ミニ丈スカートの禁止事項
「・・・まだサビの部分が頭の中回ってる・・・。」
「『アナタのために炊き出した~ 恋・夢・嫉妬のまだら飯~♪』ってヤツ?」
「歌わないで、お願い・・・。」
ナムとモカはごく普通のカップルを装い、他愛なく会話しながら循環器系入院病棟・1階エントランスをぶらついていた。
ダミアンの時限式細菌散布装置を捜しているのである。見つけ次第、ロディから教わった解除処置を施して止めるしかない。
エントランスには入院患者の家族と思われる人々が多く見舞いに訪れている。この人達を危険な目に遭わせるわけにはいかなかった。
「ナム君、あった!」
見つけたのは、モカだった。
彼女が指さす先には、観葉植物が寄せ植えされた大きな植木鉢がある。
エントランスのほぼど真ん中だ。その周囲には幾つもベンチが置かれていて、人々が和やかに談笑している。
「えげつねぇ所に仕込みやがって・・・。」
ナムは植木鉢に近づき、念のためにゴム手袋をした手で緑の葉っぱをかき分けた。
土に挿すタイプの栄養剤に混じって、ダミアンの懐にあった物と同じ筒状の装置が刺さっている。
そっと引き抜き、素早く解除の処置をする。近くのベンチで腰の曲がった爺さんが不審そうに見ていたが、なんとか笑って誤魔化した。
今は人目を気にしている場合じゃないし、説明する時間も惜しい。事は急を要していた。
「スゲぇな、この装置。構造がわかった奴じゃなきゃすぐには解除出来ない造りになってる。
ロディの奴、よく解除方法見破ったな。アイツ、やっぱり天才だ!」
ナムはもう動かない装置を密閉容器に入れ、モカが「DEAREST」の店員に買わされたショルダーバッグに突っ込んだ。
「それ、私が持とうか?」
細菌入のバッグを肩に掛けるナムに、モカが心配そうに声を掛ける。
「いいよ。危ないから俺が持つ。」
「でも・・・。」
次の設置場所へ向かうため歩き出した2人の耳に、JKらしき女の子達の会話が飛び込んできた。
「ねぇねぇ、あの2人見て!超目立つ!」
「あの娘が着てるの、『DEAREST』のワンピースじゃね?この間雑誌でモデルが着てたヤツ!」
「カレシっぽいのが着てるあのジャケット、『I・Mスマイリー』じゃん!ウチのカレシが欲しがってるブランドのヤツでさ、値段ハンパなく高いんだよね~。」
「知ってる、マジ高い!なにあの人達、レベル高!」
「羨まし~!カレシにバッグ持ってもらうとか、ウチらされた事ないよね~!」
ナム達は顔を見合わせ苦笑した。
「・・・バッグ、やっぱり私が持つね。」
「・・・うん。じゃ、気を付けて。」
2人はそそくさとエントランスから逃げ出した。
「DEAREST」と「I・Mスマイリー」の店員の気合い入ったコーディネートは、どうやら諜報員には不向きのようだ。
マフィアの首領と言えども、人間である。
病院のサーバーから盗んだ電子カルテによると、ドン・ネーロは心臓を患い検査入院している。
「ファビーノ」はもちろん偽名。こんな大物が本名で堂々と入院出来るワケがない。相当額の裏金がこの病院のお偉いさんの懐に入ったのだろう。
数日分の監視カメラ映像を確認すると、さっきのナムが言った「お散歩コース」はこの男の行動範囲のようだった。
運動でもしているつもりなのか、毎日律儀に、物騒なお供数人にガッチリ護られながら歩いてる。
ダミアンが銃やナイフの使用を諦めた理由もこの辺にあると思われた。
アイザックの調べによると、ドン・ネーロが「お散歩」するのは昼食後一休みしてからだ。
時限式細菌散布装置の起動時間もそれに合わせてあるに違いない。
「あんなヤバイ細菌に汚染されれば相当苦しんでから死ぬ事になる。
ダミアンのヤツ、スゲェ恨みようだな。」
「酷い事されたんだもんね・・・。でも、関係ない人がたくさん巻き込まれちゃうよ。」
「そこは俺も考えた。殺傷力なら爆弾テロの方がありそうだけど、タイミングが合わなかったら失敗に終わる。より確実に仕留めようとしたんだろうけど、病院で細菌はないよな~。」
「もしかして、まだ何か理由があるのかな?」
「かもしれない。その辺、アイザックさんが調べてくれてると思うけどな。」
病棟南の階段に差し掛かった。
ナムはふと立ち止まる。
「そーだ、言っておきたい事がある!」
「なに?急に。」
後ろを歩くモカを振り返り、改まった顔つきで上から下まで舐めるように眺める。
エントランスでJK集団が褒めた『DEAREST』のワンピースがよく似合う。だからこそ余計に心配だった。
「スカート下!ちゃんとなんか履いてんだろーな?」
「・・・は?」
モカの目が丸くなった。
数時間前、似たような台詞をリュイから聞いた。
その時はあまり気にしてなかったが、改めて言われると不審に思う。
(なんでそんな事、聞くのかな?)
荒くれ傭兵部隊で育ち滅多にスカートを履かないモカは、ちょっとだけ認識が甘かった。
そんなモカを、ナムがビシッと指さした。
顔ではなく、可愛いフリルのワンピースの裾を。
「履いてないんだったらもしこの先修羅場になってもワイヤーソード使用禁止な?
俺以外の野郎に中身見せたら絶っっっ対ダメだから!」
「・・・。」
カレシに言われて初めて解せた。
そういえば、『DEAREST』の店員がこのワンピースを進める時に、不穏な事を言っていた。
『見られて困るならミニスカ履くな!ミニ丈のスカートはこのくらいの気合いが必要よ!』
もちろん、ただの冗談だろう。普通にしてたら見られる機会なんてそんなにない。
世間一般の女の子達は、ワイヤーソードなんて物は使わないのだから。
パァッとモカの顔が赤くなる。慌ててワンピースの裾を押さえ、小さな声でつぶやいた。
「ナム君、先に階段上がってください・・・。」
「え?俺はカレシなんだから見られたっていいんじゃ・・・?」
「いいワケないです、先に行って!!!」
モカはこの先修羅場にならない事を、心から願った。
その切なる願いは、叶わなかったりするのだが。




