暗黙の掟はデンジャラス
ボサボサ頭の子は、コンポン。
姓はない。ASの孤児だという。
小惑星帯エリアの小さな自治区で路上生活していたストリートチルドレンで歳は「判らない」。たぶん13歳くらいなんじゃないか、とのこと。
親のいないASの子供は自分の歳や誕生日を正確に知らない子が多い。不遇な身の上だが本人はあまり気にしてないようだ。
ツインテールの少女は、シンディ・メディカ。
外惑星エリアの小国の生まれだが「大戦」時に両親と死に別れ養護施設を転々として育ったのだそうだ。
歳は14歳。養護施設で空手を習っていたそうで、今着ているフリフリのワンピースがあまり似合ってないのは、胸部がすでにカルメンやビオラ並に育っているからなのかもしれない。
モンゴロイドの子は、ル・フェイ。
歳は13歳、地球のシャンハイ出身だそうだ。
礼儀正しく上流階級の品の良さがうかがえる子なのだが、怯えた目をして落ち着きがない。口数が少ない彼に代ってコンポンが言うには「なんか、大人に殺されかけたんだってさ。」だそうで、まだそのショックから立ち直って無いようだ。
ナムはなんとも言いがたい複雑な思いで自分の前に並んだ子供達を眺めた。
局長・リュイに通信を切られたモカはすぐにマックスにコールした。
マックスはこの部隊の「副官」である。リュイの司令はよほど緊急でない限りまずマックスに下され、彼からカルメン達やナムに司令が下りる。
嫁と絶賛イチャつき中のマックスから、やっと事情が判明した。
『エメルヒのジジィん所からカシラ(リュイの事)が引き取ったんだとよ。
リグナムに押しつけ・・・いや、躾させろってお達しだ。』
「待て待て待て!何ッスかそれ!?」
ナムはモカのキャスケットを奪ってインカム・マイクに喚いた。
『お前ももう17だろう?そろそろ目下の連中の世話くらい出来る様になっとけ。
いつまでもモカやロディに迷惑掛けてんじゃねぇよ!』
マックスは体躯もでかいが声もでかい。マイクからこぼれる会話を聞いて、ロディが「ウンウン」と頷いた。
「いや、だからって何の説明もなくいきなり3人も・・・。」
『文句言うな。局長の命令だ。』
・・・でたよ、局長命令。ナムは言葉を飲み込んだ。
これを言われたらもう何も言えない。
局長・リュイの命令は絶対である。それがどんなに理不尽なものであろうとも。
『ねぇ~ん、ダーリン♡ ルーキー君達来たんなら、今日は歓迎会かしらぁ♡』
『はっはっはそうだねハニー♡ キミはなんて気が利くレディなんだ♡♡♡』
『いゃん♡!じゃ、とびっきりのご馳走つくってあ・げ・る♡ 何がいい?』
『そうだな。ハニーのつくるメシは宇宙一だから何でも美味いけど、ハンバーグと唐揚げとオムライスとタコさんのウィンナーとチョコレートパフェと・・・』
ナムは通信をぶち切ってキャスケットを地面に叩きつけた。
すぐキャスケットを拾って平謝りすると、モカは笑って許してくれた。
しかも自分の仕事に戻っていく彼女は「頑張って、ね?」と控えめな激励までくれたのだが、これには返す言葉が見つからない。
そりゃ、俺がここに来たのもこんくらいの歳の時だったけどさぁ。3人ってどうよ。
目の前の子供達は、それぞれ3様の面持ちでナムを見返している。
コンポンは好奇心全開で。
シンディはふくれっ面で。
フェイはビクビクと怯えて。
・・・まぁ、やるっきゃねぇか。ナムは深呼吸一つして、話を切り出した。
「俺はリグナム・タッカー。ナムでいいよ、よろしくな!
こっちはロディ。俺らがお前らの世話係だそうだから、ちゃんと言う事聞けよ?」
「やっぱり俺巻き込むんッスか・・・。」
「当たり前だろ?お前も今日からこいつらの兄貴分なんだから!」
ロディは肩を落として項垂れた。
「何をどんだけ聞いてきてるかわかんねぇから一通り説明しとくけど、この部隊はエメルヒっつー禿ネズミが司令官の諜報傭兵部隊の小隊だ。
正規名称は『エベルナ特殊諜報傭兵部隊第13支局』だとよ。
カシラはリュイって名前で『局長』って呼んでる。
副官はマクシミリアンことマックスさん、参謀官はアイザックさん、さっきのアイドル狂の兄ちゃんだな。
傭兵部隊と諜報部隊に別れてて、傭兵部隊はマックスさん、諜報部隊はカルメン姐さんが仕切ってる。
堅苦しい規則は特にないけど幾つか『暗黙の掟』ってのがあるから守るように。
先ず盗聴・盗撮に注意する事。
後で配るけど、常に『盗聴盗撮機カウンター』を持ち歩いて周囲のチェックを怠るなよ。
諜報機器は見つけ次第排除しないとプライベート丸裸にされるぞ。
逆に自分で取付けるのは自由。好きな所に勝手に設置OKだ。ここじゃ被害に遭う奴がマヌケだからな。
あ、シャワー室とトイレには設置不可な。あと局長室ってのがあって、ここに盗聴器とか仕掛けたら命は無いと思えよ?
