下水道のヲタク~貴方にキュルッピン~
遠くでサイレンが鳴っている。
消防車と警察車両のものだ。行き先はさっきの路地裏だろう。
フラットは銃を構えたまま辺りを見回した。
ここはいわゆる下水道と呼ばれる地下水路だ。恐ろしく旧式のもので、強化セラミック金属の巨大な配管の内側に作業通路が備え付けられ、その下を汚水がドボドボと流れていく。
当然、酷く臭い。都市中央部では近代的な下水処理システムが確立されているが、裏路地ではコロニー建設当時、つまり500年前に造られた設備が半ば放置で使用され続けているのだろう。
裏路地で出会った少年達が小さな簡易ライトを持っていた。お陰でまったくの暗闇ではなく、周囲の様子は何とか見える。
彼らはよくこの地下通路を使用するという。大人のチンピラや警察に目を付けられ、追われた時などに逃げ込み隠れる。なるほど、迷路のような下水配管の構造は姿を眩ますのに都合が良い。
「なんでこんな目に・・・。なんでこんな目に・・・。」
トルーマンに支えられ、作業員通路を彷徨うサンダースが我が身の不幸をブツブツ呪う。
それが気に障ったらしい。一行の一番前を進むショッキングピンクの少年が振り向き、不機嫌そうに声を荒げた。
「うっせぇよオッサン!それ、こっちの台詞だろ!?
何しでかしたかは知らねぇけど、銃で滅多打ちされるよーな恨み事に巻き込みやがって!
そんな 極悪面 でアコギなマネしてっと、2割増しで根に持たれるに決まってんだろ?!
ちったぁ反省でもしやがれっての!」
しょぼくれていたサンダースが顔を赤らめいきり立った。
「・・・な?! 顔は関係ないわ!失礼な!」
「あ、悪ぃ。やっぱ気にしてた?そのお顔。」
何かを察した少年が一応詫びる。
しかしまったく悪びれてない。口元に浮かんだ嘲笑がサンダースの神経を逆撫でた。
「喧しいわチンピラが!お前こそなんだ、そのけったいな格好は!?
今はハロウィンでもカーニバルでもないんだぞ?!けしからん、ふざけるな!!!」
怒髪天を突く憤慨にも異様な姿の少年が応える様子はまるでない。
それどころか、彼が即座に返した言葉は一般的な常識を持つ者達の理解の範疇を超えていた。
「これから友達に 女の子 紹介してもらうトコだったんだよ!
なに?人の 勝負服 に文句あんの???」
「・・・。(えぇ~~~??!)」
サンダーズは絶句した。
どんな娘達と出会えるのかは知らないが、合コンの結果は予想が付く。
フラットに後ろ手をとられたごんぶと眉毛の少年が、肩を落として項垂れていた。
この一風変った裏路地チンピラ兄弟2人。
威勢のいい兄貴分が ナム 。
ビクビク怯える弟分が ロディ だと名乗った。
戸籍が無いのでファミリーネームは、ない。多くの無戸籍者がそうであるように、自治体が個人証明として記録する名字が無いのだ。
ロディはナムを「兄貴」と呼ぶが、実の兄弟ではないという。物心ついた時から親は無く、幼い時からずっと二人でこの界隈で生きてきた。
その分、絆は深いらしい。 兄貴分・ナムがフラットを睨む。
「とにかく、俺らホントにカンケー無いんだかンな。
言われたとーり出口まで案内してやっから、着いたら俺の舎弟、放せよな!」
こんな状況でなかなかの度胸である。強気な態度は虚勢だろうが、捕らわれた弟分を見捨てないのは立派と言える。
怯えるロディに銃を突きつけるフラットの口元が微かに歪む。
少々不器用な 微笑 だった。
近場の昇降口から地上に出れば、さっきのイカれた女スナイパーに再び出くわす可能性がある。
何区画か放れた場所まで移動した方がおそらく安全。5人は不潔な地下通路を、表通りにより近い昇降口を目指して歩く。
「もうすぐ着くッスよ。ホンの2,3分、歩くくらいッス。」
ごんぶと眉毛の弟分・ロディが安心したようにが説明した。
「もう大丈夫ッスよね?
何かが爆発したりとか銃で撃たれたりとか、しないッスよね???」
「・・・。」
振り仰いで同意を求めるロディを無視し、フラットは足を止め、前を行くナムの襟首を掴んだ。
「っとと、何だよ!」
「黙れ。」
後続するトルーマン達にも止まるように合図する。
ボディガードの緊迫した様子に口をつぐんで立ち止まる一行の耳に、汚水が流れる音に混じって別の物音が聞こえてくる。
人の声 だ。不気味にボソボソ呟いている。
嫌な予感がした。
チンピラ兄弟達の話によると、この先に元は機械室だったと思われる小さな部屋があるという。
部屋は確かにそこにあった。しかも僅かに開いた鉄製の扉から微かな光が漏れている。
忍び寄り、こっそり覗いてみる。
あまり広くない小部屋だった。壁一面を計器が埋め尽くしているが、どれも古びてまともに動いているとは思えない。
部屋の中央には作業用のテーブルがある。
不気味な声の正体は、そこで何やら作業に勤む 男 がなにやら妙にノリのいい 歌謡曲 を口ずさんでいるのだと判明した。
♪あ・な・ただ~け~よっ♡
わたしのこっころ~は~♪
見つめてあ~いら~ぶゆっ♡
きゅんきゅんま~いだ~ぁり~ん♪♪♪
・・・不気味だった。
ちなみにこの歌は、金星宙域で売り出し中のご当地アイドル「キューティーボンバー(3人組JKユニット)」の、「貴方にキュルッピン」という曲なのだそうだ。
この無駄で無意味な情報は、サンダースが「何故、ファーストアルバムでしか聞けない曲の2番のサビを!?」と口走ったお陰で判明した。
4名分の冷たい目線は、彼をつかの間 無口 にさせた。
「なんだ、ありゃ?」
ナムが呆然とつぶやいた。
「不審者としか言い様がない。世も末だ・・・。」
トルーマンも嘆かわしげに首を振る。その手に握られたものにロディが気付き、小声で聞いた。
「クリスチャンなんスか?」
「母の影響でね。理不尽と不可解に直面する時は神に祈るに限るよ。」
彼の首には金色に輝く十字架が掛けられている。それを掲げて祈るトルーマンの顔には疲労の色がうかがえた。
「ま、雇い主がこんなヤバい奴だと祈りたくもなっちゃうよな。お疲れさん。」
嘲笑こもったナムの言葉にまたしてもサンダースがいきり立つ!
