ツンデレラの事情
1人の迷子は、実はまだモグリ空港の貨物置き場にいた。
なぜかターゲットのアルバーロと一緒。2人で積み上げられた木箱の端に腰を下ろし、彼の愚痴を延々と聞かされている。
正確には、聞いてる振りしてまったく聞いていなかった。
(せっかく今日は可愛く結えたのに!)
強くなってきた風のせいでツインテールの髪がクシャクシャ。
シンディはちょっぴりふて腐れていた。
手先が不器用だから、髪結いにはいつも苦労する。
しかし綺麗な赤毛の長い髪はシンディのご自慢。
養護施設で習っていた空手の師範に「切れ」と度々言われてたが、その都度逆らい切らなかった。
もともと人に指図されるのは大嫌い。
嫌な物は嫌だとはっきり言わないと気が済まない。そういう子だからどの養護施設に行っても、友達はほとんどできなかった。
先生達にも好かれない。寂しく悲しく辛かったけど、どうしても「可愛く」はなれなかった。
(だって、先生達が言う「可愛い」って変なんだもん!
何でもハイハイ言う事聞いて、ずっとヘラヘラ笑ってるなんて!私、そんなの絶対無理!!!)
シンディはいつも、1人だった。
だからというわけではないが、自分と同じように1人ぼっちの人を見ると、つい世話を焼きたくなってしまう。
チンピラ達に捨て置かれたアルバーロ。彼が哀しそうに佇んでいるのを、どうしてもほっとけなかった。
「そりゃあね、採用された時は嬉しかったさ。
私のような3流大学しか出てないヤツが一流の研究員に混じって働けるんだ。感謝したよ、私を誘ってくれたあの人事部長には。
でもその人が急に辞めちゃってからというもの、周りの扱いが酷くなってねぇ。
底辺の大学出は使えない、とか、歳がイッてるから覚えが悪い、とか、みんなで陰口叩くんだ。
あんまりだろ?大戦で家族を亡くしてからずぅっと孤独で貧しい暮らしをしてきて、ようやく運が向いてきたと思ったらネチネチネチネチいじめられてさぁ!
しかもあんなチンピラに目を付けられて、犯罪者まがいの事させられて・・・。
私はいったいどうしたらいいんだ。こんな事バレてしまったら、何もかももうお終いだ・・・!」
似たような話をかれこれ5回は聞かされている。
いい加減うんざりしてきたが、ふと気になって聞いてみた。
「だいたい、どーしてあんなチンピラなんかに協力しちゃってんの?
フツーにしてれば会う事もないような連中よ?」
「それは・・・。
大人には大人の事情があるんだよ・・・。」
アルバーロは言葉を濁した。
(もうヤダ、早く帰りたーい!
どうやったらここから脱出できるかな?)
「ふーん」と受け流してそっぽを向いた。
シンディはこの単独行動と、発信器を捨てた事を後悔していた。
風で乱れたツインテールを手ぐしで梳かしている時、リボンに付いている発信器を見つけ、ムカつき外して捨ててしまった。
それが仇になった。誰も見つけてくれないし、帰り方もわからない。
(勝手なマネして、ナムさん怒ってるだろうな。
「局長」にもまた殴られかも。もう誰も庇ってくれないかもしれないな・・・。)
気分がどんどん落ち込んでいく。シンディは心細くなってきた。
だから油断した。
アルバーロの様子がががらりと変ったのに、シンディはまったく気付かなかった。
「・・・キミ、可愛いねぇ。」
ねっとりとした気持ち悪い声だった。
驚いて振り向いたシンディは、いきなり後ろ手を取られてうつぶせに押し倒された!
「ちょっと、何すんのよ・・・!」
首をねじ曲げ抵抗する。その目の前にギラつく物が突きつけられた。
サバイバルナイフだ。子供の細い首など一気に切って落とせるような、鋭く強靱な刃だった!
「初めて、だよね。
大丈夫、優しくしてあげようねぇ。
いい子でおとなしくしてたら、殺さないであげるからねぇぇ・・・♡」
全身が総毛立った。
シンディは今ままで感じた事ない恐怖に戦き、固まった。
アルバーロはギラギラする血走った目で舌なめずりしている。
興奮して荒ぶる息づかいが気色悪い。
迫り来る口臭と加齢臭が混じり合った匂いに吐き気がする。
ワンピースにかさついてザラザラした手が掛かり、ゆっくりスカートの裾がめくられていく。
発狂しそうな嫌悪感。喉元まで出掛る悲鳴は恐怖が苦しくせき止める。
(イヤだ、助けて・・!!!)
醜い現実から逃げるように、シンディは固く目を閉じた!
ゴン!!!
鈍い音がして、締め付けられていた腕が急に自由になった。
ついでにのし掛かっていた獣の重みも消えた。シンディは木箱の上を這うようにして逃げ、充分な距離を取ってから振り向いた。
いつの間に来たのか、テオヴァルトがそこに居た。
片手でアルバーロの首根っこを掴んでぶら下げている。酷くど突き倒されたらしい。アルバーロは白目を剥いていた。
「これがマフィアに協力する事になった理由だ。
こいつは未成年を襲う札付きの強姦魔。バレたらあっという間に研究所はクビになる。
そりゃ、脅迫すりゃ何でも言う事きくわな。
おいおい、そんな事も教えてもらってなかったのか?
ターゲット情報の伝達不備、か。指揮官の落ち度だな。」
テオヴァルトは優しい目をして苦笑した。
「ところでお行儀習った養護院とやらじゃ『知らないオジサンについて行っちゃイケません』とは教えてくれなかったのかい、お嬢ちゃん?」
「・・・。」
シンディは項垂れた。
「・・・シンディ!!!」
テオヴァルトと一緒に駆け付けたようだ。ロディが飛びつく勢いで駆け寄ってきた。
いなくなった義妹を散々探し回ったらしい。彼は汗だくでヨレヨレだった。
そんな兄貴分が心の底から心配そうに、放心しているシンディをそっと優しく抱き起こす。
「大丈夫か!?怪我はないか!?しっかりしろ、もう大丈夫だぞ!!!」
「・・・うわあぁぁぁん!!!」
シンディは声を上げて泣き出した。




