滑ったお口にトリガーハッピー
シャワールームを出たナム達はA・J達が待っているという駐屯基地の外、基地に隣接する展望台へと向かった。
ロディが食堂からもらって来てくれたコーラ缶のプルトップを開け、一口飲む。久しぶりの炭酸飲料が喉に染み入り実に美味い。
建屋正面玄関に続く通路の窓からは「どっかんクッション」原液の海を眺める事ができた。
ヌラヌラ輝く真っ白な海はハッキリ言って、不気味である。
「密林炎上してるのに何も手を打たなかったんだ。職務怠慢はマスコミがバッチリ報道するだろうし、こんな大騒ぎになりゃ軍も『生け贄』が必要になる。
カワイソーに、ここの駐屯部隊の連中はお終いだな。」
「密林の爆破炎上も火災の放置も特殊公安局の命令だったんッスけどね。
確かにちょっとカワイソーッス。」
通路ですれ違う駐屯部隊兵士達の顔色は一様に青い。
中には顔が土気色になったの者までいる。きっと彼は責めを負わせる「生け贄」に丁度いい階級なのだろう。
玄関にほど近い通路の窓に、展望台前の広場が見えてきた。
「お、いるいるA・J達だ。ソルベちゃんまでいるじゃんよ。」
「うわぁ、全員直立不動ッスね。」
コンバットスーツ姿のシャーロットに向き合う形でA・J達がビシッと一列に整列していた。
シンディ・フェイまで神妙な顔して直立不動している。それが少し可笑しかった。
窓から広場まではあまり離れていない。
シャーロットのよく通る声がナム達の所まで聞こえてきた。
「今回の事は決して褒められるものではない。」
いつも通りの厳しい面持ちで、シャーロットがA・J達に声を掛ける。
「上官命令もなく他支局のミッションに参加した行為は重大な規律違反だ。
お前達には独断で動ける知識も経験も、力量もない。命あったのは運が良かったに過ぎん、結果に自惚れを抱くな、次はないと思え!」
「・・・。」
容赦のない一喝に、まだ未成年の見習い諜報員達が震え上がる。
そんな彼らを見据えるシャーロットの鋭く厳しい双眸が、急にふっと和らいだ。
「・・・だが『エベルナ』は消滅した今、私はもうお前達の上官ではない。
個人的な心情を言わせてもらえば『よくやった』と言いたいところだ。全員無事で何よりだった!」
「!? (えええぇぇ?!)」
思いがけないお褒めの言葉にスレヴィ・マルギーが目を剥いて固まり、シンディ・フェイが互いの顔を見合わせた。
「お前達の今後についてはこれから検討する。」
シャーロットは続けた。
「エベルナの3名は私と共に間もなく出航するメビウス艦に同乗し、地球エリア・月面基地へ向かう。
一時的に『保護』される形で基地施設に滞在した後、身の振り方を決める事になるだろう。
元・13支局隊の7名については局長・リュイと談ずる機会を持った後、改めて各々の希望を聞く。
それまでは火星ベース基地で待機。その間、勝手な行動は慎むように。特にリグナム、アレにはキツく言っとけ!
悪いようには決してしない。お前達が望む人生が歩めるよう責任もって対応しよう。」
「待ってください、副官殿!」
突然、A・Jが叫んだ。
彼らしくないすがりつくような言い方に、シンディが目を丸くする。
首を巡らせ交互に2人を見回す彼女の動揺をよそに、A・Jは驚くべき事を口にした。
「身の振り方を考えると言うのは、貴官との 離別 を意味しているのですか!?」
尊敬する上官の部隊から出る事への拒絶反応、とは少し違う。
それ以上の熱い何かが確実にある訴えだった。
シンディが引きつった顔で固まる一方、シャーロットは静かにA・Jを見つめている。
しかしほんの一瞬、困ったように微笑んだのが、基地の中から眺めるナム達にも見て取れた。
「あー!ソルベのオバちゃんだ!おーい!♪
エーさん達もみんないるじゃん!なぁなぁ、何してんだこんなトコでー!♪」
ここまで陽気に失言かますと、無礼を通り越して清々しい。
元気いっぱいのコンポンがA・J達に駆け寄っていく。
苦笑するニシダも一緒だった。間もなく彼はシャーロットと共にナジャから撤収すると聞いている。
それで迎えにきたのだろう。リュイが無茶な航行を強いたボッコボコの攻撃機で、メビウス艦に帰還するそうだ。
「あ、そーだ、エーさんと言えば!
なぁなぁエーさん!俺、1個聞きたい事あったんだー!♪」
ヘッドロックで絞めようとするシンディの腕から辛くも逃れ、コンポンがA・Jを見上げて言った。
無邪気に笑顔を振りまく彼が、これから落とす巨大な「爆弾」。
エベルナ統括基地の人身売買に暴走しかけたA・Jを見事に止めたその「爆弾」は、ナジャの駐屯部隊基地でも絶大な威力を発揮した!
