声
時間が無い。しかも機械兵の群れに追われている絶体絶命の状況だ。
にもかかわらず、ナムはその「扉」から目が放せなかった。
(・・・似てる!)
好奇心と不穏な予感が入り交じった興奮に、全身の毛が逆立つのを感じた。
行く手を阻む赤黒い扉の表面には、様々な形の細かい模様が絶妙に調和する美しい浮き彫り彫刻が刻まれている。それに見覚えがある事に驚愕していた。
エリア6の地下で見たタペストリーを思い起こさせるのだ。
さすがに模様の細部までは覚えていないが、様式といい雰囲気といい恐ろしいほど酷似している。
(もしかして・・・描かれてるのか?ここにもあの「紋章」が・・・!?)
ナムはエア・バイクから降りた。謎に導かれるかのように「扉」の方へと歩き出す。
もっと近くで確認したかった。浮き彫り彫刻で描かれた不可思議な模様があのタペストリーと同じ類いのものならば、あの「紋章」も描かれているかも知れない。
もしそうであれば、あの日の「仮説」がより一層真実味を帯びる。
「地球連邦政府軍がエリア6の空爆に踏み切ったのは、『遺跡』に『焼き印』の紋章があったからじゃないのか?
『焼き印』の紋章は500年前から存在してて、連邦政府軍は必死でそれを隠そうとしている。
モカの身体に焼き付けられた紋章には、何か重要な意味がある!」
エリア6から帰還後に、局長室でリュイに語ったあの「仮説」。
終始無言で聞いていたリュイがどう思ったかは定かではない。あらぬ形でモカの入浴覗き見疑惑をかけられ(あながち疑惑じゃなかったりもするが)、マックスの鉄拳制裁が炸裂したため意見が聞けないままうやむやになってしまっている。
しかしナムにはどうしても間違っているとは思えなかった。
あの焼き印の「紋章」には、意味がある。
独裁者が「遺産」を護る扉の「鍵」として使うだけの、重要な意味が。
そんなモノを身体に刻み込まれたモカを思うと、やりきれない気持ちでいっぱいになった。
(もしかして、500年前から延々と続く一連の謎を少しでも解き明かせば、太陽系中から狙われるモカを救う方法も見つかるんじゃないか・・・?)
ナムは扉へと手を伸ばす。
震える指先が浮き彫り彫刻に触れようとした時だった。
『ふー・あー・ゆー?』
「な?!だ、誰だ!?」
突然聞こえた声に飛び上がって驚いた。
ついでにエア・バイクの側まで後退した。背中から棍棒を引出し、指紋を読ませて伸ばし構える。
何者かがいる気配など感じないが、確かに声がした。
安物家電に取付けられた人工知能が話すような、機械的な声だった。
『Who・are・you?』(あなたは誰ですか?)
再び声がした。
今度はどこから聞こえてきたのかはっきりわかった。目の前の赤黒い扉からだ!
(え、英語?!)
汗ばむ両手で棍棒を握りしめ、ナムはゴクリと生唾を飲み込んだ。
(500年前のセキュリティ・システムか?
なんか訊かれてるけど、コレ答えたらどーなるんだ???)
判断が付きかねた。どう答えようがいい結果になりそうにない。
侵入者は問答無用で排除するようプログラミングされた機械兵の群れを見て来たばかりである。バカ正直に名乗ったところで無事でいられるワケがない。
黙って扉を睨むナムの様子をどう受け止めたのか、また「扉」が問いかけてきた。
投げ掛けられた3度目の質問は、狼狽え混乱するナムの思考を凍らせた。
『Are・you・・・ Goljay ?』(あなたは・・・「ゴルジェイ」ですか?)
(・・・今、なんて???)
衝撃のあまり声も出ない。
呆然と固まるナムを、さらに大きな驚愕が襲う!
『No.He’s not Goljay.』(違う。彼はゴルジェイではない。)
(!!?)
ナムは思わず天井を振り仰いだ。
無機質な強化コンクリートの天井には何もない。
狂ったように首を巡らせ見回してみたが、やはりなにも見つけられない。
異様な模様が刻み込まれた不気味な赤い扉以外は。
今度は男の声だった。
ボイス・チェンジャー使用時のような耳に不快な低い声。しかし、謎の問いかけをした「扉」の声とは明らかに違う響きがあった。
声に「感情」を感じたのだ。新たな声の主は、間違いなく笑っていた。
何を笑ったのかはわからない。地下通路の迷い込んだ侵入者を独裁者かと訊く扉に対してか、思いがけない問いかけに取り乱すナムに対してかは、見当も付かなかった。
わかるのは、1つだけ。
「ゴルジェイではない」。短い言葉の中に込められた失笑には、高みから人を見下すような 嘲り があった。
(誰かが見てる!どこからだ?いったいどこから見てやがる?!)
得体の知れないモノに監視されてる恐怖が頭の混乱に拍車を掛ける。カメラかスピーカーを探して辺りを見回すナムの耳に、さらに不気味な声が聞こえてきた。
まるで敵を威嚇するかのように、「扉」がつぶやき始めたのだ。
『Not・Goljay.Not・Goljay.Not・Goljay.Not・Goljay.・・・』
(ゴルジェイではない、ゴルジェイではない、ゴルジェイではない、ゴルジェイではない・・・。)
「扉」は延々と同じ言葉を繰り返す。それと同時に異変が起きた。
表面に刻まれた浮き彫り彫刻の模様が赤く輝き始めたのだ!
「ひ・・・っ!?」
何が起こっているのかわからない。ナムは戦き、後ずさった。
「扉」が放つ赤い光が次第に強くなっていき、光圧に耐えかね両目を閉じた。
その途端、足がもつれて体勢を崩しもんどり打って倒れてしまった。
腰の辺りをしたたか打ちつけたのだが、幸運だった。
口から悲鳴が迸る前に、通路の奥からナムを狙って放たれた弾丸の嵐が飛来した!
ダガガガガガーーーーー!!!
床に伏せるナムの頭上を際どく掠め、機関銃連射の銃撃が「扉」の浮き彫り彫刻を破壊する!
『Not・Goljay.Not・Goljay.Not・Gol・・・』
「扉」の光は消滅し、声も銃声にかき消された。
(今のはいったい何だったんだ・・・?)
再び静まり返った地下通路の床から、ナムは恐る恐る身体を起こした。
エア・バイクのヘッドライトに晒される「扉」は無惨な姿になっていた。浮き彫り彫刻はもう見る影もない。一面に銃創が刻み込まれて原形も留めていなかった。
しかし一方で、あれほど壮絶な銃撃を受けてなお屈強に行く手を阻んでいる。よほど頑丈に創られた「扉」のようだ。防弾性が半端じゃない。
「声」はもう聞こえなかった。「扉」の声も、謎の男の声も。
その代わり、足音がした。
「遺跡」に侵入した者を排除するため追跡してきた、機械兵達の足音が。
・・・ガチャン・・・ガチャン・・・ガチャン・・・。
闇の向こうから聞こえる重々しい足音と共に、カメラ・アイの微かな光が迫ってくる。
ナムは立ち上がり、棍棒を構えた。
逃げ場は、ない。




