負けない気持ち
フェイは寒さに凍えながら、岩場を歩かされていた。
強風と岩ばかりの悪路に何度も転びそうになる。その度、後ろから容赦無い怒声が飛んだ。
「モタモタすんなよ、しっかり歩け!ったく、愚図だなこのガキは!」
「おい、やめてやれよ。」
「うるせぇ!余計な情け掛けてんじゃねぇよ!」
後ろからフェイを追い立てているのは、2人。1人は多少優しいようだが、もう1人はえげつないほど非情だった。
「こいつに賞金掛かってんのに気付いて話持ちかけてきたのはお前だろ?
今更ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇよ!」
(こいつら、俺を殺す気だ!)
必死に足を進めながら、フェイは戦慄した。
フェイの父親は、地球・上海の財閥一族の「家長」だった。
愛人の子として生まれたフェイは、一度も会ったことない父親が死去すると一族の者から命を狙われ、二度も殺され掛けた。運良く助かり今に至るが、まさかまだ諦めてないとは思ってもみなかった。
ましてや、賞金を掛けてまで殺そうとするなんて・・・!
(父親には捨てられて、ママにも疎まれて、親戚の人達には殺したいほど憎まれてる。
やっぱり俺って、生きてちゃいけないのかな・・・?)
幼い頃から心に燻る悲しい疑念が頭を過ぎる。
しかし一方で、今までは思いもしなかった感情がこみ上げてくるのも感じていた。
その感情が、フェイの足を止めた。
できればもう、歩きたくなかった。
「おら!なに止まってやがる、とっとと歩け!」
背中に投げかけられた怒声に、振り向いた。
この男達の顔は覚えている。地下で監禁されている人達を見張っていた役立たずの見張り達だ。
どうやってあの地下室から逃れたのかは知らないが、ナムの帰りを待っていたフェイはこの男達に捕まった。
自動繰銃をちらつかせて脅してくる。言われるままに歩くしか、なかった。
「こっちは急いでんだ!てめぇのイケ好かねぇ継母がとっとと片付けろってうるせぇんだよ!
ここで殺してやってもいいんだぞ!?」
「止めろって!バギーが隠してある場所までは歩かせたほうが面倒がない。
もう交渉はこっちの言い値で話が付いてんだ、焦ることはないだろ!?」
報酬に目が眩んだ男達は浅ましい私欲を隠そうともしない。
唇を噛みしめ拳を握るフェイの耳に、「声」が届いたのはその時だった。
「爬上岩石!」(岩山を登れ!)
フェイはハッと顔を上げた。
「声」は、強風とそびえ立つ巨岩での反響でどこから聞こえてくるのかわからない。
男達が狼狽える。見苦しいほど取り乱してオロオロ辺りを見回した。
「だっ、誰かいるのか!?」
「今のはなんだ?!なんて言ったんだ!?」
男達には「声」が何を言ったかわからないようだが、フェイにはわかった。
地球を出てから一度も聞く事がなかった、懐かしい母国語だった。
「如果你不想死就跑!!」(くたばりたくなかったら、走れ!!)
(走るったって、どうすれば?!)
フェイは必死で考えた。
岩山というのは立ち位置から2時の方向にあるゴツゴツした山のことだろう。
しかしそっちへ足を向ければ男達が容赦無く拳銃のトリガーを引く。1歩も走れず殺されてしまう。
助けを求めて周囲に走らせる目が、ある一点で止まった。
まだ狼狽えている男達の後ろ。緩やかな斜面に突き出た大きな岩が見える。
その岩は、根元に挟まった小さな石に支えられている・・・。
迷っている時間は無い。
フェイはジャンパーの裾から手を突っ込み、裏地に隠してあった物を引っ張り出すと、素早く手を閃かせた!
ナイフだ。銀の刃が空を切り、男達の肩口を突っ切って岩を支える石を砕く!
岩はバランスを失い、男達の上に転がり落ちた!
