断罪の言葉を戦友に
ナジャの空に地球連邦軍宇宙艦隊特殊防衛艦・メビウスが出現した。
森林火災の煙で煤けたぶ厚い雲を突き破り、太陽系最強と讃えられる戦艦の巨体がゆっくり厳かに降下する。
素晴らしい勇姿である。誰もがその荘厳な姿に目を奪われ、しびれるような感動を抱いて歓喜する事だろう。
ただしその不沈艦が、ナジャの大地に とんでもないモノ を撒き散らかしたりしなければ。
地上にいる全ての人々・動物達が呆気にとられて見守る中、メビウス艦の巨大な主砲が煙燻る密林に、今再び砲口を向ける!
ドォン!!!
空気を大きく震わせて、主砲が激しく咆哮した。
それに倣って副砲も一斉砲火を開始する。
ベトつき、ヌトヌト糸を引く白い不気味な液体が、再び密林に降り注ぐ!
ぬるぐちょどべしゃーーーーーっっっ!!!
聞くに堪えない音を立て、ナジャの密林はより一層テラテラ光る白色に染る。
見るにも堪えない光景だった。
「説明が必要ッスね!!?」
身の毛がよだつその光景をメビウス艦艦橋から眺めるロディがドヤ顔で振り向いた。
「あれは、『どっかんクッション・霧っとケシタルデーⅤ』の 原液 ッス!
『どっかんクッション4号ラグジュアリースペシャル』の素材を液体状にしたヤツッスから、こんだけ振りかけとけば森林火災なんてイチコロッスよ!♪!」
エベルナ統括基地のB棟武器庫でコンポンが暴走した時活躍した、あのスプレーの中身である。
どっかんクッションは本来ならば熱、衝撃にめっぽう強い超・強力な緩衝剤だが、熱を通さない性質上優れた消化剤としても使用できる。
粘度の高い原液はあっという間に炎から熱を奪い去る。実際、不沈艦による前代未聞の砲撃のお陰で火災はほとんど鎮火した。
あとは、所々で煙が燻り岩山部分がチラホラ燃え残っているだけ。それも直に消えるだろう。何しろ遺跡崩壊で陥没した密林炎上部分のすべてが、白くて不気味などっかんクッションにすっかり覆われてしまったのだから。
「いや、ロディさん?今、そんなんどーでもいいと思うよ?・・・誰も聞いてないし。」
艦橋側面、ガラス壁の側で真っ白になった密林を眺めるフェイが、呆れた様に突っ込んだ。
シンディ・コンポンも一緒に居るが、あまりの事に驚きすぎて言葉を無くしているらしい。ただ呆然とガラス壁に張り付き目を見張って固まっている。
艦橋内の乗員達も同様だった。
やれ、と言われて実行したが、想像を絶する結果を前に思考が止ってしまったようだ。全員一様に顔面蒼白、顎を「カックン」と落としたマヌケな顔で身動き1つ取れないでいる。
そんな彼らにお構いもなく、ロディの口上は止らない。
むしろ得意絶頂で、彼にしては珍しいほどハイテンションになっていた。
「そもそもッスね!『どっかんクッション』とは、超高圧縮でカプセルに仕込んだ特製衝撃吸収材を爆発させることで瞬時に、しかも広範囲に広げて爆発や衝突の衝撃を和らげる、夢のよーな衝撃緩衝マットなんッス!
『霧っとケシタルデーⅤ』は、それを液体化する事に成功して誕生した世紀の大発明なんッスよ!
しかもどっちも環境に優しい素材でできてるんッス!
人畜ともにほとんど無害、無味無臭にしてリサイクル可能!つまりッスね!」
身振り手振りで鼻息荒く説明していたロディが不意に、穏やかに優しく微笑んだ。
ごんぶと眉毛の下で輝く小さな両目が艦橋中央、キャプテン・シートを振り仰ぐ。
「土に還る事ができるんッス。
『霧っとケシタルデーⅤ』の原液が完全に乾いた後、その上に延焼を免れた森林の土を被せてやれば、土の中の微生物がいい感じに分解して養分にしてくれる。
木でも草でも何でもよく育つはずッスよ!発明した俺が保証するッス!!!」
「・・・なんというか・・・凄いな、君は!!!」
キャプテン・シートの側に立つニシダ・ミッターブロウが大きく感嘆の吐息を付いた。
「いや、君達全員が凄いんだな。敬服するよ、素晴らしい!!!」
現在不在の艦長に代りメビウス艦を指揮していた彼は、副官がどんなに進めてもシートに座ろうとしなかった。
その代わり、躊躇う乗員に檄を飛ばし、ナジャへの異例の砲撃を事細かに指示してくれた。
火星ベース基地で『霧っとケシタルデーⅤ』の原液をメビウス艦に積み込むところから、ずっと理解を示してくれた。
信用してくれているからこその行為である。
ロディは感謝と尊敬を込めて、ニシダにニッコリ微笑みかけた。
「・・・さて。話を続けようか、ディクソン。」
そのニシダがキャプテン・シートの前に浮ぶホログラフィ画面に向き直った時、艦橋内の空気が激変した。
画面に映る男を見据えるニシダの厳しい双眸には、それほど鬼気迫るものがあった。
「君が言いたい事はわかる。今、私が行っている事の全ては完全に越権行為だ。
人命救助とは言え地球エリアを任されている私が、君が管理している外惑星エリアで勝手に振る舞っていいワケがない。」
『・・・解っていてなぜこんなマネをしたのかね?ミッターブロウ。』
画面の男がニシダに静かに問いかけた。
デスクに座る男の姿は胸から上しか映っていないが、ひどく痩せ細っているのがよくわかる。
目も落ちくぼんで顔色が悪く、生気が感じられないこの男は、外惑星エリア統括指令・ディクソン。
そんな大物にはとても見えない、病み疲れた重病患者のような男だった。
「なぜだ、と聞かれればこう答えるしかない。
『地球連邦政府軍 宇宙艦隊特別規定・第25条4項』!