「なんだと小僧!
ヤバいのはお前の美意識だろーが!服の趣味なんか最悪だぞ!?」
「なに?オッサン、ケンカ売ってんの?
そっちこそ、そんな極悪面じゃナントカボンバーちゃんも裸足で逃げ出すぞ!」
「キューティーボンバーだ! それにあの娘達は3人とも 天使 なんだ!
顔で人を差別するよーなココロの穢れた娘達じゃない!」
「うっわ天使とか言った?!
オッサン、なんか偉そーなご身分っぽいけど、いつか未成年がらみの犯罪者とかになってそ~!」
「や、やかましい!
いいか小僧!キューティーボンバーちゃん達は、ホントホントにいい娘達なんだぞ!!!」
「・・・補佐官、どうかそのくらいで・・・。」
トルーマンが苦り切った表情で主を制すが、常日頃から苦労を強いられているのであろう秘書官の嘆願は無視された。
サンダース少々危ない激情はドンドン熱くなっていく。
「握手会の時には全員ニッコリ可愛く笑って、快く握手してくれたんだぞ!」
「握手会、行っとるんかい?! ガチでファンなのかよ!?」
「センターのエリザベスちゃんは、『来てくれて嬉しいですぅ♡』って喜んでくれたんだ!」
「あーそー、よかったね♪って、知らんわそンなの!」
「ナナちゃんはめっちゃ可愛くウィンクしてくれたし、ヨハンナちゃんなんて『また来てね♡』って言ってくれたんだぞ!」
「いや、それ全部ただのファンサービスってヤツで・・・。」
「わかるか小僧!?
本物のアイドルはな、 顔で人を馬鹿にするアッパラパーな小娘共とは違うんだぞ!」
「あぁ・・・うん・・・そーだね・・・。」
「強面過ぎてウケるぅ~ とか、
時代劇の悪役ぽ~い とか、
マジきも、お金貰ってもムリぃ~ とか、絶っっっ対言ったりしないんだっっっ!!!」
「・・・。」
フラットの沈黙が深くなり、十字架を握るトルーマンの祈りにより一層熱がこもる。
「・・・オッサン・・・なんかゴメン・・・。」
ナムは引きつった面持ちで俯いた。
何かを拗らせたサンダースの狂愛に、あらぬ方向から 賛同の声 が上がったのはその時だった。
「そのと~りっ! 彼女達は素晴らしい!!!」
「!?♪・・・そうだろう?!」
サンダースが満面の笑顔で振り向いた。
そして目を剥き固まった。
息が掛かるほどの超至近距離に、見た事のない男が笑顔があった。
ちょっと鳥肌立っちゃうような、明るい不気味な笑みだった。
「キューティーボンバー!彼女達は実に素晴らしい!♡
下手で ビミョーな歌唱力が、ほどよい保護欲をかき立てる!
全員バストが Dカップ以上 というのも最高だ!
ミニスカートで惜しげもなく晒される健康的な生足!♡
無駄に手を掛けてないきめ細かく美しい素肌!♡♡♡
純真なあどけなさと、無防備で危うい未成熟な色香!♡♡♡
それが惜しみなく混在し欲望煽る小賢しさ!♡♡♡♡
彼女達はまさしく 天使 ! いや、もはや 女神 と言っても過言ではないっ!!!」
・・・年は三十路がらみと言った所か。
ショートボブの黒髪を丁寧に七三に分けた、やや瘦せ型で背の高い、銀縁輝く眼鏡の男。
どういうわけかこの男、キューティーボンバーの少女達の プライベート情報 知りまくり。
男のにやけた口から溢れる、その話がまたエゲツない。
趣味・嗜好はもちろんの事、身長・体重・スリーサイズ 、使用している化粧品やシャンプー・コンディショナー、行きつけのブティックやランジェリーショップ、マスコミにもバレていない交友関係から幼少期の黒歴史。
なぜか彼女達の私生活を事細かに知っているのだ。こんな奴、どうしていいかわからない。
全員呆気にとられたまま、身動きできずに固まった。
しかし。
話が「ヨハンナちゃんは靴のサイズを小さく誤魔化している」とかいう、どうでもいい話に及んだ時、
状況は一気に動きだした。
「・・・脅迫状?」
不審者以外の全員が弾かれたように振り向いた。