「ぎゃーーーーー!!?」
地響きと男達の悲鳴を合図に、フェイは走った。
何度も足を取られながらも、懸命に岩山を登っていった。
転ぶ度に手や足を岩に打ち付け、擦り傷が増えていく。
泣きたいほど痛い。しかし必死で立ち上がり上を目指した。
何とか上までたどり着いた時、フェイは愕然と立ち尽くした。
岩山の向こうは、崖だった。崖の底は遙か下。もう逃げ場はどこにもない。
「ふざけやがって!このクソガキが!!」
背後から男達が迫ってきた。岩の下敷きにはならなかったらしい。
「往生際の悪ぃガキだな!もう助からねぇんだ、諦めやがれ!」
「すまんな坊主。可哀想だがお前を殺せば大金が手に入る。おとなしく死んでくれ!」
男達が銃口を突きつける。
寒さと疲れ、体中の痛みで足がガクガク震えた。
恐怖で体が動かず、声も出ない。どうしていいかわからなかった。
(助けて・・・!!!)
フェイは心の中で助けを求め強く叫んだ。
「跳下!」(飛べ!)
「声」が聞こえた。今度は風の中でもはっきりと!
(・・・あの人だ!)
声の主がわかった途端、脳裏にあの言葉が蘇る。
死の渓谷で「あの人」が言った、あの言葉。それが胸に沸き立つ思いと重なった。
同時に、自分自身に腹が立った。
金のためなら子供でも殺そうとする、こんな碌でもない奴らに怯える自分が恥ずかしくなった。
フェイはキッと男達を睨み付けた。
そして、叫んだ。
ありったけの思いを込めて!!!
「我的人生由我来决定!坏人雇用的愚蠢的坏人无法决定我的人生!!!」
(俺の生き方は俺が決める!ゲスに雇われた屑が決めてんじゃねぇよ!!!)
死の渓谷で、局長が言った、あの言葉。
母国語で叫んだのは、無意識だった。
驚く男達をに背を向け、フェイは飛んだ。
崖からのダイブは死ぬ為じゃない。生きるための決断だ。
「あっ!?このクソガキが!!!」
男の1人が落ちていくフェイに銃を向けた!
ドオォォォン!!!!
耳をつんざく轟音!
男達の足下が、いきなり爆発、炎上した!
空中でしっかりと抱き留められたフェイは、その光景を見て目を剥いた。
(助かった・・・。やっぱり助けに来てくれた・・・!)
バラバラと岩屑が降り注ぎ、風の轟音が耳を掠める。
こみ上げる安堵と喜びに泣き出しそうになりながら、窮地を救ってくれた男の肩にしがみついた。
ほんのつかの間、フェイは守ってもらえる幸せを噛みしめてモカの言葉を思い出していた。
『何があっても、絶対に局長が守ってくれるよ。』・・・。
ところが。
何を思ったのか、男はしがみつくフェイを引っぺがし、いきなり空中に放り投げた!
「・・・へ?って、わあぁ?!」
悲鳴を上げて落ちるフェイを、別の誰かが助けてくれた。
腕にと言うより、たわわな巨乳に受け止められたフェイは、慌てて今自分がいるところを確認する。
崖の途中に出っ張った岩の上だ。
恐る恐る崖下を見ると、助けてくれた男が崖に穿ったワイヤーから自分を切り離して下に降り立つところだった。
「局長は他の子達を助けに行くのよ。よく頑張ったわね、フェイ!♡」
聞き覚えのあるアニメ声に安堵した。
「ありがとう!リーチェ姐さん・・・!!?」
振り向いたフェイは、自分を抱くベアトリーチェを見て絶句した。
ボロボロだ。左肩が血で真っ赤に染まり、立っているのも辛そうだった。
それでもベアトリーチェは気丈に笑う。フェイの窮地を救ったロケットランチャーを傍らに置くと、ジャケットの前を開けて凍えるフェイを包み込んだ。
「アタシ達はここでリタイヤよ。残念だけど2人で救助を待ちましょうね♡
・・・くそったれが!あのピンキッシュ婆ぁ、次に会ったらぶっ殺してやらぁ!!!」
荒くれモードのベアトリーチェが忌々しげに毒づいた。




