シールを貼るのも命がけ!?
宇宙空港を利用する一般市民の目線が痛いし、恥ずかしい。
そもそも諜報員がこんなに目立っていいワケない。ロディは軽快に笑うマルギーを窘めた。
「ちょ、いい加減にしろって!
これから統括基地に忍び込むんだぞ?あんまり人目に付いたらやりにくくなるだろ?」
「いンや、今はこれくらい目立っといた方がいいよ。」
マルギーが声を潜めてささやいた。陽気な笑顔を崩さないまま、目だけが緊張していて真剣だった。
「アタシら、もう禿ネズミの手下に囲まれてる。
とっ捕まったらアタシらも人質にされるよ、気を付けて!」
「!?」
慌てて辺りを確認する。
わざわざ立ち止まってこっちを見ている野次馬達もいれば、足早に歩き去りながらクスクス笑っている人達もいる。一見怪しい様子はない。誰も彼もごく普通の旅行者に見える。
『ロディ君、周辺の画像、送ってくれる?』
「う、うぃッス!」
モバイル携帯画面を見る振りをして、素早く周囲の人混みを撮影した。
一目確認しただけで状況を把握したらしい。火星のバックヤードへ転送するなり、すぐにモカから回答が来た。
『一般の人達にまじって第4支局隊と、第5支局隊の人がいる・・・。
うそ?!第8支局隊の人までいるよ!』
「マジッスか?!シャレになってないッスよ!?」
狼狽えるロディをマルギーが小声で促した。
「ナムさんの言ったとおりみたい。
禿ネズミのヤツ、それだけ警戒してんだね。・・・あの人を。
取りあえず、これだけ人目引いときゃヤツらも迂闊に手出ししてこないよ。
このまま行こう。エベルナの入区管理局はこっち!
・・・おっ!チビちゃん、ちょっとふくよかになったかな~?体重51kgってトコ???」
「ぎゃー!この変態、体重までわかっちゃうのーーーっ?!」
「・・・そういや、シンディ。
この間おやつの時に、リーチェ姐さん特製ティラミスを3人分ペロッと・・・。」
「ア、アンタだってコンポンとそれくらい食べてたじゃないのよ!
ってか、いちいち言うな!フェイのバカーーーっっっ!!!」
せっかく散り始めていた通行人に再び注目されながら、マルギーとルーキー2人が歩き出す。
ワザとなんだろうが、いたたまれない。
後をトボトボ付いてくロディは、腕時計の通信機に語りかけた。
「モカさん・・・。周りの目が辛いッス・・・。」
『が、ガンバってロディ君!
この調子だと他の支局隊の人達も呆れちゃってて、本当に攻撃してこないと思うよ!?』
「それ、慰めになってないッス。」
『・・・。』
モカの返事は、返ってこなかった。
こんな感じで、なんとか見張りは振り切った。
宇宙空港に3分隊も送り込んできたにしてはあっけないが、彼らが本当に警戒しているのは「あの人」だけだという事だろう。
ロディ達が一先ず目指すエベルナ入区管理局は、宇宙空港の一角にある。
地球連邦政府から自治を許されている小惑星エベルナへの入星・出星の手続きは、すべてこの管理局で行われている。連邦政府軍の駐屯地のないエベルナにとって、外部からもたらされる不利益な災いを水際で食い止めるための、極めて重要な機関である。
「・・・なのに、こんなにアッサリ忍び込めちゃうんだ。
忙しそうにしてるの、事務の人達だけだったよ?警備員は素人みたいでサクッと倒せちゃったし。
ここの人達、なにやってんの?」
「いろいろ人手不足なんでしょ。この間のテロ騒ぎの後片付けが終わってないんだって。
その事でエベルナの都市民から攻撃されてて大変みたいだよ?正体不明のテロリストを大量に入星させたってバッシング受けてるしさ。」
呆れた様なフェイの疑問にマルギーが答えた。
昏倒している警備員をワイヤーでふん縛る。確かにまるで素人のようだ。ロディ制作の強力スタンガン「バチッとオヤスーミX」で奇襲を掛けても禄に抵抗しなかった。
「正体不明?あの武装集団が?」
「あの時の武装集団がリーベンゾルの連中だった、なんて公表できないよ。そんな事バレたら『大戦』の引き金になっちゃうもん。
だから地球連邦政府軍は、『正体不明』で押し通してんだってさ。
今ね、そのしわ寄せが禿げねずみントコ来て、統括基地は大変なんだ。」
壁付けの監視カメラに細工するロディを眺めるシンディが、不思議そうに聞いてきた。
「なんでエメルヒのジジィが大変になっちゃうのよ?