次に注意すんのは、コーヒーな。
コーヒーにミルクとか砂糖・シナモン・チョコとか入れるの厳禁だ。
あの局長な、頭おかしいんじゃねぇかって程コーヒー狂なんだよ。豆とか入れ方とかメッチャこだわってて、甘みはコーヒーの香りと味を殺すって持論押しつけやがんだ。
(ここでロディが真っ青になった。さっき盗聴器4個付いてるって言ったッスよね??)
カフェオレとかラテとか飲みたかったら隠れて飲めよ。見つかったら鉄拳制裁されて便所かシャワー室の掃除やらされるぞ。
飯はアレルギーとかあるんだったら早めに言っとけよ?
ベアトリーチェって姐さんが厨房仕切ってるけど、好き嫌いとか食い残しとかしたら機関銃で蜂の巣にされるぞ。
飯喰ってる時は戦場にいると思え。お上品に皿にのっかって給仕されるとかあり得ないからな。自分の喰い分は自分で確保しろよ。
あと、火星は雨が振らないから水は大切でシャワーは3日に1回くらいだな。
でも5日過ぎるとサマンサっておっかねぇ姐さんに改造高圧洗浄機(ロディ作)の水圧MAXで強制的に洗われるから気をつけろ。
あの洗浄機、物騒な破壊力あってな、下手すっと内蔵破裂するぞ。
サム姐さん、ドSだから死にかけたってやめてくんねぇし。
(ロディはオロオロと辺りを見回した。アイアン・メイデンを怒らすのは局長よりも怖いかもしれない。)
あ、そだ、アイザックさんの前で女の子のアイドル馬鹿にしたら大変な事になるぞ。
靴に食い終わったガム入れられたり、寝てる間に顔中落書きされたり、トイレでトイレットペーパー隠されたり地味~な嫌がらせを延々とされるから。
厄介なんがお勉強の時間ってのがあるんだ。
テオヴァルトさん・・・俺らはテオさんって呼んでんだけどな、この人傭兵やる前は教師やってたんだってさ。数学とか文法とか血ヘド吐くまでみっちり脳みそに詰め込まれるぞ。覚悟はしとけよ。
飲んだくれてるマックスさんも危ねーな。この人酒乱だから暴れるんだよな~。
こんなトコかな。・・・なんか質問あるか?」
心なしか、ルーキー達の顔色が悪い。
言葉を失いしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがてフェイが震えながら右手を挙げた。
「・・・あの、僕達帰ってもいいですか?」
「いいと思うけど、ここから宇宙港があるマルスの街まで4駆のバギーで爆走しても4時間かかるぞ?」
「・・・。」
フェイは泣きそうな顔で黙ってしまった。
「そんじゃ俺も質問。」
今度はコンポンが手を挙げる。
「なんでそんな格好してんの・・・?」
本日のナムの出で立ち。
右半分が赤、左半分は青のTシャツに、原色紫と黄色、メタリックグリーンのギンガムチェックのカーゴパンツ。腰にはギラギラ光る七色のスパンコールでデコったGジャンを袖で縛って巻いてるし、素足に履くのは赤紫の爬虫類皮サンダル・・・。
「このGジャン?
いいだろ~?『ジョボレット』で買ったんだぜ!」
ジョボレットとは、太陽系全域で通信販売を展開する通信販売会社である。
「お客様のご要望には必ずお応えする」をモットーに、膨大な数に上るジョボレットの商品カタログ中にはトンデモなくマイノリティな趣味の顧客のニーズにまでお応えしてしまうものもあり・・・。
「俺の好みのファッションカタログあって助かってんだよね。よかったら貸すぞ?」
「・・・。」
ルーキー達は3人揃ってロディに助けを求めるような目を向けた。
・・・やっぱり、俺がしっかりしないといけないわけッスね。
ロディは密かに決意を新たにした。




