2人の絆
リュイがその子供を連れて現れたのは、ある穏やかな秋の日の事だった。
養護院に姿を見せる時のリュイは、今回のようにスーツ着用とまではいかなくとも地球で暮す一般的な人々と同じような出で立ちで現れる。しかし、その時のリュイの姿は壮絶な姿だった。
薄汚れ血の跡まで付いたボロボロのサバイバル・スーツにあちこち破れたミリタリーリュックを背負い、髪は伸び放題で仏頂面には無精髭。体中傷だらけでやつれ果て、立っているのが信じられない有様だった。
「それに輪を掛けて驚いたのは、リュイの傍らに寄り添ってた子供。
それがモカちゃんよ。頭をクリクリに刈上げられていたから、最初は男の子だと思ったの。
戦場ではなるべく女の子だって気付かれない方がいいからなんでしょうね。どんな目に遭わされるかわかったものじゃないもの。
リュイは死にかけてたのを助けたんだって言ってたわ。でもちょっと信じられなかったわね。
だってあの子が私達以外の誰かを助けようとするなんて、想像もしてなかったのよ。」
すぐに女児だとはわからなくても、様子がおかしいのは一目でわかった。
酷く痩せていて目に生気が無く、話しかけても反応しない。
心配して手を差し伸べた時、初めて青ざめた顔に表情が浮かんだ。
『きゃあぁぁぁーーーーー!!!!』
差し出した手を振り払って絶叫し、恐怖に怯えて錯乱した。
その姿に胸が詰まった。
この子供の心は死にかけている。酷く傷つきズタズタに引き裂かれしまっている・・・。
放ってはおけない。そう思った。
「戦争が子供の心をどれほど傷つけるか、よく知ってるつもりだった。
でも、モカちゃんの場合はちょっと違ったわ。
何かとてつもなく恐ろしい目に遭って、その記憶がさらに心を傷つけ続けている。
あの頃のモカちゃんは、見ている方が辛かったわ・・・。」
「・・・。」
ナムは無意識に左耳のピアスに触れた。
リュイとモカは養護院に数日滞在した。
いつもなら引き留めてもさっさと帰るリュイが、自ら滞在を希望した。とても珍しい事だった。
知らない場所に連れてこられて怯えるモカを、リュイは邪険に扱った。
側によると乱暴に追い払い、叱り飛ばして罵り、時には理不尽に手を上げた。その都度マロリー夫人はリュイの行為を窘めるが、もとより人に従うような男じゃない。
養護院の子供達はモカに深く同情した。
年かさの子の中にはモカに優しく声を掛け、面倒を見ようとする子も現れ始めた。
「・・・そうなるように、したんっすね・・・。」
「そうね、今ならよくわかる。
あの子はそういう子だわ。たぶんタイチが生きていた時から、ずっと・・・。」
ナムのつぶやきにマロリー夫人が微笑んだ。
「今でも時々思い出すの。あの日のリュイとモカちゃんの事。
リュイはね、モカちゃんを養護院に置いて行くつもりだったの。
ある日の朝早く、あの子は1人で出て行こうとしたわ。モカちゃんを私に託してね・・・。」
マロリー夫人の穏やかな声は、決して大きな声じゃない。
それでも、騒がしく鳴く蝉の声より遙かに耳に染みいった。
お前はここに置いていく。
養護院の玄関先までリュイを追ってきたモカは、大きな目を見開いて立ち尽くした。
マロリー夫人は呆然と佇む少女に優しく声を掛けた。
心配しないで、大丈夫よ。私が貴女を護ってあげる。何度も何度も、そう呼びかけて励ました。
しかしモカは、マロリー夫人を見ようともしなかった。
どんどん小さくなっていくリュイの背中を、ひたすら眺めるだけだった。
『・・・イヤ・・・!』
掠れた声が、小さく漏れた。
『イヤ・・・嫌・・・いや・・・!!!』
止めどなく涙が溢れ出す。モカは首を横に振った。
『嫌だ・・・イヤ・・・!いやぁーーーーー!!!』
絶叫とともに、モカが突然走り出す。
驚いて振り返ったリュイに飛びつき、必死になってしがみつく。
この光景を、マロリー夫人は養護院の子供達と一緒に見ていた。
リュイもまた、泣き叫ぶモカをただ呆然と見下ろしていた。
「その時、私はリュイに『連れて行きなさい』、と叫んだの。」
穏やかな老婦人の口元に、何とも言えない微笑が浮かぶ。
「きっとリュイの行く所は安全な場所ではないのでしょう。
だからモカちゃんを養護院に置いていこうとしたんでしょうね。
でも私は、2人を見て思ったの。
『 引き離すべきじゃない 』 って。
あの2人は、お互いに必要とし合っている。
なによりも、リュイにはモカちゃんが必要なんだって、確信したの。
だって、この目で見たんですもの。
あの時、泣いてすがりつくモカちゃんを見るリュイの目は優しかった。
ほんの一瞬だったけど、とっても優しい目をしていたのよ・・・!」
楽しげに、とても嬉しそうに微笑むマロリー夫人は、病み疲れていても美しかった。




