精鋭部隊の行方と乙女と爆弾狂と
B棟には2つの出入口がある。
正面入口は大型銃機の搬送用でかなり大きい鋼鉄製扉、裏口は手で開け閉めするごく一般的なもの。
その2つの出入口は今、武装したエベルナ傭兵部隊によって完全に封鎖されていた。
蟻の子一匹這い出られないような、厳重な包囲だ。統括基地の司令塔脇、茂みの中からスコープでB棟を窺っていたマルギーが、呆れた様につぶやいた。
「なにこの人数!スゴすぎない?凶悪犯が立てこもってるワケじゃあるまいし。
子供1人暴れただけでしょ?なのにわざわざ中隊編成しちゃったの?」
同じくB棟を窺っていたロディはいたたまれず項垂れた。
統括基地潜入に成功するなりこの騒ぎである。
元凶はコンポンだと教えてくれた通信機のモカ声は、憔悴していて暗かった。
的中した悪い予感にロディは頭痛と強烈な空腹感を覚え、一瞬気が遠くなってよろめいた。
(注:彼は精神的なショックを受けると猛烈に腹が減るそうです。)
『ロディ君、カメラ搭載蜂型ロボ、飛ばせる?』
緊張したモカの声が、現実逃避を計る意識を引き戻す。
「う、うぃッス!」
慌ててカメラ搭載蜂型ロボを空へ放り、B棟を囲む傭兵達の映像を手元のタブレットに映し出した。
「うわ、確かにこれはすごいッスね。ホントに中隊並の数ッスよ、大げさすぎるッス!」
『第4支局隊・26名が正面、第5支局隊・38名が裏口。
第8支局隊・21名がちょっと離れた場所にいる。この隊の位置は・・・ちょっと変。』
「B棟脇の車両格納庫ッスね。あそこには基地の人間が使うバギーっきゃないはずなんッスが。」
「ねぇ、それよりおかしくない?」
ごんぶと眉毛をしかめるロディの肩を、後ろからフェイが軽く小突いた。
「統括基地に常駐してるのは第1支局隊から第3支局隊のはずでしょ?なんでその支局隊じゃなくて、内惑星エリアにいるはずの第4支局隊や小惑星帯にベース基地がある第5、第8支局隊がここに居てコンポン達包囲してんのさ?」
スコープを覗いていたマルギーが振り返った。
「あ、それはね、ミッション指令があって出張中だからだよ。
一昨日だったかな?急に指令が下ったの。アタシら諜報員見習いにはミッションの詳細なんて教えちゃくれないけど、ハードミッションらしいよ。メチャクチャ気合い入った装備で出てったから。」
フェイの顔が不安げに曇る。統括基地に常駐を許される精鋭部隊・第1~第3支局隊がどこに向かったのかを、今の説明だけで悟ったようだ。
「モカさん、大丈夫ッスか?」
腕時計の通信機に呼びかけてから、ロディは言った言葉に後悔した。「大丈夫か?」と聞いたところで、たった1人で火星に残るモカのためにできることなど何もない。
それでも通信機からは明るい声が聞こえてきた。
『大丈夫!それより「内部班」のみんなの方が心配だよ!』
「そーよ、早くナントカしないと!」
ツインテールを振り乱してシンディが喚く。
彼女は統括基地に着いてからまったく落ち着きがない。茂みの中に身を潜めてからは、さらにソワソワとB棟と傭兵達の包囲網を気にしている。
「これってホントにマズい状況でしょ?!すぐにでも助けてあげなくっちゃ!
今頃すっごく怖がってるに違いないわ!可哀想に、泣いちゃってるかも知れない!」
シンディのあまりの狼狽えように、ロディ達は顔を見合わせた。
通信機のモカも不思議そうに、喚く義妹を宥めに掛かる。
『お、落ち着いてシンディ。コン君なら今のところ大丈夫・・・。』
しかし、どーやらこの義妹。
コンポンを案ずるあまり取り乱した、ワケではないようで。
「大丈夫かな?A・Jのヤツ・・・。」
「そっちかーーーいっ!!?」
涙ぐんじゃう恋する乙女のつぶやきに、全員総出のツッコミが入る。
その途端、通信機が短く鳴った。
『おい!誰が怖がって泣いてるって?!ふざけるな!!!』
「きゃーーー?!聞かれてたーーーっっっ!?」
フェイが慌ててシンディをヘッドロックで頭ごと口を押さえ込む。
ロディはB棟を囲む傭兵達を窺った。
気付かれてない。冷や汗にじむ額を拭う彼の耳に、通信機から別の男が妙な感じにダメ出しする。
『そんな甘いツッコミしとったら、オーサカ共和国じゃ出禁やで?
