キメラ・De・ご飯♡
当然ながら、ルーキー達は局長・リュイを恐れ避けるようになった。
何しろこの局長、常日頃から無愛想で威圧的。
無口で基地の仲間達とも会話する事が滅多になく、気に入らなければ当たり前のように手を上げる。
女性だろうと年少者だろうと、殴る時には容赦ない。特にナムに対しては辛辣で、愚にも付かない理由を付けては悶絶するほどどつき倒す。
その様子を目の当たりにするルーキー達が怯えるのも、無理もない事だった。
ルーキー達の中でも特に、フェイの怯え方は尋常じゃなかった。
リュイの姿を見かけるだけでひどい時には過呼吸を起こす。ビオラやリーチェが介抱すればあっという間に復活するのであまり心配ないのだろうが、ナムは一応、本人に事情を聞いてみた。
「僕はシャンハイの財閥一族で家長だった人の、愛人の子なんだ。」
フェイが言いにくそうに語り出した。
「ママは売れない民族舞踊のダンサーで、とても綺麗な人だった。でも5年くらい前に病気で死んじゃった。
そしたら住んでた家から追い出されちゃった。
寮つきの学校に入れられてずっと放っとかれたんだけど、2ヶ月くらい前、マフィアみたいな人達に誘拐されたんだ。
後から聞いたんだけど、僕の父親ももうあんまり生きられない病気だったんだって。
本当の奥さんと子供さん、僕の事が邪魔だったみたい。
縛られて、目隠しされて、閉じ込められて運ばれて・・・。たぶん車のトランクに押し込められたんだと思う。
どっか遠くに連れてかれて、出されたと思ったら・・・。
海に・・・落とされたんだ・・・。」
助かったのは奇跡だった。
夜の海岸に連れてこられ、崖から突き落とされたフェイは、たまたま通りかかった漁船によって救われた。
しかし九死に一生を得た少年を待っていたのは、血縁者達の非常な仕打ち。
海に落ちたその日の内に、役所の手続きが完了していた。
為された処理は 死亡 による戸籍の抹消。
これは彼の存在そのものの否定を意味する。フェイは血縁者達の手によって、生きながらにして 殺された のである。
地球連邦加盟国だけでなく、太陽系中の独立国家のほぼ全てが戸籍の登録にはDNA情報の提出を義務づけている。
これが広い太陽系の中で自らを証明する手段となる。フェイの場合もDNA鑑定を申し出れば、生存確認と戸籍の復活が出来るはずだった。
それが出来なかったのは、彼を疎ましく思う血縁者達が金にモノを言わせた結果だろう。まだ子供のフェイでもわかる、非情で醜い現実だった。
「だから僕、オトナは嫌いなんだ。特にの男の人は。特に局長さんみたいに怖い人、無理だよ。
・・・でもね!」
半べそかいてたフェイが、急に元気になった。
「エメルヒのおじちゃんは好きだよ!
行くとこなくて困ってた僕を助けてくれてさ、とても優しくしてくれたんだ。」
「ほー、あの禿ネズミがねぇ・・・?」
ナムは頭の後ろを掻きむしる。困惑した時の癖だった。
地面に座り膝を抱えるフェイの隣で、胡座かいてるコンポンも元気いっぱい手を上げた。
「俺も好き!あのオッチャンに拾われてから、美味いモンいっぱい食えるしさ。服とか靴とか貰えるし、屋根のあるとこでベットで寝れるし!」
コンポンは基地に来た時裸足だったが、今はモカが「ジョボレット宇宙通販」で手配した新しいスニーカーを履いている。
服も清潔なライトブルーのつなぎを着ている。ロディのお古なので少し大きいが、よく食べよく寝るこの子ならすぐに成長が追いつくだろう。
地べたに座るなんてフケツ!だそうで、どこかから見つけてきた木箱に腰掛けるシンディも、「すっごく優しかった。」とのご意見。
なんだか腑に落ちない。
頭を掻く手が止まらないナムの隣で、足を投げ出し座るロディもごん太眉を顰めていた。
時刻は地球標準時間の午前5時。
火星の赤い地平線にようやく人工太陽が昇り始めたベース基地前のエアポート。その片隅で円座に座り雑談していたナム達に、斜めに朝日が降り注ぐ。
「何でこんなに朝早く起きなきゃなんないのよぉ!」
「朝練ってのは早朝にやるもんだ、文句ゆーな!」
キレて喚くシンディにナムは厳しく渇を入れた。
「あの冷血暴君に殴られそーになった時、俺がいるとは限らないんだからな。
反撃は無理でもかわせるくらいには鍛えとけ!じゃないと、とてもここじゃやってけねぇぞ!
