そのバケモノはクマでも倒す
鋼のような剛毛は機関銃の弾丸を跳ね返し、強靱な筋肉は腕一振りで装甲車を吹っ飛ばす。
鋭い牙と爪は強化合金もズタズタに引き裂き、目の前に現れるものは容赦無く攻撃する。
コンバット・ベアは、殺戮のみを目的に生み出されたキメラ獣である。
そんな恐ろしい猛獣が今、 目の前に3体もいる。
しかも外にはさらに10を越える数がいる。とんでもない状況だ!
「ナンバーがない。自然繁殖した個体だな。連邦政府軍のやる事はずさん極まりない。」
スコープを取り出し覗くサムソンがモカを背中に庇って後退する。
「な、ナンバー?」
「連邦政府軍が作成したキメラ獣の個体に付ける識別番号だ。
コンバット・ベアなら右肩に刻まれているが、こいつらにはそれがない。昔、火星にあった連邦政府直轄のキメラ生物研究所が不祥事で取り逃がした個体の末裔だろう。」
兵士達が2人の前に飛び出し銃を構える。一斉に発砲するが、弾丸は厚い毛皮に弾かれた。
「弾を無駄に使うな!銃でそいつを仕留めるには目か、鼻を狙うしかない!
総員退避!体勢を立て直すぞ!!」
サムソンがモカの腕を乱暴に掴む。そのまま引きずられるようにして建屋の外へ連れ出された。
「この先の開けた場所で迎え撃つ!それまで攻撃は控えろ、散開!!」
兵士達が散っていった。
ひと固まりで逃げるより生存率は高いだろうが、クマには逃げる者を追う修正がある。
標的になった者はなすすべ無く殺される。うまく逃げ切れるよう、祈るしかない。
崩れた建物を縫うように兵士達が駆け抜けていく。
小回りが利く素早い動きにコンバット・ベア達が翻弄される。
このまま開けた場所まで誘導しているのだ。見通しのいい場所で距離をとり、確実に急所を狙い撃つ。
少ない装備でコンバット・ベアを仕留めるには、それしかない。
モカは昇り始めた人工太陽の薄明かりに改めて周囲を見回した。
闇で見えなかった廃墟の様子が次第に露わになっていく。ここでも激しい戦闘があったようだ。どの建物も破壊され、弾痕を刻み、ところどころにミイラ化した人の死体まで転がっている。
(ここでいったい、なにが起ったの?)
あまりに酷い惨状に言葉をなくす。
(もしかして、地球連邦政府軍はここで有った事を隠そうとしている?
だから、エリア6を封鎖した・・・?)
サムソンに引きずられて逃げるモカは、混乱しながらも必死になって考えた。
「・・・危ない!!」
目に飛び込んできた光景に、思わず叫ぶ。
キャンディをくれた若い兵士が瓦礫に足を取られ、コンバット・ベアの目の前で転倒したのだ!
すかさずサムソンがモカの腕を振り放し、コンバット・ベアに銃を向けトリガーを引き絞る。
放った一発は若い兵士に飛びかかろうとしたコンバット・ベアの頭部、正確に右目を撃ち抜いた!
グガアアァァーーーー!!!!
クマの咆哮が耳を打つ。若い兵士は体を捻り、転がるように崩れた建屋横の路地へと退避した。
(よ、よかった・・・。)
モカが安堵の吐息を付いた時だった!
ドカーン!!!
突然、すぐ側の建屋の壁が内側から粉砕し、モカはサムソンと一緒に吹き飛ばされた!
現れたひときわ巨大なコンバット・ベアが、地面に叩きつけられ倒れるモカに目を付けた。
グォアアァァーーーー!!!!
異形のキメラ獣がモカを目がけて突進する!
「きゃあああぁーーー!!!」
モカは目を閉じ、蹲った。
だから、それを目撃したのは素早く立ち上がり銃を構えたサムソン、1人だった。
バ ァ ン !!!
