戦火が奪った家族
ビオラの故郷は地球。北欧の国の小さな街に家族で暮す家があった。
比較的温暖な気候だったがやはり冬は非常に寒く、降り積もる雪は花を育てるのが趣味だった母親をよく嘆かせた。
「でも、雪なんかに負けないわよ?
春になったら『これでもか!』ってくらい、庭中お花だらけにしてあげるわ!」
寒い冬にはとにかく耐える。いずれ必ずやってくる春の好機に精一杯伸びればいい。
母は庭の草花を通してそう教えてくれた。
「仕事」で不在がちな父親の分まで子供達を愛し育む気丈で優しい女性だった。
そんな母を見て育ったビオラ達兄妹もまた、お互いに助け合いながら仲良く暮していた。
花と笑顔の絶えない温かい家庭。
「仕事」から帰還する父はこのささやかな幸せを愛していた。
「私はお前の下僕だよ、女王様♡♡♡」
長期の「仕事」から帰還する度、父はビオラをとことんまで甘やかした。
欲しい物は何でも与え、可愛く着飾り、よく一緒に遊び回った。その都度母と兄達が小言を言うが、馬耳東風。歳を取ってから生まれた娘に、父はとにかくメロメロだった。
「さぁご覧、女王様!これがパパのチームのエンブレムだよ!」
ある日、上機嫌の父がそう言って、変ったモチーフの紋章を見せてくれた。
可愛い待雪草を銃器が囲む、可憐さと物々しさが入り交じるちょっとおかしなエンブレム。ビオラは素直に「変だ」と告げた。
「ははは、そうかもしれないね。
でもコレ、ママが三色スミレと同じくらい好きな花なんだぞ?
パパはどこに居ても、このエンブレムを見るたびお前達を思い出す。
お前達がいるこの家に、ガンバって帰って来ようって思えるんだ。」
幼いビオラを抱きしめる父の笑顔は哀しげだった。
春になると庭の花壇に待雪草が咲き誇る、ビオラ達家族の「家」。
父がその家に帰ってこなくなったのは、今から12年前の事だった。
行方不明になった父を按じ、母はツテを辿って必死に捜していたという。
名うての傭兵部隊の隊長だった父は顔が広かった。援助や協力を申し出る者達も多かったが父の行方や消息は杳として知れず、時だけが虚しく過ぎていった。
ビオラが舌先三寸で男をたらし込む手管を覚えたのはこの頃だ。歳を偽り繁華街をうろついて、金を持っていそうな男をたぶらかす。事に及ぼうとするタイミングで、兄達2人が難癖付けて有り金全部ふんだくる。
美人局である。10歳にも満たないビオラにそれができたのは、やはり天与の美貌のお陰だろう。
犯罪なのはわかっていた。しかし父のいない一家の生活は困窮を極めていた。
生きていくため仕方がなかった。
そんな荒んだ生活が、3年以上続いた。
「キミ達のお父さんを知っている。詳しい場所は言えないが外惑星エリアの激戦区だ。
負傷して身動き取れなくなって、とてもキミ達に会いたがっている。」
突然現れた怪しい男がそう言って母を誘ったのは、ビオラが13歳の時だった。
生活に疲れ憔悴していた母は、疑う事なく男を信じた。兄2人は必死で止めたが、返ってそれがいけなかった。
ある朝、母が居なくなっているのに気が付いた。ビオラ達に何も告げず、その男について行ってしまったのだ。
リーベンゾル大戦末期の太陽系は混沌を極め、比較的安全だった地球以外はいつ紛争に巻き込まれて命を落としてもおかしくない状況だった。
母の身が危ない。兄達は何度も何度も話し合い、いやがるビオラを父の古い知人に預けて母を連れ戻しに行く事にした。
僅かな情報を頼りに外惑星エリアに向かった母を追う。この行為も非常に危険で無謀だった。
しかし彼らもまた母のように、父が生きていると信じたかったのだろう。
「きっと4人一緒で迎えに来るよ。」
1人地球に残される妹にそう言い残したのだから。
もしも と、ビオラは今でも思う。
あの時、無理矢理にでも兄達に付いて行っていれば、家族は再会できただろうか?
幸せだった頃のように、家族みんなでずっと笑っていられただろうか?
それがたとえ、命を失なった後だとしても・・・。
兄達が地球を発って間もなく、ビオラは預けられた知人に騙され人買いブローカーに売り飛ばされた。
裏社会の闇に飲まれて苦しみもがいていた時には、すでに家族はもう1人としてこの世にいなくなっていた。兄達2人に付いて行っていたならば、ビオラも生きてはなかっただろう。それだけ当時の太陽系は狂気と暴力で満ちていた。
その残酷な事実を教えてくれたのは、局長・リュイ。
彼はビオラを人身売買の闇組織から救い出し、1人でも生きていけるよう鍛えてくれた。
しかし家族がどこで、どんな最期を迎えたのかまでは教えてくれはしなかった。
自ら「知ろう」と決心するまで、5年を要した。
ナジャという地名を知ったのは、ごく最近の事だった。
(・・・違う!コレはパパじゃない!)
ビオラは顔を上げ、キッと暗闇を睨んだ。
義腕の巨人マックスほどではないにしろ、父は大きくがっしりとした骨太な人だった。
待雪草のエンブレムを持つこの骨は非常に小柄、もしかしたら女性の白骨なのかも知れない。
父ではない。しかし12年前行方不明になった父の部隊は確実にここに居たのだ!
居ても立ってもいられない。ビオラは闇に向かって走り出した。
ジュリオの事も博士の事も、迫り来る地球連邦政府軍公安局の事ももう頭になかった。必死の想いで簡易ライトの光が照らす狭い裏路地を突っ切った。
それほど長くは走らなかった。不意に両脇から迫ってくるような圧迫感が消え、路地を抜けたと察せられた。
たどり着いたその場所は相当広く、簡易ライトが役に立たないほど闇が深い。ビオラはウエストポーチに手を入れた。
手探りで取り出したのは、小さな銃。APクリスタルの鉱床を明るく照らした照明弾の短銃である。
迷わず銃口を天に向け、思いっきりトリガーを引き絞る!
パァン!
眩しい光が炸裂し、一気に闇が払われた。
開けた眼前に現れたのは、全く別の「闇」だった。
「・・・!!?」
山と積まれた 人の死体 に、ビオラは言葉を失い立ち尽くす。
無惨に白骨化した亡骸は戦闘服を着ている者がほとんどで、例外なく血に染まっている。くすんだ茶色に変色した血が時間の経過を物語っていた。
このおびただしい数の死者達は、500年前の戦災犠牲者などではない。
着衣の質や装備でわかる。ここで惨劇が起きたのはごく近年。
彼らが武器を手にして戦ったのは、「リーベンゾル大戦」。
あの「大戦」で正規軍人の歩兵が起用された事例は極めて少ない。おそらくここにうち捨てられた亡骸は、戦没者数にカウントされない 無戸籍の傭兵達 だ。