ほれ、休憩終わり!筋トレするぞ、腕立て伏せ100回!」
ルーキー達は悲鳴を上げた。
ルーキー達が火星に来て依頼、こんな毎日が続いている。
彼らにしてみれば、こんな所で体育界系名門校運動部並のシゴキを受けるなど想定の埒外。泣きが入るのも無理もない。
聞けばこの部隊の方針とかで、傭兵だけでなく非戦闘員である諜報員も「身を守る程度には」戦闘能力を高めておくのだそう。
しかしその鍛え方は、遥かに度を超していた。
早朝4時にたたき起こされランニング10km。
腹筋、腕立て伏せ等の筋トレは100回ずつやるのが基本。
切り立った崖の垂直昇降、岩を背負って匍匐前進、底が見えない渓谷をロープ1本にぶら下がり命綱なしで伝い渡る。
やることなすこと半端ない。しかもこれが「準備運動」とか言われてしまう。
さらにナムの指導は過激なまでに厳しくキツイ。
朝も早から一瞥だけで眠気も吹っ飛ぶ異様な姿で、ビシバシ容赦なくしごいてくる。
(本日のナムの装い:
派手なピンク地に蛍光イエロー星形ドットのタンクトップ。
首にはなぜか真紫の蝶ネクタイ、ボトムは七色フリンジ付のウォッシャブルジーンズ。
靴はごっついサバイバルブーツ、ただし真っ赤なイチゴ模様付・・・。)
型や受けを一通り教えられただけで即実戦。
息つく間もなく飛んでくる手加減のない蹴りや拳に、ルーキー達は戦いた!
(ヤベェこれマジで死ぬ!なんとか逃げ出せねぇかな?!)
コンポンが辺りを見回したその時だった。
パンギョオオォーーーっっっ!!!
突然でっかい獣が現れ、おかしな奇声を張り上げた!
毛むくじゃらの小さい頭に3つも目があり、顔半分もある大きな口には赤光りする長い牙。
両手の先には長いかぎ爪が鋭く光り、びっしり毛に覆われた太い尻尾の先にも同じかぎ爪が生えている。
化け物は激怒したヒグマのように後ろ足で立ち上がり、ルーキー達に襲いかかる!
「ぎゃーーーーーっっっ!!!」
絶叫するルーキー達にロディが飛びつき地に伏せた。
ナムは素早く身を翻し、低い姿勢で化物の足、臑の部分に右の踵をたたき込む。
そして蹴られた衝撃で前のめりになる化物の顎を、真下から思いっきり蹴り上げた!
ドコォン!
化物は大きく仰け反り、地響きを立てて後ろに倒れた。
それきりまったく動かなくなった。
抱き合い怯えるルーキー達。
しかしナムとロディは平然と、倒れた化物を眺め回す。
「オオナマケモノタイプの キメラ獣 だな。コイツら最近、よく出るんだよな~。」
「キ、キメラ!?」
ルーキー達はうわずった声を同時に上げた。
人類増加による食糧難を解消する為の畜産動物の量産・品種改良を主な目的とした、遺伝子工学を駆使して生み出される 人造獣 。その総称が「キメラ獣」である。
そんな特殊な生物なので滅多にお目に掛る事はない。ごく普通に生活している限りでは。
「な、なんでそんなモンが出てくるのよぉ!?」
「いや、この辺結構出るぞ?」
「待ってソレ、おかしいよ?!
キメラ獣は国や企業が厳重に生産管理してる生き物でしょ?」
なんでそんなのがウロチョロしてんのさ!?」
「理由はある。でも説明が面倒くせーから気にすんな。」
「いや気になる!メッチャ気になるからソレ!!!」
どうやらケガはないようだ。
血相変えて喚く3人に、ナムは一応安堵した。
ついでにふと思い出した。ルーキー達がやって来た日に注意すべき事をいろいろ言って聞かせたが、まだ伝えてない事が一つだけあった。
「言い忘れてたけど、基地の周りにゃロディが仕掛けた『対キメラ獣ブービートラップ』でいっぱいだから。勝手に外、うろつくなよ?
そんなマネすっと、キメラ獣に喰われる前にトラップにはまって結局死ぬぞ?」
ナムの横でロディが目をギラギラさせてニンマリ笑う。
「でもコイツ、トラップ突破しやがったから襲ってきやがったんッスよね?
だったらもっと強力なヤツ仕込まないと。ふふふ♪腕が鳴るッスよ!♪
・・・ところで、こいつ、喰えるんッスかね?」
「何でも喰おうとすんなよ、ロディちゃん・・・。」
「!?!?!? い"やああぁーーーっっっ!!!」
戦慄くシンディが絶叫した!
同時にナムとロディの通信機が鳴り、モカの声が聞こえてきた。
『Call。』
モカが告げる「伝令」は、局長・リュイの指令である。
逆らう事は許されない。
『ミッションコード:1D。始動します。
詳細は各々のモバイルにデータ転送しますので、各自確認お願いします。
なお、本ミッションの指揮官は、リグナム・タッカー。
・・・だ、そうです・・・。』
「・・・ は? 」
ナムは思わず聞き返した。
寝耳に水とはこの事だ。




