大密林炎上
歩兵達が銃を構えたのを気配で察し、散開した。
カルメンは右に、ナムは左に。人骨蹴散らし走るカルメンを横目で見ながら、ナムはエアバイクのハンドルを切り車体を大きく振りきった。
エンジンの風圧が床に散らばる骨片が大量に吹っ飛び、カルメンを狙う歩兵達に襲いかかる。
歩兵達がひるんだ隙に、カルメンの銃がビオラを狙う。銃口はビオラの両手をきつく縛った拘束帯に狙いを定め、寸分違わず掠め切った!
「・・・姐さん?!」
エアバイクを繰るナムは思わず叫んだ。ビオラを救う弾丸を放ったカルメンが、何かに足を取られて転倒したのだ。
咄嗟に受け身を取った彼女は転がるようにして白骨の山影に退避した。どうやら怪我は無いようだ。安堵し次の行動に出る。
つなぎの背中に右手を突っ込み、棍棒を取り出し伸ばす。バイクを大きく旋回させて、地面に転がる標的を棒先で思いっきり叩き飛ばした!
骨片と共に宙を飛ぶビオラの武器・電磁ムチ。ビオラが自由になった手でそれを掴む。
疾走するナムの左頬を凶弾が掠める。敵の攻撃が始まった。
ビオラが棒立ちになるジュリオに飛びつきカルメンとは別の白骨山に身を隠す。それを見届けナムは一旦、その修羅場から離脱した。
銃撃戦が始まるとエアバイクが被弾し破損する。そうなると地上に戻るのが困難になる。まだ地上ではテオヴァルト達が負傷者を守って戦っているのだ、それだけは避けたい。
エアバイクの速度を上げて、ビオラ達が通った細い路地へと突っ込む。路地入口でオロオロしていたロドリゲス博士を棍棒の先に引っかけ引きずりながら。
こんな奴でも死なれると後味が悪い。
邪魔にならないような場所に投げ捨てておくつもりだった。
博士の悲鳴をまき散らかしながら路地を抜けて大通りに出た。
もうビオラが放った照明弾の光は届かない。バックパックから暗視ゴーグルを取り出し装着した。
「・・・あれ?」
闇を疾走しながらナムは気付いた。いつの間にか手に何かが絡みついているのだ。
暗視ゴーグルの視界には色彩がない。形だけでしか確認できないが、目視する限りどうやら植物の千切れた根のようだ。しかも枯れた物じゃない。瑞々しい生きた木の根っこだった。
さっき広場でバイクをふかした時、人骨片と一緒に飛び散り絡みついたのだろう。
(500年前の遺跡の中に、生きた植物が?・・・いや、おかしい事じゃない。
この上は密林なんだ。密集した木々の根が深く根ざしてるのは当たり前・・・。
って、イヤこれ、やっぱりおかしい!!!)
ナムは疾走するバイクの上から首を巡らせ、周囲の様子を伺った。
500年前人が暮していたという大通りの、色のない不気味な光景。修羅場続きで気が付かなかったが、広い通りの壁や地面には天井を貫き伸びる木の根が幾つも這い回っている。
複雑にもつれ、一塊になった根には人骨が絡まってるものもある。養分にされてしまったのだと思う不憫だが、今はもうそれどころじゃない。
気付いてしまった別の事実に猛烈な焦りを感じて背筋が凍る。ナムはピンバッチの通信機に声を荒げて呼びかけた!
「姐さん!カルメン姐さん、聞こえるか?!
さっき、なんかに躓いたろ?アレ、もしかして木の根っ子かなんかか?!
だったらヤバい、いろいろと!
早く地上に出てテオさん達加勢しないと、大変な事になるぞ!!?」
しかし。
ナムの叫びは黙殺された。
と、言うよりまったく聞いちゃぁいなかった。
通信機の回線は、久々に顔を合わせてしまった「コンビ」の激しい応酬を生放送で伝えるだけだった。
『ったくこの間抜け!
なんだってあんなゲスにヤラレそーになってんだ男コマシのハニトラ要員のくせに!
