笑う襲撃者
「ホホホホホ♪」
甲高いロゼリッタの笑い声が耳に突く。異常なまでに楽しそうで妙に神経を逆撫でした。
「おいおい、やっと敵さんのご出現かと思ったら、女かよ?」
テオヴァルトが気落ちした面持ちで構えていた銃を下ろす。
「参ったな、俺ぁ女とはやり合わない主義なんだ。もちろん、時と場合に寄るんだが。」
「いやン♡ウチのダンナは徹底してるわよ?
絶対女には暴力を振わない。ダーリンはフェミニストなの♡♡♡」
ベアトリーチェは機関銃を構えたまま。トリガーに指を掛け、小太りなロゼリッタの鳩胸辺りに狙いを定める。
「それにあんなのもう女じゃないわよ。もうとっくに枯れてるわ。
・・・女ぁ捨てる歳のくせにピンクのミニスカスーツは見苦しいぜ、ババァ!!!」
荒くれモードに切り替わったベアトリーチェが胸の谷間からタバコを出し、一本咥える。
彼女の変貌ぶりにも辛辣な言葉にも、ロゼリッタは動じなかった。
その代わり、陽気な笑顔を崩さないまま反撃した。
「教えておこうかしら。女はね、年齢に限らず二通りに分類できるのよ。
淑女と、アバズレ。
前者はともかく、後者がどんな生物かは実例がそこにいらっしゃるわね。
フェミニストも結構だけど、騎士道精神の見せ所は慎重になさった方がよくってよ?
おわかりかしら?坊や達♪」
「・・・坊や、かよ。」
テオヴァルトが絶句した。
とっくに三十路を越えた自分が青臭い十代のガキと一緒にされるとは思いもよらず。
「・・・あ゛ぁ゛?!!」
ベアトリーチェは激昂した。
咥えたタバコを噛みちぎる。火を付ける前のタバコは口内に苦みを残してコンクリートの床に転がった。
「ホホホホホ♪」
ロゼリッタが朗らかに笑う。
そして傭兵達の肩越しに、怯えるフェイを抱くナムを見た。
「人は不慣れな場所では暗闇を嫌う。真っ直ぐ照明がある通路を通って下さるはずでしたのに、貴方を呼び止めたその小さな坊やはどうして檻の外にいたのかしらねぇ?」
「あ、やっぱどっかで見てました?つか、俺がいた部屋のロック解除したのアンタかよ?」
「えぇ、私です。と言っても、手が放せませんでしたから遠隔操作ですけどね。
上の階には無かった監視カメラも地下には多少有るんですの。ご覧になったとおり、いろいろ『隠し事』が有りますので。」
「なんで俺を部屋から出した?」
ナムの質問に、ロゼリッタがまた笑う。今度は少し嫌な笑い方だった。
「ターク様がご所望でしたの。
今、ご趣味をお楽しみになるお部屋にいらっしゃるんですけど、是非リグナム様もご一緒にとおっしゃいましてね。なんですかまぁ、貴方様の事をすっかりお気に召されて・・・。
本来なら誰か迎えにやるべきでしたけど、今は人手が足らないんですの。ですからご自分で来ていただこうと思いましたのよ。
その方がお部屋にたどり着いた時にビックリなさって面白いだろうと、ターク様もおっしゃってましたわ。」
背筋が凍った。嫌な予感に総毛立つ。
「趣味?ターク、さんの趣味って、いったい・・・?」
「ホホホホホ♪」
思わず聞いたこの質問の答えは返ってこなかった。
笑うロゼリッタの小さな目が、チカチカと異様に瞬いた。目に何か仕込んでいるようだ。
「あらまぁ。その坊や、戸籍保有者でしたのね。
戸籍上死亡した事になってるから、調達員が無戸籍者と間違えて連れて来たようですわ。
・・・まぁ、驚いた!坊やには莫大な賞金が掛けられていますのね。
Dead Or Alive(生死を問わず)。幾つかの暗殺組織が彼を探していますよ。可哀想に。
それでわかりましたわ。その子だけ別の場所に閉じ込められていた理由が。」
朗らかな笑顔を崩さないまま、ロゼリッタが見張りの男達を横目でチラリと見る。
「貴方達、賞金を手に入れようとしていたのね?」
男達が震え上がり、フェイが小さく悲鳴を上げた。
一瞬でフェイの素性を見破った。この女の目は生身じゃない。精巧な機械でできているのだ。
おそらく網膜スキャナーの類いだろうが、性能が市場に出回っている物とは桁外れに違う。
「スキャナー事態が網膜データバンクに連結してやがる!しかも地球連邦の戸籍データ、サラッとハッキングしやがったぞ!?」
「ホホホホホ♪」
驚愕に叫ぶテオヴァルトの様子に、ロゼリッタが面白そうに笑った。
「我が国の技術者は優秀なんですのよ。このくらい『お茶の子サイサイ』ですわ♪」
「・・・人が言った言葉、パクんないでもらえます?」
「あらまぁ、ごめんなさい♪」
対して悪びれた様子もなく詫びるロゼリッタが、ナム達の方へ歩き出す。
悲鳴が上がった。倉庫内の至る所から、壮絶な絶叫が。
監禁されていた若者達が、一斉に錯乱し始めたのだ。
喉を嗄らして喚きながら壁際に逃げ泣き出す者、自ら再び檻の中に戻って半狂乱で服従を訴える者、口から泡を吹いて失神する者、目を剥き棒立ちになったまま失禁する者・・・。
凄まじいの一言に尽きるこの有様に、ベアトリーチェの目がつり上がる!
「止まれ、ババァ!!!」
機関銃が火を噴いた!ロゼリッタの足下でコンクリートの床が横一文字に爆ぜて飛ぶ!
「てめぇ、こいつらに何しやがった!!?」
「ホホホホホ♪」
闇の女が不快に笑う。しかし、答えはなかった。
ベアトリーチェに火が付いた。
機関銃を投げ捨て、腰の鞘からコンバットナイフを抜いて構える。
「リグナム、フェイを連れて逃げな!ここはアタシが引き受けた!」
「逃げるって、どこへだよ?!」
「アイザックが上空旋回してんよ!目立つところ突っ立ってりゃ、クッソボロい輸送機からでも見つけてくれる!
・・・テオ、後は頼んだよ!こいつらとっととイタチ野郎に引き渡して、モカ達の所行ってやんな!」
ナムの心臓が跳ね上がった!
モカは無事なのか?!聞こうとして身を乗り出すナムを、テオヴァルトが片手で制す。
「いや、俺も残る。」
「・・・!?」
銃を構えて隣に並ぶ仲間の厳しい表情に、ベアトリーチェの顔も引き締まる。
この女は頑丈に閉ざした扉を武器も使わず吹っ飛ばした。
そのパワーといい、高性能の義眼といい、明らかに普通じゃ無い。マックスやサマンサに並ぶ猛者たる男が警戒するほど危険だと言う事だ。
「ババァ、てめぇ!女じゃなく人間を捨ててんのかよ!?」
「ホホホホホ♪」
ロゼリッタはまた答えをはぐらかした。
「行け、リグナム!!!」
テオヴァルトの一声が合図となった。
ベアトリーチェは白刃をギラつかせ敵に目がけて突進し、ナムはフェイを肩に担いで扉が粉砕した出入口へと走った!
「ホホホホホホホ・・・・!」
背後で不気味な哄笑が響き、銃声と悲鳴が交錯した。
振り返ってる余裕は、無い。




