大戦を望む憎悪
気が付けば、200回を越えとりました。
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一番近くで機関銃の点検をしていた若い兵士が立ち上がった。
遠慮がちに近づいてきてジャケットの胸ポケットから何かを取り出し、そっと差し出してくる。
見上げて目が合うと、彼はぎこちなく微笑んだ。
無骨な掌には、街でよく売られているミルクキャンディが一つ。彼の精一杯の優しさだった。
「・・・ありが、とう・・・。」
呆然としたまま礼を言い、モカはキャンディを受取った。
凍える空気の中で、キャンディは仄かに暖かかった。
「直に夜が明ける。ジャケットを着て横になっていろ。今は何も考えるな。」
サムソンが電磁ヒーターの出力を上げた。これもモカを気遣う行為のようだ。
モカはサムソンの肩越しに、建屋の崩れた壁を見た。
ところどころ外が垣間見えるほど破壊されている。暗闇しか見えなかったがそこからの風景が少しずつ変りつつあった。
破壊された街の彼方、地平線の向こうが仄かに明るい。
夜が明けようとしているのだ。
痛ましそうに少女を眺めていた若い兵士が、物言いたげにサムソンを見た。
助けてやって欲しいと言っている。しかし、サムソンは小さく首を横に振る。
生き延びて何になる?父親の業がこの少女に平穏な人生を許さない。
一生、誰かに狙われ続ける運命だ。あの「バケモノ」もこの少女に恐ろしいほど執着している・・・。
若い兵士が悲しそうに目を伏せた。少女の側から立ち上がり、元いた場所へ歩き出す。
その時聞こえた一言が、彼の足取り重い歩みを止めた。
「私が死んだら、ミッション失敗になりませんか・・・?」
若い兵士が驚いて振り返る。
他の兵士達も一斉に少女を見た。
少女は一瞬たじろいだが、躊躇いながらも言葉をつなぐ。
「そうなったら、みなさんが、罰せられませんか・・・?」
サムソンは隻眼を僅かに見張る。
(あの独裁者の娘とは、思えんな・・・。)
レーションとキャンディを握りしめる少女の姿に、母親だった女を垣間見た。
「余計な気を回すな。貴様が案ずる事じゃない。」
「・・・でも。」
食い下がるモカに、さすがのサムソンも苦笑した。
「聞かない方がいいと思うが・・・。」
そう前置きして、軽く片手を振り払う。
立ち止まって呆けていた若い兵士が気付き、慌てて元いた場所へ戻っていった。
「もし自死を選ぶなら、俺が手を貸してやろう。
しかし、貴様を殺したのは地球連邦政府軍という事になる。」
「えっ?」
「貴様が言うようにミッションの失敗は重罪だ。だが、手を下したのが奴らだと知れば、リーベンゾル・タークは我々の望む方向へ動くだろう。
・・・今度は引かん。先の『大戦』のように、リーベンゾルは地球を目前にして引きはせんぞ!」
「!!?」
サムソンが言わんとする事を理解したモカは、絶句した。
この男は戦争を望んでいる!地球連邦とリーベンゾル、太陽系を二分し人類の半分を死に至らしめた、あの『大戦』の再発を望んでいるのだ!
しかも、その引き金に自分が使われようとしている・・・!!?
(止めて、そんなのダメ!!!)
失った言葉の代わりに大きく首を横に振る。
しかし、サムソンの隻眼から冷たい狂気は消えなかった。
「地球連邦が有る限り必ずまた起る事だ。貴様が気に病む必要は、ない。」
(そんな!!!)
戦き狼狽え、助けを求めるように周囲を見回した。
いたたまれなくなったのか、兵士達は全員モカから目をそらして俯いた。
それでも闘志を漲らせて銃器を握りしめている。彼らもサムソンと同じ思いなのだ。
「ど、どうして!?」
モカはやっとの思いで声を上げる。
「なぜ、そんなに地球連邦を憎むの!!?」
答えは返ってこなかった。
ピピッ!
サムソンの耳に装着したインカムが鳴った。
「・・・来たか!?」
兵士達が一斉に色めき立つ。
『大佐!申し訳ありません!!』
回線を開くなり、歩哨兵と思われる男の声が炸裂した。耳元でがなり立てられたサムソンはインカムを外して顔をしかめた。
「詫びる前に状況を報告しろ!何があった!?」
『キ、キメラ獣です!南の歩哨3名、襲われています!!』
「こんな時に・・・!」
いきり立っていた兵士達が吐息をついて鎮まった。
サムソンも軽く舌打ちする。
しかし次の報告を聞いた時、再び状況が一変した!
『現れたのはコンバット・ベアー!その数、およそ10・・・いや、15!!!』
「何だと!?」
サムソンの絶叫に凄まじい轟音が重なった!
ドォォン!!!
建屋の壁が粉砕した。瓦礫が飛び散り砂塵が煙る。
大きく開けられた壁の穴から、巨大な何かが入ってくる。
そいつは二本足で立ち上がり、兵士達を威嚇した。
グォアアァァーーーー!!!!
耳をつんざく咆哮に、まだ若い兵士達は戦慄した。
『大戦』で使用されたキメラ獣兵器、体長3mを越える異形のグリズリー『コンバット・ベア』。
それが今、目の前に3頭もいる。
連邦政府軍歩兵部隊よりタチの悪い相手だった。




