実は最強かも知れない女
現在、他者の健康な臓器を移植する医療はほとんど行われていない。
理由の1つとしてあげられるのは、体細胞クローン技術や器官培養技術の発展によって臓器の複製・自家移植が可能となった事。これによって移植時の拒絶反応によるリスクが大幅に減少し、提供者を必要としなくなったのだ。
しかしこの手の技術は当然、多額の医療費が必要となる。
金の無い者は高度な医療が受けられない。貧困に喘ぐ人々は医者に掛かる事すら難しいのが現状だ。
ならば、どうするか?
恐ろしい事に答えは簡単、「闇医者」を頼るのである。
モグリの医者は安値で法外の医療を施し、違法に手に入れた薬を与え、必要とあらば人体を切り刻み、どこからともなく調達してきた他人の臓器とすげ替える。
その「臓器」をどこでどうやって調達するのかは、今、目の前の光景が全て教えてくれている。
法的に生存しているとは見なされない者、つまり、無国籍者から、 奪う 。
スレヴィの言うところの「一番ヤバイ」、人身売買の最悪のケースだった。
「 き さ ま らぁぁぁーーーっっっ!!!」
A・Jが咆えた!
髪を振り乱して錯乱し、両手に握る拳銃を真っ直ぐ前に突きつける!
「何しとんねん!アカン!!!」
怯える子供を抱きかかえたスレヴィが、体当たりでA・Jを手近な機材の影に押し込んだ。
間一髪のタイミングだった。弾丸がコンクリート打ちっ放しの壁に当たって弾け飛ぶ!
傭兵達が反撃を開始したのだ。最初に受けた銃撃ですぐさまコンポンを解放し、室内各所に身を潜めた傭兵達が銃を構えて狙い撃つ!
「だーーー!始まってもーた!」
フェイとシンディを床に伏せさせ、庇うように覆い被さるスレヴィが喚く。
突き倒されたA・Jは即座に飛び起き、機材の影から敵を窺った。
数にして、9人。全員第8支局隊の面子だった。
「ちょっと!何やってんのよ?!」
スレヴィの下で床に伏せてるシンディが叫ぶ。A・Jが再び銃を構えたのだ。
「無茶よ止めて!どうしちゃったの?!アンタ変よ!?」
「うるさい!!!」
A・Jは一度だけシンディの方へ振り返った。
「誰に指図してる!お前ごときが俺に命令するんじゃないっ!!!」
ギラギラした狂人じみた目に射られ、シンディは戦慄した。
激しい憎悪が漲る気迫。スレヴィもフェイも、別の場所から見守るロディ達も言葉を失い気圧される。
「コイツら・・・全員ぶっ殺す!!!」
トリガーに掛けた両手の指を今度こそ、何があろうとも引き絞る気なのは一目瞭然。
A・Jは正気を失いかけていた。
『いい加減にして!!!
そんな事でよくもナム君に勝てるだなんてふざけた戯言、言えたわね!!!』
通信機から鼓膜をぶち抜く絶叫が迸った!
「・・・な・・・?」
A・Jは絶句した。
その隙をついたスレヴィが固まるA・Jの襟首を掴み、力一杯引き倒す。
頭上を弾丸の嵐が吹き抜けた。敵方傭兵達の一斉銃撃。その大音量の銃声よりモカの怒声はなお凄い。
彼女の激怒はA・Jの私情と怒りを遙かに凌駕し、完膚なきまでに打ちのめす!
『指図するな、命令するな!だったらアンタ、1人でこの状況どうにかできるって言うの?!
そこには私の弟妹達が居るのよ!その子達にアンタの身勝手の犠牲になれって?!冗談じゃないわ!
ナム君ならそんな事、何があっても絶対しない!
違法薬物が絡むと暴走しがちだけど、仲間を道連れにするなんてバカなマネする人なんかじゃ、ない!
「自分の方が優秀で強い」?笑わせないで!
今のアンタはただの 無能 な 役立たず !
彼とは格も器も桁から違う、比べようと思っただけでもおこがましいわ!!!』
「・・・ひぃ・・・。」
縮こまって固まったマルギーが小さく悲鳴を漏らす。
コンポンも顔を引きつらせて硬直している。怯える子供を抱えるロディも愕然と腕時計型通信機を凝視した。
モカが、怒った。
奇抜な思考と行動力で人を翻弄するナムにも、暴力的で身勝手な冷血暴君・リュイにも怒った事のないあのモカが!?
しかも耳を疑う暴言付。これはもうバックヤードを担う参謀官が口にする指示や指令ではあり得ない。
あの「狂犬」ベアトリーチェを彷彿させる、情け容赦ない「攻撃」だった。
『もうアンタの戯れ言は聞きたくないわ!そんなに死にたいなら勝手に死んで!
大事な仲間と臓器売買の被害者達は隊長と私達で助けてみせる!
・・・ロディ君!!!』
「は、はぃッス!!!」
腕時計型通信機を通して突然呼ばれ、ロディがコンポンと一緒に飛び上がった。
『隊長は彼の実力を見込んでミッションを託しましたが、仕方ありません。
アレキサンダー・ジェラルディン・マクガイヤー・ゲッペンスから指揮権を剥奪、貴方を「班長」代行を任命します!
速やかに退避行動を取って下さい!逃走経路は「隠し通路」に飛ばしているカメラ搭載蜂型ロボが割り出し次第通達します!!!」
「ひぃい?!マジッスか!?」
ロディはコンポンを抱えたまま、オロオロ狼狽え周囲を見回す。
銃撃は止んでいる。その代わり、いつの間にか後方出入口までの逃げ道を塞がれていた。ソードオフ・ショットガンを構えた男達に背後を取られ、退路を絶たれたのだ。
退避しろと言われても身動きが取れない。プロの傭兵が相手では強行突破も不可能だ。
こんな状況をどうにか出来るのは、ロディが知る中では1人しか居ない!
(ナ、ナムさん、助けてッス!!!)
混乱する頭の中で、遙か外惑星エリアにいる兄貴分に助けを求めた。
脳裏に浮かぶ兄貴分はいつもと変らず陽気な笑顔で、いつもと変らずぶっ飛んだ出で立ちだった。
「・・・コイツらの安全を確保した上で、撤退すればいいんだな?」
感情を押し殺したその声は、痛々しいほど低く響いた。
A・Jがゆっくりと床から身を起こした。両手にはまだしっかりと愛銃が握りしめられ、端整な顔立ちから怒りの形相は消えていない。
しかし敵を見据える眼差しは澄んで研ぎ澄まされていた。その様子を間近で目にしたスレヴィが、マネーカード型タグ・ブレスレットの通信機に呼びかける。
「モカちゃん、ロディちゃん、大丈夫や。我らがエーちゃん、復活やで!」
言葉の中には安堵と一緒に茶化すような響きがあった。
A・Jが忌々しげに舌打ちする。乱れた髪をかき上げる彼からは、私情に走り錯乱した事への羞恥と悔悛がうかがえた。
『了解しました。ロディ君への指揮権移行を保留します。
アレキサンダー・ジェラルディン・マクガイヤー・ゲッペンス「班長」!
班員の安全を重視の上、退避行動を取って下さい。逃走経路割り出しの所有時間は、3分!』
「・・・ 了解 。」
A・Jの返答は、歯切れ悪くも素直だった。




