無教育天然系暴走少年の現状
「統括基地潜入には地下通路を使え。」
ナムと傭兵達がナジャへ発つ時の事である。
火星中継港・フォボスでシャトルを待つナムは、見送りに来たロディをこっそり傍らに呼び、エベルナでのコンポン救出作戦についてこんな指示を出していた。
「複雑に入り組んでるけどカメラ搭載蜂型ロボで進行方向確認しながら進めばいい。」
「だ、大丈夫ッスかね???」
ロディは不安を隠せない。しかしナムは楽観的だった。
「禿ネズミが警戒してんのは、アイツだけだ。
もし宇宙空港や地下通路に伏兵がいても、お前らにゃ手荒なマネしてこねぇんじゃないかな。
むしろウェルカムって感じで歓迎してくれたりして。」
「それって『わーい、人質増えたー!』ってヤツなんじゃないッスか?勘弁してくださいよ!」
「そん時ゃ、おとなしく捕まっとけ。抵抗するだけ無駄だしな。
とにかく、無事に統括基地へ潜入する事までがお前達のミッションだ。
あとは指示はモカを通して『内部班』側に伝えてある。一つ、問題があるとすれば・・・。」
「あ、あるとすれば???」
「『内部班』の班長がトリガーハッピーだっつー事かな。
頼りになるヤツなんだけど、修羅場になったら見境なくなっちゃうんだよな~。
そこんとこ、フォローよろしく♪
あ、シャトル来たわ、行ってくるグッドラック!!!」
「ひいいぃぃ?!」
慌てふためくロディを残し、ナムはナジャへと旅立っていった。
無事にコンポンを救出できる気がしない。いや、生きて帰れる気がしない。
(・・・俺って、つくづく諜報員には向いてないッスよね。)
中継港のロビーに取り残されたロディは1人、がっくりと肩を落とした。
一抹以上の不安を感じつつ、ロディはカメラ搭載蜂型ロボを放った。
暗闇続く地下通路に小さな機体が消えていく。手元のタブレット型モバイル画面に蜂型ロボの暗視カメラの目が捉えた映像と、それを元に描かれていく地下通路の簡単な見取図が映し出される。
「腹黒いヤツのやる事ってホント、えげつないね。
この通路、自分1人で逃げ出すためにあるんでしょ?」
「呆れてモノも言えないわ!禿ネズミのヤツ、今度見かけたらぶん殴ってやるんだから!」
マルギーとシンディがいきり立つ。一緒にすると騒がしいが一応気は合うようだった。
「ロディさん、入口の扉、閉めるよ?」
「あ、そうか。ちょっと待って!」
傍らに置いたリュックサックから簡易ライトを取り出し灯す。フェイが重たい鋼鉄製の扉を閉めると、行く手の闇はより一層深くなった。
カメラ搭載蜂型ロボが描く見取図を眺め、ロディは顔を曇らせた。
「う~ん・・・。ナムさんが言ってたとおりだな。メチャクチャ道が入り組んでる。
モカさん、内部班の班長に連絡つくッスか?ちょっと時間が掛かりそうッスよ。」
『了解しました。でもバックヤードからの通信は無視されちゃうんで・・・。
マルギーちゃん、いえ、マルギー。連絡してもらえますか?』
「は~い♡」
マルギーは嬉しそうに右手にはめたバングルを眺めた。
可愛い野バラの彫刻が施されたチタン合金製のバングルはモカのお手製。内側にはナム達が使用するものと同じ通信機が仕込まれている。
「ありがとー!これ、メッチャ気に入っちゃった♡大事にするね、お姉ちゃま♡♡♡」
『・・・仲間、だもんね。これからもよろしく、ね?』
心なしか、モカの声はほんの少しだけ暗かった。
2人の会話に苦笑するフェイがロディの隣にしゃがみ込み、ポツリと小さくつぶやいた。
「コンポンのヤツ、大丈夫かな?・・・いろいろと。」
・・・ ギクッ!!?
ロディは一瞬、固まった。
エメルヒからの電話で拉致の事実を知った時、ナムが口走った不吉な言葉。
それを思い出したのだ。
「禿ネズミのヤロー、アイツ人質するとか、イカれてんだろ!?
