次の修羅場は大空襲!?
人型の岩にもたれて身をすくめるナムの耳に、壮絶な騒音が聞こえてきた。
轟く悲鳴、乱れ飛ぶ銃声、弾丸が跳弾する不快な金属音に、巨人の哄笑が共鳴する。
「ふははははは!!!そんなショボい銃でどーにかできると思ってんのか?!
俺の義腕をへし折りたけりゃ、ロケットランチャーでも持って来やがれ!
この税金ドロボー共が!!!」
「ひいぃぃぃぃぃ!!?」
聞いてるだけで戦慄した。今、岩向こうで起っている惨劇を見ようなど、とても思えない。
「・・・コイツら、マジでツイてね-・・・。」
ナムは思わずつぶやいた。
こうなりゃ敵さんでも哀れに思える。冗談抜きでキメラ獣の方がマシだっただろう。
岩向こうから聞き慣れた電子音が聞こえたのは、その時だった。
ピピッ!
「なんだ、モカ!後にしろ今取り込み中だ!」
マックスの義腕には通信機が仕込んである。戦闘に勤しむ彼は強制開線を告げた義腕に怒鳴り散らした。
「副長、違う!モカじゃない!」
ナムが岩陰から怒鳴り返す。
モカはいつものキャスケットをかぶっていない。通信してきたのはモカではないのだ。
「キャスケット、いつの間にかなくしちゃって・・・。いったい誰が回線を開いたの?!」
呆然となるモカの疑問に答えるように、その「誰か」が話し出す。
低い、地を這うような女の声だった。
『連邦政府軍の警備歩兵部隊共は撤収の指令が出るはずだ。戦闘は控えろ、時間の無駄だ!』
ナムとモカは驚いて顔を見合わせた。
「こ、この声って?!」
「『ソルベ』ちゃんか?!」
マックスと対峙している歩兵達も固まった。全員、青光りする義腕を眺めてポカンと口を開けている。
その中で通信兵らしい若い兵士がハッと我に返り、耳のインカムに手を当てる。
彼は引きつった青い顔で兵長の方へ振り向いた。
「て、撤収命令です!」
「何だと!?」
兵長が驚き叫ぶ。信じられない事だった。
義腕を通じて話す女が自分達に下される命令を知っている。
それが理解できない。なぜ連邦政府軍の指令を知り得たのだろうか・・・!!?
「戦闘終了、か。命拾いしたな、クズ共!」
つまらなそうに頭を掻くマックスの義腕から、再びシャーロットの重低音が聞こえてきた。
次に彼女が伝えてきたのは連邦政府軍指令情報漏洩より信じがたく、トンデモない内容だった。
『今から約1時間後、地球連邦政府軍火星駐屯ベース基地所属の惑星護衛艦隊による大規模な爆撃が開始される。
エリア6に入り込んだ「ネズミ」の殲滅作戦だ。
総員、速やかに撤収しろ!逃げ遅れた者の救出は不可能、命の保証は、ない!』
・・・・・・は?
ナムと、モカと、連邦政府軍歩兵達は呆けた顔で固まった。
青光りする義腕からは別の女の声がする。
『アンタ、バカじゃないの?!そういう事は一番先に言いなさいよ!!!』
サマンサだ。ゴキブリを目撃する以外で彼女がこんなに取り乱すのは珍しい。
カルメンとビオラが騒いでいる声も聞こえる。通信機から聞こえてくるのはほんの小さな声だが、現地では耳を覆いたくなるくらい喚き散らしているのだろう。
「ど、どうして?!」
ナムの腕の中で、困惑したモカが叫んだ。
「R-フォースの『ホライズン』もサムソンさん達の部隊も、空から攻撃する規模の勢力じゃ、ない!
しかもこんな500年前の廃墟しかないような所、わざわざ爆撃するなんて!?」
「・・・500年前?」
モカの言葉が引っかかった。「500年前」という言葉に気を止めたのは、コレで2度目だ。
「この辺一帯、500年前の街なのか?」
「えっ?う、うん、私はそう聞いてるけど・・・。
・・・ナム君、どうしたの?ナム君???」
急にモカの声が聞こえなくなった。
頭の中でめまぐるしくいろんな情報が駆け巡る。
500年前の街。これだけ年数が経っていればもう「遺跡」と言ってもいいだろう。
不意にリュイの顔が思い浮かんできた。
ゲルゼー・ヴァンの砂漠での夜。淡々と昔語りをする、リュイの顔。
タイチ・カタオカ氏の養護院を襲った武装集団を追って、まだ少年だったリュイが迷い込んだ名も無い遺跡。
助けに来たタイチが、仕留めた瀕死の武装兵に言った言葉。
「吹っ飛ばす?街ごと?
お前達、何が目的だ?こんな遺跡を爆破して何になると言うんだ?」
この疑問はエリア6空爆の疑問とよく似ている。
どちらも不可解な行為だ。何もない遺跡の破壊を目論む者達の意図がわからない。
しかし、リーベンゾル・タークの「隠れ家」の地下で見た作業場が、ある「答え」を示していた。
あれは明らかに「発掘調査」だ。リーベンゾルは地球連邦政府軍が特別に監視するエリアに侵入してまで、500年前の遺跡に「何か」を探し求めている。
やはり、エリア6には「何か」があるのだ。
そして地球連邦は、その「何か」を隠蔽しようとしている。
リーベンゾル勢の侵入を知った連邦政府軍は、相当焦ったに違いない。だから大規模空爆などと言う暴挙に踏み切ったのだ。
リュイの話に出てきた遺跡の爆破を武装集団に依頼したのも、地球連邦政府軍に違いない。
そしてその爆破に巻き込まれて、タイチは命を落としたのだ・・・。
(500年前っつったら、宇宙開拓が始まったばかりの頃だ。
そんな大昔に、いったい何があったってんだ???・・・いや、今はそんな事よりも!!!)
ナムはモカを抱いたまま岩陰から飛び出した。
「きゃっ!?」
モカが慌ててしがみついてきたが、今は構っていられない。
「待ってくれ、ソルベちゃん!!!」
ナムは叫んだ。
「マルスから拉致されて連れてこられた民間人がたくさんいるのを見たんだ!
フェイもいる!そいつら助けないと、全員死んじまう!!!」
「何ぃ!?」『何だと!??』『何ですって!??』
連邦政府軍歩兵分隊兵長と、シャーロットと、サマンサが同時に叫んだ。
「はっはっは。そりゃ、おおごとだなぁ。」
マックスだけが、この最悪の事態をなぜか呑気に笑い飛ばした。




