厚顔無恥にはブランド品
ナム達が循環器系入院病棟のエントランスにたどり着いたのは、調度そのタイミングだった。
(・・・局長?)
リュイの姿を見つけて立ち止まる。しかし声は掛けるのは躊躇われた。
エントランス中央、ダミアンの時限式細菌散布装置を回収した大きな寄せ植え植木鉢前で、リュイは複数の家族連れ集団と向き合っている。
いつもと変わらず無表情で佇むリュイに対して、集団連中はどいつもこいつも顔つきが険しい。
嫌悪、蔑視、忌避、恐怖。憎悪まで感じる冷たい目でリュイを見下し睨めつけていた。
「あの人達は・・・。」
「モカ、知ってんのか?」
「養護院にいた人達だよ。マロリーさんの・・・。」
モカの言葉でこの状況を把握した。
彼らにとってリュイは敵。
養護院の太陽だった、敬愛して止まなかった慈父、タイチ・カタオカを死なせた「悪党」なのだ。
「お前、よくもここに顔出せたモノだな!?ふざけやがって!!!」
集団の中で一番年かさの男が唾を飛ばして吠えついた。
隣に居た妻らしき女性が慌ててそいつの腕を取る。真っ青な顔で「止めて!」とささやいたが、男は聞かない。女性の手を振り払い、さらにリュイへと詰め寄った。
「ここはお前みたいなヤツが来るところなんかじゃないんだぞ!
ママ・マロリーに会いに来たのか?今まで散々苦労させといていったいどういうつもりなんだ!
こっちはお前の顔を見ただけで虫唾が走るんだよ!とっとと出て行け!悪魔野郎!!!」
エントランス中に轟く声で激昂する年かさの男を、ビジネス・スーツをビシッと着こなした男が横から制した。
「よせ!ここは病院だぞ、余計な騒ぎを起こすな!」
「お前ら、何も感じないのか?!こいつの所為でパパ・タイチは・・・!!!」
「止めろ!いいから!」
スーツの男が必死で止める。横目でチラリとリュイを見て、強ばった頬を引きつらせた。
「相手はリュイだぞ、殺されたいのか!?」
年かさの男が、黙った。
夕暮れの病棟エントランスは人影もまばらで、静けさのせいか夏だというのに寒々としていた。
重い沈黙の中、元・養護院の子供達はしばらくの間、身動きひとつせず立ち尽くした。
「・・・すまなかったな、リュイ。」
スーツの男が口を開く。
詫びの言葉を述べるには冷酷で、嫌悪も侮蔑も隠し切れない口調だった。
「だが、なじられても仕方ないのはわかってるはずだ。
お前は俺達の恩人を2人も不幸にした。とても許せるものじゃないし、許したくはない。
それに今のお前は唾棄すべき裏社会の人間だ!そんな人間に関わりがあると世間に知られるのは俺達にとって迷惑でしかない。頼むから、もう二度と現れるな!
俺達には戸籍もあるし守るべき大切な家族も居る。お前みたいなヤツとは違うんだ、とっとと消えてくれ!!!」
リュイの方を見ようともせず、スーツの男が言い捨てた。
リュイは、無言。
いつものように、その顔に何ら表情も見せず佇んでいるだけだった。
(!? コイツら・・・!!!)
エントランスの入口から一部始終を見ていたナムは、元・養護院の子供達だという連中の心の内を読み取った。
目を泳がせる者、バツが悪そうに俯く者、唇を噛んで顔を背ける者、イライラと手先を弄び始めた者。全員一様に、スーツの男がほざいた事に諸手を挙げて賛同しながら、気まずそうに動揺している。
ナムの体が怒りに震えた。無意識に両手が拳を強く握り、噛みしめる奥歯が軋んで痛む。
連中は知っているのだ。
あの落ち着きのない態度を見ればすぐわかる。全てを把握していなくても、間違いなく理解している。
無国籍だった彼らに戸籍を与え、まともな生活ができるだけの教育を受けさせたのは、リュイが傭兵として命を削り罪を犯して得た報酬なのだと言う事を。
知っていた上でのうのうと暮し、リュイを「唾棄すべき人間」だと侮蔑する。
リュイがいなければこの連中は無国籍のまま、碌な人生を歩んでいなかった。そもそもあの「大戦」を生き抜いてすらいなかった。
それなのに・・・!!!
「・・・酷い・・・っ!!!」
モカがジャケットの裾を握りしめてきた。
その手は小さく震えている。布地越しにモカの悔しく哀しい気持ちが伝わってきたその瞬間。
ナムは大きく息を吸い込んで、自分でも思いがけない言葉を力一杯叫んでいた。
「 親 父 !!!」
元・養護院の子供達が一斉に振り向いた。
全員、ナムを見るなり固まった。
ポカンと口を開いた間抜けな顔で、目を皿のようにしてナムの姿を上から下まで眺め回す。
年かさの男の横に突っ立つ少年が、「うっ!」と呻いて縮こまった。
少年はナムと同じくらい年頃で、偶然にもナムが着ているジャケットとよく似たものを羽織っていた。
「と、父ちゃん、あれ、『I・Mスマイリー』・・・。」
「なにぃ?!お前が欲しがってたヤツか!?」
どうやらこの少年は年かさの男の息子らしい。
少年のジャケットは正規ブランド品と並ぶと哀しいほどみずぼらしく見える。恥じ入る息子が狼狽える父親を責め立てた。
「あれ買ってくれって言ったじゃないかぁ。こんな安っぽいコピー商品じゃなくってさぁ!」
「バカやろぉ!アレ一着で何万エンすると思ってんだ!それにお前・・・。」
年かさの男は口ごもった。
父としてその先は言えないようだ。仮に自分の息子が「I・Mスマイリー」のジャケットを着たところで、結局コピー商品にしか見えないだろう。
父親がケチだと拗ねてむくれる少年は、ニキビ面華やかなガニ股短足チビだった。
(よっしゃ、イケる!♪)
ナムはこれ見よがしにジャケットの襟をピシッと正した。
(ナムの悪趣味的には)いまいち地味で好みじゃないが、今日の出で立ちはマロリー夫人が「モデルみたいでカッコいい♡」と言ってくれた、「I・Mスマイリー」総額6桁越えのコーディネートである。
挑んで勝てないはずはない。ナムはニンマリ笑って見せた。
ふてぶてしく、狡猾に!




