待っていました、不埒者!
ヌトつく「どっかんクッション」の上でのたうち回る拉致被害者達を助け起こすA・J達は騒然となった。
どこからともなく飛来する弾丸にメビウスの攻撃機が襲われた。墜落するほどではない。極めて正確に機関砲だけ破壊する見事な攻撃だった。
攻撃機は一旦退避、統括基地上空を旋回する。その一方で上昇を続けていた外来傭兵部隊の宇宙船が水平飛行に入った。
あの宇宙船にはまだコンポンが乗っている。このままではマズい!
「コンポン!おいコンポン、応答しろ!!!」
ピアスの通信機に指を当て必死で呼びかけるA・Jを、泣きそうになったロディが止める。
「エーさんムリっす!アイツ、通信機持ってないんッスよ!」
「くそっ!何かないのか?!アイツと交信できる方法は!?」
焦り苛立ち声を荒げるA・Jの耳を、もの凄い轟音がつんざいた!
エベルナ宇宙空港へ飛び去ろうとする宇宙船が攻撃された。攻撃機と同一の狙撃、今度はたった一発だった。
弾丸は大気圏内飛行の左翼に被弾、エンジンを爆破した。機体は大きく右に傾き、みるみる高度が落ちていく。
「きゃあぁーーーっ、コンポン!!!」
空を見上げてシンディが叫ぶ。
開きっぱなしのハッチから、コンポンが宙に投げ出されのだ。
小さな身体がきりもみしながら白亜の司令塔めがけて落ちていく。このまま地面に激突すれば万が一にも助からない!
「いやあぁあ!?何とかして!ねぇコンポン助けて!!!」
半狂乱ですがりつくシンディを抱き留め、A・Jもまた救いを求め必死で辺りを見回した。
「どっかんクッション」は助け出される拉致被害者を受け止めるのに全て使用し残っていない。その上A・J達がいるB棟残骸跡から司令塔まで距離があり、今から走ってもとても間に合うものじゃない。
そもそも、「どっかんクッション」も無く空から落ちてくる人間1人、受け止められるワケがない。一緒に潰れて仲良くミンチ肉になるだけだ。
空に放り出されたコンポンを助ける術は、まったくもって何もない!!!
「そんな!コンポン!」
「コンちゃん、コンちゃーん!」
「ど畜生!ワイがアン時、手ぇ滑らさんかったら!!!」
フェイが、マルギーが、スレヴィが落ちてくるコンポンを見上げて口々に叫ぶ。
A・Jも血を吐く思いで絶叫した!
「誰か・・・誰か助けてくれ!・・・ リグナム !!!」
無意識に、思わず呼んだ親友(?)の名前。
これもまた、A・Jの中で輝く黒歴史の1つになった。
スガーーーーーン!!!!!
その音は、攻撃機や外来傭兵部隊の宇宙船を襲った砲撃よりも遙かに控えめではあった。
しかし、混乱を極める統括基地内が静まり返った。
それほどの 衝撃 だった。
(・・・?)
コンポンは固く閉じていた目を開いた。
先ず見えたのは、自分の足。なぜか宙でブラブラしている。
足だけではなく身体全体が宙に浮かんでいるのに気が付くまで、少し時間が掛かった。首の辺りの息苦しさが、ナムやテオヴァルト、マックス達に襟首掴まれぶら下げられた時の感じによく似てる。
その度に「ネコじゃねぇぞー!」と暴れもがいて抵抗するが、今はおとなしくしていた方が良さそうに思う。
硬いコンクリートで舗装されてる地面はまだ遙か下。足から先の光景がコンポンをゾッとさせた。
(・・・??)
状況がよく飲み込めない。恐る恐る、辺りを見回してみた。
なぜか エメルヒ と目が合った。皿のようにひん剥いた目で、すぐ隣で硬直している。
正確には、特殊強化ガラス壁の向こうでデスク・チェアを反転させてこっちを見てる。彼の前に据え置かれたマホガニー製の大きなデスク。その上に置かれたノートPCのモニターがB棟周辺にいるA・J達を映し出していた。
まったく動く気配のない禿げ頭の横には、どういうわけか鉄の棒が添えられている。
鈍く光る、所々サビ付いた頑丈そうな太い鉄棒。よく見るとそれは強化ガラス壁を突き破って伸びていた。
(・・・???)
コンポンは鉄棒を目で辿った。
ガラス壁から突き出た鉄棒は、自分の背中から生えていた。
どうやら真横からジャンパーの背中を突き通し、壁に突き刺さっているようだ。鉄棒で宙に止められている。そう悟るに至ったコンポンはさらに鉄棒を辿り見た。
まだ細かく振動を刻む鉄棒の先に小さく見えたのは、エメルヒとまったく同じ表情でコッチを見ているA・J達。しかしコンポンの目線は仲間達の姿を素通りした。
瓦礫の山と化したB棟上。そこに人影を見いだした時。
溢れ出てくる涙の所為で、コンポンはなにも見えなくなった。
何が起こったかを目撃したのは、たった2人だけだった。
A・Jと、エベルナ統括基地上空を旋回するメビウス攻撃機に乗船するノーランド艦長。落下するコンポンを救う手段を求め周囲を見回していたA・Jはともかく、ノーランドが「その男」を見つけたのは偶然に過ぎない。
副官が引き留めるのを無視して攻撃機に乗船した彼は、思いがけない攻撃を受け狼狽える部下を叱咤激励する一方で、地上を映すモニター画面で不埒な狙撃手を探していた。
B棟残骸の中にその姿を確認した瞬間。
地球連邦政府軍宇宙艦隊の攻撃機を砲撃する暴挙に出た不埒者は、さらに驚くべき行動に出た。
(倒壊したとは言え、建築物を支える支柱の特殊強化鉄筋を 引きちぎって投げた だと?!
あり得ない!!!しかもその鉄筋が・・・。
100mは放れている塔壁に、落下する子供の上着を 貫通 して 突き刺さった だと?!!)
攻撃機司令官席で呆然となるノーランドの顔にはじっとりと汗がにじみ、蒼白だった。
A・Jもまた血の気の失った顔を引きつらせ、抱きかかえたシンディと一緒にその場に崩れ落ちた。
腰を抜かしたのだ。ノーランドよりも間近でそれを目撃した以上、ムリもない事だった。
「きゃっ!?な、何、どーしたの?!」
呆然と宙ぶらりんのコンポンを眺めていたシンディが悲鳴を上げ、腕の中からA・J見上げた。
その異常な顔つきに驚き、ただ一点を凝視する彼の目線を追って振り向く。
「あ!!?」
少女の声に、放心していた仲間達が一斉に振り返る。
瓦礫の上に佇む人影に、コンポンに救い出された少年を抱くマルギーが畏怖を込めてつぶやいた。
「・・・ パーフェクト・リュイ・・・!!!」
心の底から嫌悪する名で呼ばれた不埒者は、ジロリ、とマルギーを睨み付ける。
そして鉄筋をぶん投げ振り下ろしたばかりの腕を肩口から大きく回し、姿勢を正した。