コンバット・ベアの頭が、爆発した!
銃声は遅れて聞こえてきた。しかも遙か上空から。
サムソンは前のめりに倒れるコンバット・ベアからモカを抱き上げ助け出した。
他のコンバット・ベア達も、空からの奇襲に次々と頭部を失い倒れていく。銃声は最期の一頭が倒れるまで、高く遠く聞こえ続けた。
「・・・ 局 長 !!!」
サムソンはこの時、初めて少女の笑顔を見た。
耳のインカムが鳴った。回線を開くと部下の呆けた声が聞こえてきた。
『・・・5時の方向、上空2,500mを飛行する輸送機が確認できます。
高度を落として接近中、狙撃はその輸送機からです・・・。』
(対物ライフルの狙撃だ。
コンバット・ベアの頭部を粉砕する威力の銃を、飛行する輸送機から撃ってきた、だと?!)
軍用機でも飛行が厳しく制限されるエリア6の空に、航空機が見えてきた。
朝日を浴びて光る機体は高度を落として近づいてくる。大きく開け放った昇降口から身を乗り出し、片手にライフルを構えた男が見えた。
(間違いない、ヤツだ!!!)
エベルナで完膚なきまでの敗北を喫した屈辱は忘れていない。その時復讐を誓った男が現れたのだ!
サムソンの口元に歪な笑みが浮かんだ。
ドォン!
飛来したオンボロ輸送機は、見守るモカとサムソンの目の前で右の尾翼に砲弾を受け、大きく機体を傾けた!
「きゃあーーー!?局長!!!」
「・・・迫撃砲か!?」
輸送機は煙を噴き、急速に高度を落としながら遠ざかっていく。
「局長!アイザックさん!」
墜ちてゆく輸送機を追って思わず走り出したモカは、腕を掴まれ止められた。
「放して下さい!局長が・・・!」
「砲弾を受けたのは尾翼だ、うまく脱出すれば死ぬ事はあるまい!
あの程度で死ぬ男じゃない、追うだけ無駄だ!
今の砲撃は下方からだった、地球連邦政府軍の歩兵部隊が近くまで来ている!
一旦退避する!今、奴らとやり合うには分が悪い、一緒に来てもらうぞ、来い!!!」
キュイン!
サムソンの腕が鋭く裂かれて血を吹いた。
思いがけない攻撃に怯んだ隙に、モカは腕を振り払う。
「ごめんなさい、でも私、戦争なんて嫌です!!!」
ワイヤーソードを握りしめ、モカは身を翻して走り出した。
被弾したオンボロ輸送機は大きく旋回した。
地表近くを吹きすさぶ火星の強風が傷ついた機体をガクガク揺する。墜落は時間の問題だ。
『何してる、このマヌケ!!!』
ヘッドセットの通信機からリュイが罵声が聞こえてきた。
「ソーリー、サー!くっそぉ、油断した!!!」
返事もそこそこに、アイザックは必死で操縦桿を引き上げる。
彼がふざけた口調で話さない時は相当重大な危機の時だ。まさに今が、それだった。
(冗談じゃないぜ、軍用機じゃねぇんだぞ!
この乱気流の中、昇降口全開に空けて対物ライフルぶっ放されりゃ安定保つのが精一杯だっつの!
下で誰が狙ってるかなんざ、気付けるかよ!)
心中で愚痴り飛ばしながら打開策を考える。
孤軍奮闘するアイザックの耳に、上官の無慈悲で無謀な言葉が届いた。
『後は任せた。ナントカしとけ!』
・・・はぁ!??
慌ててコンソールを叩きフロントガラスに後部貨物室の映像を映す。
昇降口は大きく開け放たれたまま。リュイの姿は見当たらない。
「マジか!あのバケモノ、また飛び降りやがった!!?」
高度計が示す数値は「1,234」m。
まともな人間なら、死ぬ。




