500年前の『大戦』
ピピッ!
ブレスレットが電子音を奏でた。モカからの通信だ。
『ビオラさん、ご無事ですか?!
状況は隊長から聞きました。お怪我はないですか?!』
「ないわ、ありがと♡
ねぇ、そのスカポンタン、どーしたの?
さっきからコールしてんのに応答しないのよ。どーなってんの?」
『あ、えと、今隊長は意識不明の状態でして・・・。
カルメンさんが、その~・・・。』
ビオラの眉毛が今度はきりりとつり上がった。
「カルメン?!なに、あの女、チャスカー艇から出てきちゃったの!?
ったく、なに遊んでんのよアイツら!コッチは大変な目に遭ってるって言うのに!」
『大変な目?大丈夫ですか?あの、一緒に居るはずの「考古学者」さんは?』
「あぁ・・・。アレならピンピンしてるわよ。嫌になるくらいにね!」
『え???』
うんざりと、ビオラが目線を投げ掛ける先には「アレ」と呼んだ考古学者がいた。
MPクリスタルの鉱床に落ちたビオラ達は、何とか手近な坑道まで這い上がり難を逃れていた。
機械兵が戻ってきた時狙撃されにくいように奥まで入り込んだのだが、それがどうやら失敗だった。まさか坑道の奥に500年前の住居跡があるとは思わなかったのだ。
一般的な言い方をするなら、地下2階と言ったところか。坑道を掘り進めている内に人工的に作られた壁にぶち当たったらしい。木っ端微塵に破壊されたコンクリート壁の残骸が、壁向こうの床にゴロゴロ転がり込んでいた。
ここで、非常に困ったことが起きた。
住居跡と思われる室内に足を踏み入れるなり、ジュリオがまた豹変したのだ。
考古学者には宝の山なのだろう。さっきからジュリオは脇目も振らず、簡易ライトの明かりを頼りに室内を漁り何かを見つけては熱心に調べている。
「宇宙開拓時代にはよくあったことです。」
ジュリオが足下に落ちていた小さなノートを拾い、誰に言うでもなくつぶやいた。
「特に太陽光が届きにくい小惑星帯から外惑星エリアでは、テラ・フォーミングしても居住区は地下に作ることが多かったのですよ。その方が熱量を宇宙空間に放出しにくいですし、なにより安全です。
原始のナジャは氷で覆われた極寒の小惑星でした。人工太陽の配置が完了しても当分の間は溶け出した大量の水を避けて地下にいなければならなかったでしょう。」
ビオラに語っているようで、ビオラの事など眼中に無い。そんなジュリオの鬼気迫る考古学熱に、もう1時間以上付き合っている。モカからエベルナのミッションが完遂した事とマックスがテオヴァルトの加勢に向かった事を聞いていなければ、この場にジュリオを捨て置いてとっとと立ち去っていたところだった。
「さっきからずっとこんな調子なのよ、うっとうしいったら!
なにが考古学者よ、アホらしい!結局何の役にも立たなかったじゃない!
コッチは裸まで見せたってのに、飛んだ脱ぎ損だわ!
野蛮女と一緒に遊んじゃってるリグナムに伝えてくれない?
