みんなで帰ろう!
今回のミッションはなんてこと無い、禿ネズミことエメルヒの「押しつけミッション」だった。
ある連邦政府官僚がバイオテクノロジー研究所のお偉いさんから「産業スパイがいるようだ。」と相談を受け、対応をエメルヒに依頼してきたのだそうだ。
金や権力のある依頼者が大好きなエメルヒは二つ返事でこの依頼を受け、
「火星の仕事ならお前らがやっとけ!」
と、リュイの部隊に丸投げした。よくある事である。
ターゲットのアルバーロがキメラ細胞のサンプルを持ち出し第3者に渡したのを確認した時点でミッションは終了している。
しかし、その後が問題だった。
「全部俺のミスです。」
ナムは珍しく殊勝に自分の失態を認めた。
ロディも監視が行き届かなかった、と申し出たが、それはナムが制した。今回の指揮官は自分だ。ロディじゃない。
懲罰は減俸と、容赦無い鉄拳制裁。ついでに丸一日食事抜きで格納庫の清掃まで言い渡された。
食堂の床に沈められ激痛に悶えるナムに、近くのテーブルで銃の整備をしていたテオヴァルトが苦笑する。
「まぁ、今回は『勉強』だな。」
その周りで思い思いにくつろぎながら様子を見守る傭兵達の顔にも、同じような微笑が浮かんでいた。
格納庫は基地の裏手にある。
建屋自体は粗末なものであまり広くはない。
本来はれっきとした武器類の格納庫で銃器や弾丸のストックが格納されているのだが、いつも間にやら部隊メンバーの雑多な私物も詰め込まれ、物置倉庫みたいになっている。
その隅っこで、ルーキー3人が簡易ライトを囲んでガラクタに腰掛けしょんぼり項垂れていた。
この辺りは砂嵐の影響はなかったようだが、時々突風が吹き付けてくる。モグリの空港や渓谷からオンボロ輸送機に乗って基地まで帰り着いた時には、日付が代ってしまっていた。
リーチェが暖かい食事を用意して寝ずに待っていてくれた(その優しさをマックスが女神のようだとに褒めちぎった)のに、一口も喉を通らなかった。自分達の所為で殴られ、ご飯も食べられない人がいると思うと食欲も失せる。
しかも、クタクタなのにちっとも眠くならない。むしろ眠るのが怖かった。
そうなるだけの思いをほんの数時間でルーキー達は体験していた。
「・・・怖かったよぅ。」
シンディが目に涙を一杯ためてつぶやいた。
「・・・うん・・・。」
コンポンも泣いてこそいなかったがいつもの元気はなく、暗い表情で自分の両膝を抱きしめている。
フェイは黙って俯いている。3人とも命の危機を感じた恐怖に打ちのめされていた。
「ねぇ、帰ろうよ。」
しばらくして、フェイが意を決したように顔を上げて2人に言った。
「帰るって、どこにだよ。」
コンポンは不機嫌になった。ストリートチルドレンだった彼には、帰る所などどこにもない。
そんな彼に、フェイは少しだけ元気に言った。
「エメルヒのおじちゃんのトコだよ。
僕、ここに来る前に言われてるんだ。辛かったらいつでも帰っておいでって!」
「でも、どうやって?」
涙を手の甲で拭いながら、シンディも顔を上げる。
「連絡先聞いてるんだ。基地の人たちに内緒でこっそり連絡してくれたらいつでも迎えに来てくれるって、おじちゃん約束してくれたよ。
あの局長さんも、おじちゃんには敵わないんだって。きっと僕達を助けてくれるよ!」
「ズルイ、なんでそんなの黙ってたのよぉ!」
「おじちゃんが誰にも言うなって。基地の人に知られたら、帰れないよう見張られるぞって。」
「そっか、そんじゃみんなで帰ろうぜ!」
コンポンが元気よく立ち上がった。
「俺、ホントはずっとここにいてもいいかなって思ってたんだ。
寝床あるしメシは美味いし、局長さん以外はみんな結構優しいし、スパイになるのも面白そうだし。
でも、命あってのナントカだよな!さっさとオッチャンとこに帰ろうぜ!!」
シンディにも笑顔が戻ってきた。フェイと顔を見合わせてニッコリ笑う。
「うん、帰ろう!それじゃ早速、エメルヒのおじちゃんに連絡して・・・。」
フェイが勢いよく立ち上がった時だった。
「・・・ダメ! 絶対ダメだよ!!!」
突然聞こえた厳しい制止の声。
はしゃいでいた3人は飛び上がった。
驚くと同時に、格納庫の入口から漂ってくる香りが3人の鼻孔を刺激する。
香ばしく焼いたパンと、カフェ・オレの甘やかな香り。
ぐぅ、とルーキー達のお腹が同時に鳴った。
心身共に立ち直りが早いのは取り柄の一つだ。
メンバー達が呆れる早さで復活したナムは、ルーキー達を捜していた。
リーチェに聞けば、全員食事を取らなかったという。
今回の件は自分の監督不備だ。そのせいで怖い思いをさせてしまったのに、懲罰喰らった自分に対して責任感じているんだったら、いくら何でも可哀想だ。
自室に戻っている様子はない。食堂にもシャワー室にもいなかった。
格納庫辺りにいると践んで基地建屋の外へ出た。
火星の強風が吹き付ける中、格納庫入口まで来ると奥に小さな明かり灯されているのが見えた。
中に入ろうとしてふと立ち止まった。
カフェ・オレの優しい香りがする。
どうやら自分より先に、ルーキー達を心配した誰かが来ているようだった。




