簀巻きと謎と洗脳と
負傷し動けない「ダーク・グリーン」の戦士達には、発掘隊の男達が進んで手を貸し助け起こした。
ロドリゲス博士が金になりそうな発掘品を運び込もうとしたので、ティモシーに「GO!」の指令を出した。
見事なドロップキックが炸裂し、壁に頭をぶつけた博士は昏倒した。いっそ、この方が面倒がない。事が済むまで気絶したままでいて欲しいものだ。
とにかく、発掘隊建屋にいた全員がなんとか地下に避難することが出来た。
建屋の発掘品倉庫床にあった「入口」。そこから地下へと降りると、予想通り「通路」があった。闇の中をどこまでも続く通路に放ったカメラ搭載蜂型ロボが一番最初に見つけた小部屋に逃げ込み、どうにかやっと落ち着いた。
ナムは一息つくと共に、テオヴァルトを安否を気にして頭の後ろを掻きむしった。
「一時間だ。それまでは何が何でも生きていてやる。
それ以上は期待すんな。・・・行け!」
そう言って、彼は密林の闇に消えていった。
負傷者や素人ばかりの集団を無事避難させることが出来たのは、テオヴァルトが身を挺して迫り来ていた公安局の部隊から守ってくれたお陰だろう。
「ウギャ!ウキキー!シャギャーーー!!!」
耳をつんざくけたたまし鳴き声にハッと我に返った。
ジタバタもがくティモシーをデリクが必死で押さえ込んでいる。逃れようと暴れる子猿の力は相当なもので、負傷した右肩を気にする余裕もなさそうだ。
「おい、なんとかしてくれ!
逃がしたらコイツ、ラモスのおやっさんを追いかけて行っちまうぞ?!」
デリクが助けを求めてきた。
泣き叫ぶティモシーの姿が切なく哀しい。
ラモスもまた、仲間を救うための戦いに赴いたのである。
「密林を燃やすなんざ、到底許せることじゃない。
俺達『ダーク・グリーン』はずっとこの森を守ってきた。森の危機を目の前にして逃げ出すわけにはいかんのさ。
坊主、俺の仲間達と・・・ティモシーを頼んだぞ?
コイツはもう、野生にゃ戻れねぇ。面倒見てやってくれよ・・・。」
ラモスが残した言葉が重い。ナムは強く両手を握りしめた。
「キャー!キキィ、キィ、キィ、キィ・・・!」
愛する人を呼び求める子猿の声が、絶望的な状況に打ちひしがれる男達をさらに暗く沈ませる。
負傷者でごった返す室内は、重苦しい空気に支配された。
「あーもー!大丈夫だからいちいち喚くな、コーラ猿!!!」
陰鬱な思いを振り切るように、ナムは声を張り上げた。
部屋を横切ってティモシーの側へ歩み寄ると、つなぎの前ファスナーを下ろして上半身を脱ぐ。
喚いていたティモシーが丸い目を剥き固まった。
デリクの目も丸くなり、引きつったように硬直する。
室内の空気がガラリと変った。発掘隊も「ダーク・グリーン」の戦士達も、驚愕したまま石像のように動けない。
本日のナムの出で立ち(つなぎの下編)。
極めて鮮やかなコバルトブルーの下地に毒々しいラメ入りピンクのゼブラ柄で、あちこちにギラギラ光るライトストーンまであしらった半袖Tシャツ・・・。
「いいだろ、このTシャツ!コレやるからいい子にしてろ。
ラモスのおやっさんなら心配ない!一時間後にはまた会えるさ!」
明らかに「えっ、要らないし!?」的な顔をするティモシーの前で、そのド派手なTシャツを勢いよく脱ぎ捨てる。
そして反抗する間を少しも与えず、子猿の頭にガバッとかぶせた!