『そっちが何とかなったんだったらとっとと迎えに来い!』って!」
『は、はい、了解しました。あの、くれぐれもお気を付けて・・・。』
通信は切れた。
崩れた影の瓦礫に腰掛け重いため息をつくビオラをよそに、ジュリオの「独り言」は止まらない。
「ナジャの地下は我々が想像していたより遙かに複雑な構造になっているようです。詳しく調べてみないとわかりませんが、以前調査したイスタデールの遺跡よりも遙かに高度な技術を用いて築き上げられている。
だから、早期から比較的安定した暮らしを営む事が出来ていた。開拓者達は早い時期から妻や子供といった、家族ぐるみでの『移住』が可能だったのです。
この辺りはどうやらそういった開拓者家族の居住区だったのでしょう。
しかし、ここでも・・・。」
ジュリオの声が暗く沈んだ。
あまり広くない室内の真ん中に佇む彼はある一点を眺め、赤い瞳を哀しそうに曇らせる。
「むごたらしい殺戮があった・・・!」
若い考古学者が見つめるモノに、さすがのビオラも深い憐憫の情を抱かずにはいられなかった。
部屋の隅で折り重なるようにして息絶えた子供達。
彼らが身を寄せる壁に穿たれた夥しい数の弾痕が、狙撃者の狂気を物語る。銃のトリガーを引く者の悍ましい哄笑が聞こえるような、残忍極まる滅多撃ちだった。
衣類と僅かな頭髪を残して朽ち果てた白骨は、大小会わせて3体ある。元はピンクだったと思われるワンピースを着た小さな骨は、頭蓋骨が粉砕し半分以上無くなっていた。
そして少年の物と思われる穴だらけのシャツやズボン。
自分の身体を盾にしたのだろう。幼い少女に覆い被さる少年達の骨は原形を留めていなかった。
(・・・兄さん・・・。)
脳裏を懐かしい兄達の面影が過ぎった。
時には派手なケンカもしたけど、とても優しい人達だった。
彼らもきっと、妹に銃口が向けられれば身を挺して護ってくれたに違いない。
「大戦」さえなかったら、ずっと一緒にいられたのに・・・。
「ビオラさん。
私はどうしても、知りたいのです。」
「え?」
突然呼びかけられて我に返った。
ビオラが居ることをまるっきり忘れていたワケではないらしい。ジュリオは読んでいたノートを閉じ、ズボンの尻ポケットにねじ込んだ。
痛ましい姿の子供達に歩み寄って跪き、着ていたシャツを手早く脱いで子供達の上にそっと掛ける。
「イスタデールでもそうだった。イピゲネイアもそうだったのでしょう。
『遺跡』には、必ず夥しい数の 虐殺 の痕跡があった。
この事実はある可能性を裏付ける。・・・戦争です!
『リーベンゾル大戦』に匹敵する大規模な紛争が、500年前の太陽系にはあったのです。」
ビオラは目を丸くした。
「・・・大戦が?!そんな話、聞いた事ないわ。」
「隠蔽されたのです。
ナジャではわざわざ密林を創って、イピゲネイアは地中に埋めて。」
よれよれのタンクトップ姿になったジュリオが静かに立ち上がる。
「もし『大戦』があったのなら、なぜその事実を隠蔽しなければならなかったのか?
私はそれが知りたい。起きた事すら記録に残っていないのですから、500年前の『大戦』がなぜ起こり、どのようにして終息したのかは誰にもわかりません。そこに不安を覚えるのです。
『リーベンゾル大戦』。あの戦争が起きた原因も、今なおわからないままだ。そうでしょう?
そしてある日突然終息した。いったいなぜ?わからない。
この2つの『大戦』には、何か共通点があるように思えてならないのです。
過去の愚行に教訓を学び、世界に知らしめる事は歴史学者の使命の1つだ!
今後再び『大戦』を起こさないためにも、私は真実を明白にしたいのです!」
(『リーベンゾル大戦』と、似てる・・・?)
ビオラはこめかみに指を当て、考えた。
(そんな事があるのかしら?考えすぎだと思うけど・・・。)
口に出してそういったところで、ジュリオの考えは変らないだろう。
顔を見ればよくわかる。彼の引き締まった表情には悲壮感さえ漂う信念がみなぎっていた。
「行きましょう、ビオラさん!
ここから先へはまだ誰も足を踏み入れてないはずだ、何か手がかりが見つかるかも知れない!」
ジュリオがいきなり踵を返し、室内奥の正式な出入口だと思われる扉へと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!もしまた機械兵なんかがいたらどーすんの!?」
ビオラは慌てて腰掛けていた瓦礫から立ち上がる。
ざり。
1歩足を踏み出すなり、足下に落ちていたものを踏んづけた。
元は居住区だっただけあり、室内の床には日常品や雑貨、衣類や食器類のなれの果てが足の踏み場もないほど散乱している。
だから踏んでしまうまで気付かなかった。
ビオラの右足が踏みしめたのは、古ぼけ壊れた腕時計。
ミリタリーウォッチと呼ばれるものだ。アナログ式だが多機能性で、気圧計、放射能計が付いている。
日付表示ももちろんあった。しかしその日付が問題だった。
Feb.19(2月19日)。
年数は、今から12年前。
「リーベンゾル大戦」末期の日付である。
その頃ナジャは地球連邦政府軍・リーベンゾル軍双方が激しくぶつかり合う戦場だった。こんな所に人が来るなどあり得ないはずなのに・・・?!
(!? 誰か来る?!)
諜報員の耳が異変を聞きつけ、身体が勝手に最善と思われる行動をとった。
胸の谷間から引っ張り出したしなやかな電磁ムチが、出入口の扉に手を掛けるジュリオを捕らえて引きずり倒した。




