめて、立ち尽くすカルメンを遠巻きに眺める。
かける言葉が見つからない。彼らの間に吹く風も非常に乾いて冷たかった。
「カ・・・カルメンちゃぁん♡ 火星に帰ったら、ナニ食べたい?
お姉ちゃま、なぁんでも作ってあげるわよぉ♡♡♡」
ベアトリーチェが意を決して立ち上がり、動く気配のないカルメンにそっと近寄り話しかける。
「よしなさいよリーチェったら。
惚れた男に 女にすら見られてなかった のよ? 同情なんて痛いだけだわ。」
「サマンサぁ!人の傷口に塩塗るんだったら黙ってろ!
・・・ね♡ 食べたい物、言ってごらん?
フライドチキン?ティラミス?それとも明太子スパゲッティかな~~~??♡」
ドSモードのサマンサを荒くれモードで一喝し、ベアトリーチェはカルメンの肩に手を置いた。
その時だった。
エリア6の騒動以来、ずっと沈み込んでたカルメンが 復活の雄叫び を上げたのは!
「女の胸をポケット扱い、しかもまた致死率語ってくれとんかい!
しかもサラッと谷間に手ぇ突っ込んで、
何事もなかったかのよーに立ち去るんかーーーいっっっ!!!」
「ひいぃ?!」
驚き後ずさるベアトリーチェの目の前で、カルメンはどっかんクッションの白い海を鋭く睨み、力の限り咆哮した!
「堕としてやる堕としてやる堕としてやる!
あンの男、絶っっっ対堕としてアタシの魅力で虜にしてやる!!
このアタシの美貌に跪かせて、超熱烈に求婚させてみせたらぁーーーーーっっっ!!!」
ぬとぬと波打つ不気味な海に轟き渡る乙女の誓い。
それを聞いたマックスが、ジャケットの内ポケットからおもむろに、コインを一つ取り出した。
そして自分の隣で呆気にとられるテオヴァルトに差し出し小声でつぶやく。
「ダメな方に、500エン。」
「酷ぇな副長!今の見てイケる方へ賭けるヤツなんかいねぇっしょ。」
「大丈夫だリグナムがいる。舎弟は姉貴分の応援をするモンだ。」
「あら、そういう事なら私も一口乗ろうかしら。ダメな方に500エン♪」
「てめぇら、いい加減にしろやゴルァ!!!」
不埒な賭博をし始めた仲間をよそに、アイザックがふと空を見上げた。
「おや、大将殿と艦長殿がお帰りだねぇ。」
駐屯基地の着床ポートからボッコボコの攻撃機が今、飛び立った。
飛んでいるのが不思議なくらいの危なっかしい飛行だった。