「エベルナでロディさんが言ってた 『この花一輪の幸せ♡』 って、アレ、なんだ?
俺、全然意味がわかんねーぞ???』
ピ キ ッッッ !!!
あからさまに空気が凍った。
A・Jの顔が紙のように白くなる。
その後すぐに火を噴く勢いで赤くなった。
紅白交互に目まぐるしく顔色コロコロ変ながら、A・Jは岩のよう固まった!
口に含んだコーラを思わず吹き出すところだった。
それを何とか無理矢理飲み込み、ナムはコーラ缶をロディに押しつけ窓枠乗り越えダッシュした!
全速力で展望台前広場に駆け込み、天然系暴走少年をふん捕まえる。
「ぎゃーっ?!って、なんだナムさんか。」
「ナムさんか、じゃねーよ!なんでお前が知ってんだ?!
それは俺がエーちゃん封じの呪文としてロディにこっそり教えたヤツで・・・!
おいロディ!お前コイツに教えたのか?!」
「イヤ教えてない!俺、教えてないッスよ!?
言ったの1回きりだし、他のヤツに聞こえないよーにちゃんと小声で言ったッスし!」
同じように窓枠を越えて来たロディがブンブン首を横に振る。
「ロディさんから聞いたんじゃねーよ、俺、耳がいいから聞こえたんだ。
なぁなぁ、いいじゃん教えてくれよ!なんで 花一輪の幸せ♡ なんだ?」
「だあぁ!いいから黙れコンポン!それ以上言うな頼むから!」
「なんでだよ、気になるじゃん!」
押さえ込もうとするナムに逆らい、コンポンが暴れてジタバタもがく。
派手なケンカは人目を集め、野次馬達が次々広場に集まって来た。
基地建屋の窓にも見物人が詰め掛け始めている。それを知ってかコンポンはさらに大声で喚きだす。
「あっ!さてはなんか企んでたんだな?!
なんか面白い事する時の暗号かなにかだったんだろ!?
ズリィぞ、そんな暗号あるんだったら俺にもちゃんと意味教えろよ!
なんだよ『この花一輪の幸せ♡』って!教えろ教えろ教えろーーー!!!」
「あーもー!ソレ言うなっつってんだろしつこいな!」
ナムは固まってしまった親友(?)の為、負けじと声を張り上げる。
結論から言うと、それは完全に間違っていた。
多くの人々が注目する中、またしても暴露されちゃう 黒歴史 。
ナムの怒声は高らかに、駐屯部隊基地の隅々にまで実にクリアに響き渡った!!!
「ヤンチャでおマセなガキンチョだった頃とはいえ、
女に 求婚 した時の台詞 なんて、メッッッチャ恥ずかしいだろが!
しかもそん時フラれた相手が 目の前にいる って、何の拷問だよコラ!!!」
・・・基地中がシーンと静まり返った。
後悔しても後の祭り。口から滑って出てきた言葉はどうやっても取り消せない。
自分がしでかした事のヤバさに、さすがのナムも血の気が引いた。
「求婚?今の謎暗号が???」
呆気にとられるマルギーが、恐る恐る聞いてきた。
「えっと、『この花一輪しかあげられないけど、貴女を幸せにしてあげたい♡』みたいな感じ?」
「げっ!マルギー!なに言い当ててんだお前!」
「ビンゴかいな。・・・うわぁ。」
狼狽えるナムを見て、スレヴィも遠慮がちに小さくつぶやく。
「しかも、その相手が目の前っちゅう事は・・・。」
硬直するA・J以外の全員の目が、ある一点に集中する。
そこに佇むのは、鉄 巨 人 。
連戦無敗の猛者たる女傭兵の口元に、滅多に見る事のない微笑が浮かぶ。
その微笑は、何だか妙に生暖かかった。
ジャキン!
A・Jがフォルスターから愛銃を抜き、セーフティを解除した!
「・・・ リ・グ・ナ・ム・タッカーーーっっっ !!!」
「イヤ、マジゴメン! 今回は ホントに俺が悪い!!!」
「今回は、とかゆーとる辺りからもうアウトやで。」
「うん、しょうがない。撃たれときな、ナムさん。」
「エーさん、急所だけは外して欲しいッス。一応言っとくだけッスけど。」
「ガーン!A・Jってば、年上好みだったのぉ!?」
「ガーン!ロッティは年下が好きだったのかぁ!?」
「シンディ、ニシダさん、それ今言ってる場合???」
猛り狂うA・Jを前に焦るナム。
呆れるスレヴィ・マルギーと、手の施しようがない状況に諦め顔になるロディ。
見当違いなショックを受けて呆然となる恋する乙女と五十路のオッサン。
フェイの突っ込みはサラリと無視され、怒濤の銃撃が始まった!
ドンドンドンバンバンドンドンドン(エンドレス)!!!
本来、この凶行を止めるべき元・上官シャーロットは、フィと目線を真横に反らす。
見なかった事にしようとしている。
そんな彼女の首筋は、ほんのり朱に染まっていた。