反社会組織『エベルナ特殊諜報傭兵部隊』(?)のテロ行為で死に直面しているナジャの民間人の救出および、火災により甚大な危機に陥った密林の被害を食い止める。
それを実行する勇敢な部下が任務を完遂できるよう対応するのも上官の役目だ。違うかね?」
ディクソンは身じろぎ一つしないまま、闘志漲るニシダを虚ろに見つめている。
しばしの沈黙の後、彼はポツリとつぶやいた。
『君は、特殊公安局に逆らうというのか?
彼らの後ろに誰がいるのか、君もよく知っているはずだろう?』
「・・・やはり、ヤツらは君に手を回していたんだな?」
ニシダの表情が僅かに曇る。
買収されたか脅されたのか。どちらにしろ、彼らがナジャで行う事の全てを黙認して放置する。
連邦政府軍エリア指令ともあろう者が民間人に非道を行う悪党共に屈したのだ。
その悪党は同じ軍の諜報部隊。しかもその背後には・・・。
「ヤツらの後ろに誰がいるか、だと?
そんな事は私だけじゃなく、軍に籍を置く者なら誰だって知っているさ!」
声を張り上げ、ニシダが叫ぶ!
「特殊公安局の後ろで糸を引くのは、地球連邦政府軍・元帥 および、
それを操る 連邦政府の政治家 のクズ共だ!
金と名誉にしがみつく愚にも付かない老害共!
ヤツらが命じた民間人虐殺を、この私も見過ごせとでも言うのかね?!
断 る! 断じて だ !!!」
『・・・っ!』
ディクソンの顔に初めて感情の色が浮ぶ。
頬が引きつり苦しげに歪む、今にも泣き出しそうな表情だった。
『・・・君は・・・強い。だからこそ、言える事だ・・・。
しかし、私は・・・私は・・・!』
「私は君を責めようとは思わない。」
ニシダは昂ぶった感情を鎮め、静かに告げた。
「だが、今すぐ職を辞したまえ。
ナジャにおける連中の目論見は失敗に終わった。今頃密林が半焼する事態の責めを負わせる軍部側の『生け贄』を選定している頃だろう。
軍議会では君も私と共に民間人救出に尽力したと証言しよう。
連中の圧力がなければ、君は必ずそうしたはずだ。そうだろう、ディクソン?」
最後に一言言い添えるニシダの声は、優しく穏やかで、残酷だった。
「私と一緒に『大戦』で戦っていた時の君は、そういう男だった・・・。」
『お、おぉ・・・あぁぁぁーーー!!!』
デスクに突っ伏し、ディクソンは激しく泣き出した。
左右から側近と思われる兵士が慌てて駆け寄り、ホログラフィの画面を切った。
画面が消える一瞬前、右側の男がニシダをジロリと睨み付けて消えた。
特殊公安局の息が掛かった者だろう。
ディクソンが「生け贄」になる事は、もう決定事項のようだった。
「・・・。」
ニシダは暗い吐息を付いて小さく首を左右に振った。
かつての戦友の変わり果てた姿がなんとも虚しい。やりきれない思いが胸に重たくわだかまる。
誰も言葉を発しない。メビウス艦の|艦橋は、暗くしぃんと静まり返った。
そんな空気をぶち破っちゃうのは、なぜかやっぱりあの少年。
難しい話はとにかく苦手。ずっとガラス壁にへばりつき真っ白な密林を眺め回していた彼は、ふと上げた目を輝かせた。
「あっ、局長だ! ナムさんもいるぞ、おーーーいっっっ♪!!」
ロディが頭を抱えて項垂れフェイが脱力、苦笑する。
外に向かってブンブン手を振る天然系暴走少年・コンポンを、慌てふためくシンディがヘッドロックで締め上げた。
その時。
ドドドォン!!!
遙か遠くで轟音が鳴り響いた!