「ウキャ?!ギャギャー!?ンギャギャギャギャーーー!!?」
「おーそうかそうか、嬉しいか?うんうん。」
「・・・いや、メッチャ嫌がってるよ?コレ。」
悪趣味なTシャツで簀巻きにされたティモシーは、呆れるデリクに託された。
部屋の隅ではジュリオが呆然となる横で、ビオラが頭を抱えて項垂れていた。
はだけたつなぎを着直しながら腕時計に目を落とす。
テオヴァルトと別れてからもう10分近くも経過している。急がないとマズい。
焦る気持ちを抑えて、負傷者と一緒に担ぎ込んだエア・バイクにまたがった。
このエア・バイクは発掘隊が緊急時に使用するための者だそうで、2人乗り。最高速度は時速250Kmを超すという。コレなら問題ない。カメラ搭載蜂型ロボの探査した道を迷わず行けばなんとか時間内に往復できる。
しかし、反重力で浮きモーターが生む風で走るエア・バイクは動き出すまでが結構長い。
動力を起動させ、エンジンが暖まるのを待つ間、ナムはイライラと頭の後ろを掻きむしった。
「1つだけ、教えてもらえないか?」
同行するために後部シートにまたがろうとしたジュリオが、思い詰めた声で聞いてきた。
「なに?時間ないんだけど。」
「わかっている。でも1つだけ。
どうして君はナジャに地下があると知っていたんだ?
しかも明確に『通路』だと言った。まるで見て来たかのような口ぶりだった。」
「さっき言ったろ?ここはエリア6と同じだって。」
「エリア6・・・。火星の特別監視地域か。」
「あそこにもここと同じような『遺跡』があるんだ。
リーベンゾル・タークの野郎はそれを利用して『隠れ家』なんて造っていやがったけど、そこの地下に張り巡らされてた通路は入り組んでて複雑で、果てが無いほど長かった。
ナジャとエリア6には共通点が多すぎる。
人型の岩、大規模な紛争の痕跡、地球連邦政府軍が何かを隠蔽していて、リーベンゾル側に知られるくらいなら犠牲を出してでも消そうとする。そんな所までそっくりだ!
似過ぎてんだよ!気候も風土も違うはずなのに、なにもかもが!」
リーベンゾル・タークに捕らえられて連れて行かれたエリア6。ふと思い出したある光景に複雑な思いを噛みしめた。
危機的状況に陥ったモカを救出するため、人型の岩を目指して走っていたナムが落ちた遺跡の地下。
そこにあったのは500年前の虐殺。背を向け逃げようとする者達を執拗に狙撃した、残虐極まりない皆殺しの惨状。
我が子を胸に庇って守ろうとした母親と、それも虚しく命を落とした幼い子供。
そして、あのタペストリー。
モカの白い柔肌に、黒々と醜く焼き付けられたあの「焼き印」と同じ、禍々しい不気味な紋章・・・!
(もし、ナジャがエリア6と同じなら、密林どこかにあの紋章が、有る?
連邦政府軍が隠蔽しているのは、遺跡のどこかにあるあの紋章なんだろうか・・・???)
「なにボサッとしてんのよ!このおバカ!!!」
罵声と一緒に、強烈な張り手が飛んできた!
スパーンと非常にいい音立てて、後頭部に激痛が走る。紋章の謎に思いを馳せてた意識が一気に引き戻された。
「いってーな!なにすんだこの蜂蜜女!って、なんだよ一緒に来る気かよ!?」
バイクにまたがるナムとジュリオの間に強引に割り込むビオラ。彼女は昂然と微笑した。
「当たり前でしょ?!まだ半人前のアンタ1人で行かせられるわけないじゃない!」
「ここの人達どーすんだよ!素人と負傷者の群れだぞ?誰かが見ていてやらないと・・・。」
「あら、気にすることなんかないわ。
負傷者ったって、この森守って戦ってきた勇敢な戦士なんでしょ?
公安局なんか恐るるに足らずよ!そうでしょ?み・ん・な♡」
ビオラが可愛くウィンクした。
たったそれだけの事なのに、ぐったりしていた負傷者達が全員元気に飛び起きた。
「はいっ!お任せ下さい、ビオラ様っっっ!!♡」
返事が何と、「様」付けだった。
ナムは心底、ゾッとした。
「コイツらに何したんだ姐さん?!洗脳でもしたのかよ!?」
「いやぁね、ちょ~っと元気付けてあげただ・け♡
お子様はそんな事気にしなくていーの♡♡♡」
「・・・。」
これ以上聞くと女という生き物がどうしようもなく怖くなる。
言われたとおり、まったく気にしない事にした。
「ほら、さっさとお行き!
アタシ軽いんだから3人乗りでも走れるでしょ?!」
「ジュリオさん、この女マジでやめとけ!命が幾つあっても足らねーぞ!?」
「お黙りっっっ!!!」
けたたましく言い争う姉弟と、呆気の取られる考古学者を乗せたバイクは、闇に向かって走り出した。
人の命が掛かってる割には、なんとも緊張感のない出発だった。