どーなっても知らねぇぞ、クソッタレ!!!」
背筋が凍り、怖気が走った。
今更ながら、事の重大さに気が付いた。
エメルヒに連れ去られたのが、あの 無教育天然系の暴走少年・コンポン だと言う事に!?
「てっ、手持ちのカメラ搭載蜂型ロボ、全機飛ばして最速で道を探すッス!
モカさん、画像解析のサポート頼むッス!!!」
『りょ、了解!ガンバって、ロディ君っ!!!』
通信機に呼びかけるロディの声は、見事に裏返っていた。
先行した1機に加え、さらに4機が暗闇の中に消えていった。
あのコンポンがおとなしく人質になっていられるはずはない。
ちょっとでも動ける状況ならば必ず動く。動いて良からぬ事をする。
結果、驚くような危険を招く。
敵味方の区別なく本気でヤバい、シャレにならない危機を呼ぶ!
(生きて帰れる気がしないッス。マジで・・・。)
ロディは泣きたい気持ちを堪え、カメラ搭載蜂型ロボを操った。
さて。
ちょうどその頃の、エベルナ特殊諜報傭兵部隊統括基地。
B棟と呼ばれている頑丈な鋼鉄壁製の武器・弾薬庫のとある一室。そこに連れ込まれ監禁されている無教育天然系暴走少年は案の定、大暴れだった。
「バカヤロー、おとなしくしてたらつけ上がりやがって!
それ以上近づいたらタダじゃおかねーぞゴルァ!」
「ふざけんなクソガキ!てめぇ一瞬たりともおとなしくしてた時があったかよ!?」
「目ぇ覚ますなりメチャクチャに暴れ回っただろーが!
こんな事ならちゃんと調べておくんだったぜ、おかしげなモン隠し持ちやがって!」
「いーから、その棍棒寄越せ!悪ぃようにゃしねぇから、な?!」
「うるせぇ!俺に手ぇ出して見やがれ、ウチの局長が黙ってねーぞぉ!
ナムさんだって黙ってねぇぞ!
この人怒らすと顔上げて外出歩けねぇような目に遭わされちゃうんだぞーーー!?」
「・・・そっちの方が怖ぇなおい!」
明らかに独房とわかる窓のない小部屋で棍棒を振り回す子供に、傭兵達は全員困惑していた。
実戦訓練の浅い見習い諜報員だと聞いていた。実際、火星の荒野でバイクを乗り回していた彼を麻酔銃で仕留め、エベルナまで運び込むのは簡単だった。
この拉致が13支局隊の局長・パーフェクト・リュイに気取られると命が危ない。だからといって、事を急いたのが悪かった。
捕まえた時、装備を気にして調べていればこんなに手こずりはしなかった。まさか着ている安物のジャンパーに、武器類が仕込まれていようとは?!
「くっそぉ、ガキだと思って油断した!いきなり3人もやられたんだ、冗談じゃねぇぞ!?」
「へへっ♪スゲェだろ?『バチッとオヤスーミ』(ロディ作成の強力スタンガン)の威力!♪」
「なにそれ?ヘンな名前・・・。」
「うん。ロディさんのネーミングセンスには俺達も困ってる。」
子供と傭兵達のいまいち緊張感ない攻防に、耳障りな声が割って入ったのはその時だった。
『威勢のいいこったな。
こんなガキでも13支局隊は局長殿のご教育が行き届いてやがる。一筋縄じゃいかねぇときた。』
「エメルヒの禿ネズミ?!」
慌てて辺りを見回すと、目の前の空間に四角い画面が浮かび上がった。
ホログラフィ映像だ。眩しく光る画面に映し出された、もう一生会いたくなかった男の顔。
むざむざ捕まってしまったが、こんな奴には負けたくない。
その嫌らしい笑みで催す吐き気に耐える。歯を食いしばり、必死で相手を睨み付けた。
『いいぜ?俺の事ぁ、どう呼ぼうとてめぇらの勝手ってヤツよ。
普通ならグウの音も出ねぇくらいシメてやるところだが、てめぇらはもう俺の手下じゃねぇからな。
こっから先はお互い、命の取り合いになる。
せいぜい楽しもうぜ?なぁ、コンポンよぃ!』
革張りの豪華なデスク・チェアに座るエメルヒが、狂ったようにゲラゲラ笑う。
コンポンは自分の棍棒を強く握りしめた。