言っとくけどコレ、一つ貸しよ!危ないトコ助けてやったんだから、少しはマトモに感謝しな!!!』
『はぁあ?!ほざいてんじゃないわよ、脳筋ヘタレの分際で!
貸しですって?!普段アンタのフォローしてんの誰だと思ってんのよ!
チャスカー艇で胸ひん剥かれて泣きべそかいてた奴がエラそーに!!!』
『お黙り!アンタだってステディな男いないから未だに未通女なんだろーがこの厚化粧!
ほっときゃバカやらかすアンタの世話してんのはアタシの方だろ?!
空っぽの頭じゃそんな事も判んないワケ?!!』
『そっちこそ頭沸いてんの?!
マジ惚れした男につれなくされて凹みまくってたショボくれ女に面倒見られる筋合いないわ!』
『なんだと!この蜂蜜女!!!』
『なによ!この野蛮女!!!』
・・・だめだこりゃ。
ナムは無言で通信を切った。
口汚くののしり合う2人と共にいるジュリオが非常に心配だ。とっととこのおバカな博士をどこかにポイ捨て広場に戻った方がいいだろう。
「さ、さっきの広場の地面なら、木の根が這い回っていたぞ?」
棍棒に引っかけたロドリゲス博士がオズオズ話しかけてきた。
「植物が『生きよう』とする力は侮れんぞ。か細い根でも時間を掛けてアスファルトやコンクリートを無理矢理こじ開け貫通する。
500年前のナジャ小惑星移住者達が地下を街にと考えたのなら、壁や天井に木の根の浸食を防ぐ加工が施されていそうなものだが、それがない。
この辺りで使用されているのはごくありふれた強化コンクリートだ。もしかしたら彼らはナジャに長居する気が無かったのかもしれん。
何らかの目的のため一時的に住んでいたに過ぎないのだろう。」
「へぇ、なんだよ急に。学者らしい事言うじゃん。」
「・・・。」
強烈な香水の香りが漂ってきた。
扉が並ぶ通りの中で一つだけ開きっぱなしになってる扉がある。その前でナムはエアバイクを止めた。
「よしオッサン、ここで待ってろ。気が向いたら助けに来てやる。」
「き、気が向いたら?!おい、冗談じゃないぞ!」
「いーから隠れてろって!コッチはぶっちゃけ、アンタの面倒見てる場合じゃないんだよ!」
嘆く博士を棍棒の先から解放した。
このむせかえるほど濃厚な柑橘系の香りはビオラの仕業だとすぐにわかった。彼女達がここから街に入ったのなら、ここからMPクリスタル鉱床まで行けるはず。
緑の煙が色濃く燻る室内を眺め、ナムは自分の目つきが険しくなるのを感じていた。
(ごくありふれたコンクリートだって?ヤバいヤバいマジでヤバい!!!
もし、地上で戦ってるテオさんやマックスさんがやられたら、もう誰も助からない!
俺達も、ダーク・グリーンも発掘隊も、みんな仲良く 殲滅 だ!!!)
一刻も早く地下から脱出し、マックス達と合流しなければならない。
逸る想いでエアバイクの車体を反転させる。
異変が起こったのは、その時だった。
ズズゥ・・・・ン!!!
上から叩きつけるような衝撃と、振動!?
(しまった!!!)
ナムは天井を振り仰いだ。
「・・・しまった!!!」
地下にいるナムとほぼ同じタイミングで、地上のテオヴァルトが絶叫した。
空を覆って生い茂る木々の枝葉の隙間から暗雲が立ち上って行くのが見える。
炎を纏った異形の雲は真っ赤に輝く火の粉を散らし、森のあちこちから動物達の悲鳴にも似た声が響き渡る。
特殊公安局のゲリラ部隊を倒しつつ、彼らがしかけた爆弾を必死で撤去してきたが、やはり防ぎきるには至らなかった。
爆発したのはあの人型の巨岩、足下付近に当たる所。
より一層緑が濃かったその一帯が、みるみる紅蓮に染まっていく!
「お・・・おおぉおぉーーー!!?」
ラモスが悲痛な悲鳴を上げた。
ナジャの密林が燃え始めたのだ!