ついでに笑い取ってみせるよーな事、言わな。』
「レヴィさん、今、それどころじゃないッスから!」
(ナムさん、助けて・・・。)
ロディはなんだか泣きたくなった。
通信機から再びA・Jの声が聞こえてきた。
『今、B棟脇の車庫に第8支局隊がいると言ったな?
バックヤード!B棟で車庫と隣接する付近の地下を探る手段はあるか?
あと「潜入班」の戦力は?!』
『!? ダメです、班長!
拉致・監禁者の捜索は許可できません、逃走を優先してください!』
『どのみち逃走経路は他にないだろう!まともな出入口から出られるとでも思ってるのか?!』
『で、でも!!』
激しく言い合うA・Jとモカに、ロディ達は目を丸くした。
「どうしたんッスか?拉致・監禁者って、何なんッスか?」
『大変なんだ、ロディさん!危険がヤバくて危ねーんだ!!!』
コンポンが通信に割り込んできた。
「いや、危険がヤバくて危ねーのはお前だぞ?!コンポン、無事か!?」
『俺はダイジョブだけど、他のヤツらがダイジョブじゃないんだ!
早く助けないと、みんな売り飛ばされちゃうぞ!!!』
「!?」
おかしい文章のつたない説明。それでも十分理解できた。
なぜモカが必死に制止を呼びかけるのかもわかる。今、A・Jがしようとしている事は、この状況に輪を掛けて危険な事だ。
ロディは手元のタブレットに目を落とした。
(エメルヒの隠し通路で見つけた不自然な場所に出る出入口・・・。
ミッションに関係ないからスルーしたけど、ヤバイ、ビンゴっすよ!ちょうど車両格納庫付近じゃないッスか!
売却目的でB棟地下に監禁した人達を、宇宙船で乗り付けてきた客に売り渡す時、秘密裏に着床ポートまで連れ出す出入口だったんッスね!?
と、いう事は、この出入口付近に監禁されてる人達が閉じ込められてる?
ダメだ、これをエーさんに言うわけにはいかないッス!なんとか別の脱出方法を考えて・・・。)
その時、タブレットがひょいっと横から取り上げられた。
驚く間もなかったくらいである。制止するなど、ムリだった。
「B棟で車庫に近い辺りにアタシらに知らされてない地下階があるよ、エーちゃん!」
「ひぃぃ?!マルギー、ナニばらしてんだーーー!!?」
慌てふためくロディをよそに、マルギーは自分の通信機を使って説明する。
「カメラ搭載蜂型ロボで統括基地に着く道探った時見つけたの。ちょうど車庫付近に出入口があるみたいだよ。
こっちの戦力は期待しないで、武器らしいものはほとんど持ってないから。」
『よし、わかった!お前らは安全な場所で待機してろ!』
ぶち。
通信は切れた。
一瞬の間を置いて、モカとロディが騒ぎ出す。
『マルギー、どうして?!』
「ダメッスよこれ!危険がヤバくて危ねーッスよ!!!」
通信機のバングルに、マルギーが楽観的に笑いかけた。
「どうしてもへったくれもないよ。早くしなきゃ、強行突入されちゃうよ?」
『ソレはそうだけど・・・?!』
「ダーイジョブだって、モカさん♪
コンちゃんはともかく、エーさんだってさすがに今は脱出するのが精一杯だってわかってるでしょ。
スレヴィだっているんだよ?ヤバくなったらイの一番に逃げ出すヤツが一緒なんだからさ、2人が暴走してもいい感じに止めてくれるって。」
『・・・。』
(そう、だといいけど・・・。)
モカは不安げに沈黙した。
しかし、マルギーの予想は見事なまでに裏切られた。
彼女はB棟が武器庫であり、爆弾類がワンサカあるのを失念してしまっていた。
そして、ヤバくなったらイの一番に逃げ出すはずの男・スレヴィは 爆 弾 狂 。
お金の次に 花火 を愛す、派手にするなら上限無しの、大変危険なヤツだった。
秘密の地下階暴露から、約5分後。
B棟は吹っ飛び、倒壊した。