リーベンゾルだっていうのを隠してるのは連邦政府軍の都合なんでしょ?」
「あのテロリスト共がエベルナを襲ったのは統括基地がある所為だって事になってるの。
以前から統括基地って都市部の人達には良く思われてなかったんだよ。」
『都市部では退去を求める声も多かったそうだね。私設の諜報傭兵部隊で無戸籍が多いから、いつか良くない事件が起きるんじゃないかって懸念されてて。』
マルギーの説明に通信機からモカが短く捕捉した。
作業を終えたロディが両手を叩いて埃を払う。
「そこにリーベンゾル武装集団の統括基地襲撃が起きたんッスね?
なるほど~。その余波で、宇宙空港も襲われたって流れにされちまったんッスか。」
「そーゆー事。エメルヒの禿ネズミは反論できなくてイライラしてる。
実際その通りだし、申し開きしようとしたらもっと大変な事になっちゃうし。」
『武装集団の正体がばれるだけじゃない。
その時 私 が基地にいた事まで公になっちゃうから、言えないんだね・・・。』
モカの声が暗く沈んだ。
地球連邦政府軍は、モカの存在、つまり独裁者の娘の存在を公には認めていない。
モカが太陽系中から狙われるきっかけを作った「ハルモニアの暴露」を、「非常識な戯れ言」としてまともに取り合おうとしなかった。・・・表向きは。
裏では特殊公安局が血眼になってモカの行方を捜している。
未だ安定しない外惑星エリアの治安問題を抱えると地球連邦にとって、独裁者の血を引くモカは非常に危険な存在なのだ。事実、実子だと公言するリーベンゾル・タークはすでに脅威になりつつある。
エベルナの統括基地襲撃と宇宙空港テロ事件。その原因は、間違いなくモカだ。
しかし、公表する事はできない。
あの時彼女が統括基地に居たと地球連邦政府軍の知るところになれば、エメルヒは特殊公安局に痛くない腹まで執拗に探られ追求される事になる。
エメルヒは今、このエベルナでは非常に苦しい立場に立たされているようだ。
「お姉ちゃま♡」の沈んだ声に、マルギーが狼狽えた。
話題を変えようとでも思ったか、慌ててロディの背中を叩く。
「い、いや~、それにしてもロディちゃんってすごいね~!
スタンガンもすごかったけどさ、『入口』開ける時使った『ロックオフぺったん』ってシール?
これいいよ、メッチャ便利!ホントに電磁ロックの扉がサクッと開いちゃった!」
発明品を絶賛されたロディは得意になった。
「はっはっは♪どんな電磁ロックの扉でもコイツに掛かればイチコロッスよ!
以前は俺がモバイル携帯で信号送らなきゃ機能しなかったんスけど、改良した『ロックオフぺったん・エクストラⅡ』は、張って5秒後に自動的に作動するんッス!
しかも、改良したのはそれだけじゃないんッスよ!二通りの使い方があるんッス!
裏表が赤と青に色分けしてあって、青い面を上にして貼ると5秒後にロック解除するだけッスけど、赤い面を上にして貼ると5秒後に 自爆 して扉を吹っ飛ばすんッス!!!(すっごくいいドヤ顔!)」
「・・・え???」
フェイの顔から血の気が引いた。どうやら知らされていなかったようだ。
入区管理局地下倉庫にある「入口」扉の電磁錠に「ロックオフぺったん」を貼ったのは、彼である。
しかも「エクストラⅡ」を使用するのは今度が二度目。エリア6で監禁された小部屋から脱出する時使っている。
もしもあの時、赤い方を上にして使っていたら・・・!?
「いや、ロディさん!それ使う前にちゃんと言って?!
俺、二度も命拾いしてるんだけど!!?」
「あ、そっか。無事で良かったな、フェイ。」
「ちょっとーーー!!?」
「・・・取りあえず、行こっか。『班長』達が待ってるし。」
マルギーが出発を促した。
フェイが命がけ(?)で開けた扉の向こうは、真っ暗だった。
しかし、この先に伸びる通路はコンポンが捕らわれている統括基地まで続いている。
隻眼の大佐・サムソン率いるリーベンゾル武装兵から逃れるために、ナムがモカを連れて逃げ込んだ「エメルヒの隠し通路」。
かつて「マネーカードが流れるベルトコンベアーがある」と言われた地下通路は、冷え冷えとしていて、不気味だった。




